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十三話 ここから続く新しい人生

 僕たちが兄上――ヨハン・ロシウスに連れられて来たのは町の外れにある草原だ。人もモンスターも滅多に来ないため、魔法の練習には丁度いい場所だった。


「ここらでいいかな?」

「良いでしょう。では私から」


 ルシアさんはフレイルを構え、脚を肩幅に開く。夕暮れの風に黒い修道服が揺れた。


「……ちなみに、合格条件は?」

「ああ、言い忘れていたね。条件は『私が合格だと判断すること』だ。本気で来てくれ」


 一方の兄上は身動ぎもせず、ただその場に立っている。触媒も持っていない。兄上は僕と違って自分の手で魔法を使えるからだ。


「いざ」

「いつでも」


 ルシアさんが体勢を低くして走った。ウォーウルフすらも圧倒する速度だ。それに対し、小さな呪文詠唱の声が聞こえた。


「光よ。『放射する光レディエイション』」


 そしてその言葉で締めくくられると同時に、視界が白く染まる。


(なんて詠唱速度だ――!)


 このレベルの光魔法を使おうと思えば、詠唱は少なくとも十秒ほどは掛かる。僕も使えないなりに唱えてみたが、最短で八秒強だ。しかし、この時掛かったのは精々三秒……人間のレベルではない。


「くっ……」


 視界が染まる瞬間、ルシアさんは腕で顔を覆った。しかし脚はそのまま動かし続けていた。

 そうだ、ルシアさんには獣並みの嗅覚がある。それを使えば兄上を見ずとも接近することは可能だ。

 しかも逆に、兄上は自分の魔法で敵の姿が見えない。これは墓穴を掘ったか。


 ――などと考えてた僕は、自分の思考の浅薄さを思い知った。


「……私の負けですか。残念です」

「いい動きだったよ、シスター。合格だ」


 そこには、今にも敵にフレイルを振り下ろさんとするルシアさんの姿があった。二人の距離は数十センチほど。兄上の目には、ピカピカの鎖に映る自分の顔が見えていることだろう。

 しかし、ルシアさんはそこから身動き一つ取れない状況にあった。

 両脚が地面を覆いつくす氷の中に封じられ、四方八方に雷を帯びた炎の塊が浮かんでいた。少しでも脱出を試みようものなら、それらが容赦なく突き刺さるだろうことは容易に想像できた。


(……そんな馬鹿な。あの一瞬で三つの別属性の魔法を……?)


 とても信じられない思いだった。僕は実兄であるヨハン・ロシウスの実力を侮っていたのだ。


「さて、次に行こう」


 兄上が手を叩くと、全ての魔法が消えた。ルシアさんはフレイルを肩に担いで一礼する。


「ウル様、申し訳ございません。醜態をお見せしてしまいました」

「い、いや……あれは……無理だよ。魔力がないルシアさんが初見でどうにかなる相手じゃない」

「ごもっともです。攻撃できて一撃ですね。もっとも、一発当たったからと言って、ヨハン様の『自動障壁』を壊せる自信はあまりありませんが」

「お疲れさま」


 ともあれ、合格は合格だ。これでルシアさんはCクラス聖職者になった。

 ……次は僕の番か。


「ウルくん、君の番だ!」

「……ああ」


 僕は生唾を飲み下しながら歩み寄る。右手にはリボルバーをもう握っている。


「それ、珍しい触媒だね。私は見たこともない」


 ルシアさんに目配せする。


「確か、『りぼるばー』と言うものらしいですが」

「へぇ……今度調べてみるよ、ありがとう」

「とんでもございません」


 兄上はルシアさんに微笑むと、今度は真面目な顔をして僕に向き直った。


「じゃあ、始めよう。君は魔術師だから、私も対魔術師の戦い方で行くよ」


 無言で頷く。……まあ、どんな戦い方なのかは想像もついてないけど。


「来たまえ」


 先手は僕に譲ってくれるらしい。


(じゃあ遠慮なく……!)


 僕は腰の位置で銃を構え、撃鉄と引き金に同時に触れる。

 乾いた発砲音。赤い銃弾が飛び出し、弾倉が回転する。


「――焔よ、忘却せよ」


 兄上はわずかな詠唱の後にそう言った。

 その途端、空中で展開していた高速で飛翔する魔法陣が塵になって消え失せた。

 魔法の弾丸は推進力を失って燃え尽きる。


「なっ――」

「『反転詠唱リバース』だよ。思ったより飛んでくるのが速かったから恐かったけど、間に合ってよかった」


 相手の魔法を、同属性魔法――それも、いくらか強力なものを逆から詠唱して消滅させる超高等技術。それが『反転詠唱』だ。僕が威力を多少抑えたのを抜きにしても、中級以上の魔法をそんな速度で唱えるなんて異常だ。

 しかし、ここで終わりにはできない。


(……そうか、シンプルに考えればいいんだ)


 兄上は恐ろしく速く魔法を掻き消す。ならば――


(それより速く撃てばいいっ‼)


 僕は弾倉を一つ巻き戻し、そこから四発続けて速射した。


「速い……しかし四発なら……!」


 一発撃つ度に激しい反動リコイルが起きて照準がブレる。

 必ずしも精度の高い射撃ではなかったが、いずれの弾も確実に命中する必要は無い。最も対象に接近した瞬間に炸裂させればいいだけだ。


「遍く精たちよ……!」


 兄上の右手に光が宿り、次々に弾が消し飛ぶ。


「よし、これで――」

「まだだっ‼」


 僕は手を休めることなく、さらに五回のリコイルを受け止める。次に装填された治癒弾と、空の弾倉を挟んで赤黄青白だ。

 治癒弾は兄上に当たっても何も変化はない。どこに向けて撃とうが同じことだ。僕はそれよりも連射を選んだ。


「なっ、無詠唱で九連発だと!? そんな馬鹿な――‼」


 炎の弾が消されたところで、弾丸の一団は兄上の目の前に到達する。僕はその瞬間を見計らって起動。冷気と雷と風の嵐が兄上を襲った。


(やった‼)


 しかしそう思ったのも一瞬。次には大変なことをした、と思い始めた。


「や、やばい、やり過ぎちゃった……」


 威力は多少抑えた。しかし多少だ。爆発と爆風の規模からして、ドラゴンに当たったら骨も残らないレベルかもしれない。

 常人なら死んでもおかしくはない……というか、普通死ぬ。

 しかし……


「流石に……流石に死んだと思ったよ……」


 煙の中から歩いてきたのは、無傷のヨハン・ロシウスだった。ただし、かなり蒼い顔をしていた。


「無傷……!?」

「君には見えないだろうけど……私には背後霊が付いていてね。本当に危ないときは、私の魔力の殆どを吸って助けに来てくれるんだ……」

「背、後……霊?」


 兄上の背中に浮かび上がる白く巨大な影。その姿は僕が毎日屋敷で見続けた肖像画の姿――。

 歴代のロシウス家当主たちの顔がそこにはあった。その中にはもちろん、一番見慣れた姿も。


「……父上」


 僕のリボルバーが起こした爆発の残滓を握り潰しながら、リボルバーの前保有者はわずかに微笑んだ。


「と、とにかく……合格だ……。おめでとう、ウル・シロス……」


 僕は慌てて緑の弾を撃ち込みながら駆け寄った。


 ――

 ―― ――


「いやぁ、たまげたな! まさか君がこんなにやるとは思ってなかった。正直悔しいよ」


 しばらく横になっていた兄上は、日が暮れたころになってやっと歩けるようになった。話を聞く限り、例の『背後霊』とやらはロシウス家当主にしか付かないらしい。姿が見えるのもロシウス家の人間だけ。つまり、ルシアさんにはあの巨影が見えていなかったのだ。


「お体は平気ですか? 僭越ながら、私がご自宅までお送りすることも可能ですが」

「ちょっと興味はあるけど、大丈夫。一人で帰れるさ」


 ……よかった。ルシアさんに任せると、兄上を肩に担いで連行しかねない。さすがにロシウス家当主当主にその扱いは色々とまずい。


「明日から君たちはCクラスに昇格だ。それじゃあ、またどこかで会おう」

「はい、ありがとうございます」

「ああ……」


 兄上は笑顔で去って行った。僕の知っているヨハン・ロシウスとは別の人間にも見えた。


「ウル様」


 と、ルシアさんが草原に正座したまま僕を見ていた。


「おめでとうございます」

「ああ、うん、ありがとう……。ルシアさんも昇格おめでとう」

「これでもっと良い食材を調達できますね」

「……いつも思ってたんだけど、食用モンスターなんてどこから仕入れてるの?」

「秘密です」

「ああ、そう……」


 とにもかくにも、これで僕はCクラス魔術師だ。Eクラスを離れて、今までの僕とは違う人間にやっとなれたような気がする。


「また明日から頑張ろう、ルシアさん」

「はい、ウル様」


 僕たちは星が出始めた空の下で頷き合った。

 それはまるで、これからも僕の人生が続いていくことを確かめる儀式のようだった。

終わりです(絶望)

多少続きのエピソードも考えてはあったのですが、何をどうやっても面白く書ける気がしなくなったので勝手ながらここで一旦終わらせていただきます。申し訳ございません。

そのうち書けそうになったら、しれっと続きを投稿するかもしれませんが、現在は未定です……。


最後にお願いなのですが、よろしければ拙作の良かった点・悪かった点・その他気になることなどございまいたらお寄せください。別の作品やこちらの続きに活かしたいと思います。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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