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十一話 冷気と仮面

 ルシアさんのチョップがウォーウルフの下顎を吹き飛ばした。


「ルシアさん、平気!?」

「はい。少々多忙ではありますが」


 僕は時折襲ってくる大きな口に、電撃の銃弾を浴びせながら逃げ回っていた。

 ロッツたちを逃がすのには成功した。でも、事態はかなり悪い。

 僕の手持ちは『火花ファイア』、『発光スパーク』、『処置キュア』の弾だけだ。ウォーウルフは雷と火炎の属性に耐性があり、いくらリボルバーで強化されていても倒し切るのは難しい。


 それに、ルシアさんの体力にも限界がある。もう既に十頭以上のウォーウルフを一人で倒している。でも、周りにはまだまだ沢山の血走った目が光っている。

 そして何より、『人狼の長ウォーウルフ・アルファ』の存在。今は感電して伸びているが、奴が起きて指揮を始めれば、手下たちの戦闘力は跳ね上がることになる。


 なんとかして突破口を開かないと――。

 その時、ルシアさんがこっちを向いた。両手にはウォーウルフの心臓が握られている。


「ウル様、ウォーウルフの体温をご存知ですか?」

「……えっ? こ、こんな時に何の話!?」

「平熱が人間より十度も高いそうですよ」

「へぇ」


 そうなのか。家の中に一頭いれば、冬は暖房いらずかも。

 ……じゃない! 今そんなことを考えてもしょうがないだろ‼


「なんでも、いつでも素早く移動できるよう、常に筋肉を刺激しているとか。代わりに、濃い体毛があるにも関わらず寒さには弱いそうです」

「――そうか!」


 彼女の言わんとしていることが分かった。

 常に高く維持されている体温を下げれば、行動を阻害できる。完全に倒せずとも、それと電撃で大きな隙を作ることは可能だ。


「冷気の魔法……!」

「お試しあれ」


 ただ、それには問題がある。


 僕は――セシル・ロシウスは冷気魔法を使えないということだ。

 リボルバーの弾倉を開く。入っているのは赤黄緑の三色。冷気の象徴である青はない。

 ……おそらく、このリボルバーは僕が少しでも使える魔法にしか対応してくれない。冷気が無いなら、まずは素手で初級魔法でも成功させなければならないのだろう。


 冷気の初級魔法――『冷化フリーズ』。飲み物を冷たくするのには最適な魔法だ。


「……ルシアさん、わがままを言ってもいいですか?」

「なんなりと。可能な範囲で善処します」

「しばらく、僕の詠唱が止まらないように守ってほしい」


 今の僕には冷気魔法を受け入れる皿のようなものがない。それを作るには特殊な呪文を唱える必要があるのだが、これが長いのだ。

 普通の魔術師なら十歳で終わらせているようなことだが、僕は何度やってもこれが上手くいかなかった。

 ……そのおかげで、その呪文は未だに暗記しているわけだけど。


「了解しました。できるだけ私の近くにどうぞ」


 ルシアさんはあっさり答えた。驚きは隠せないが、何か言っている時間もない。僕はルシアさんの近くに駆け寄り、詠唱を始める。


「三十分ほどお守りすればよいでしょうか」

「三十分!? い、いや二分でいいよ」

「ほう、簡単ですね」


 僕の後を追ってきたウォーウルフの腹に風穴が空く。ルシアさんが得意のアッパーで背中まで殴り抜いたのだ。


「ふぅ――遍く冷気の精……」


 その時、長がむくりと起き上がった。痺れが取れてしまったようだ。


「オォォォォォン‼」


 手下を叱責し、鼓舞するような遠吠え。それを合図に、ウォーウルフたちの動きが変わった。

 ルシアさんの裏拳が空を切る。


「むむむ……なかなかすばしっこいですね」


 しかし、彼女の動きもまた、一段と加速した。


「ですが……せっかくの機会です。一匹たりとも逃さず殺しますよ‼」


 ルシアさんの動きはまさに獣だった。ウォーウルフたちの中でも引けを取らないほどに獣だった。

 牙と爪代わりのフレイルが荒れ狂い、一薙ぎで三つの頭を刈り取る。返す刀で繰り出す蹴りが二頭の背骨を砕く。


「氷界の大樹の枝よ、その一振りを我が魂に……」


 詠唱はおよそあと半分。残っている敵は四十ほど。


「はああぁぁっ‼」


 地を蹴って飛び上がったルシアさんが一頭の首に取りつき、両手で頭を一回転させた。ゴリゴリゴリ、と骨が砕ける音。

 黒い修道服がふわりと地面に舞い降りる。力無く倒れる死体を、僕の前に迫る一頭に投げた。衝突して体勢を崩す瞬間を見計らい、回り込んでエルボーを叩き込む。

 二つの死体が折り重なった。


「我、汝ら冷気の精に誓いを捧げん……」

「グルルルァァァァァッ‼!」


 長が駆ける。自ら僕への恨みを晴らすつもりらしい。


「させませんよ!」


 そこにルシアさんが立ちはだかり、ジャラジャラと血に塗れたフレイルを鳴らす。


「魔力なる契約、永久なる盟約……」


 もう少しだ。


 ギィン‼


 振りかざされる爪とフレイルが金属音を鳴らす。

 両者の打ち合いが始まった。互いに致命傷になり得る攻撃を躱し、ジャブのようなダメージを積み重ねる。


「ぐっ……!」


 ルシアさんの頬から血が流れた。

 そのわずかな隙を突き、長がフレイルを弾き飛ばした。


「……やられましたね」

「ガアアァァッ‼」

「ならば、自らの拳で行きましょう――‼」


 金属音が肉を打つ音に変わる。

 しかしこうなれば、どちらが有利かは言うまでもなかった。

 徐々にルシアさんが後退する。修道服に何本もの爪痕が残る。


「氷界の萌芽を我が魂に与えたまえ……‼」


 よし、詠唱が終わった。これで『冷化』が発動すれば、リボルバーが呼応するはずだ。

 僕は右手に魔力を集め、左腕を掴んで念じた。


「応えよ……冷気の精っ……!」


 ルシアさんが大きく体勢を崩した。


「ぬっ……! さすがはアルファだけあります。しかし……私は一人ではありませんので、悪しからず――」

「ルシアさん‼」


 僕はリボルバーを正面に構えた。

 次に頂点となる弾倉には――青い光が宿っている。


 彼女が体をかがめた。その瞬間、僕は一切の躊躇なく引き金を引く。


冷化フリーズッ‼」


 反動が腕を押し上げる。青い魔法陣が展開し、弾丸が長の首に生えた黒い毛の中へ突入する。。

 瞬間、視界が白い爆発に覆われ、ブリザードのような寒風が着弾点から流れ出す。

 白い靄が晴れると、まさにその時だった。


「でやああぁっ‼」


 腕を振り下ろしながら氷漬けになった長の胸を、ルシアさんが粉々に砕く。

 膨大な冷気の爆発によって凍り付いた無数のウォーウルフたちが見守る中、彼女の最後の一撃は得意のアッパーだった。


「はあ、はあ……」

「ルシアさん……本当に、ありがとう」


 彼女は振り返って、頷く。


 僕は弾倉を回し、近くの氷像へと電撃を撃ち込む。

 次々に氷像は破壊され、僕たちの間にダイヤモンドダストのように氷の欠片が舞った。


 ――

 ―― ――


 僕はルシアさんの服に緑色の弾を撃ち込む。

 破れた破片がひとりでに集まって、修道服は今朝と同じ状態に戻った。


「おお、さすがですね。ありがとうございます」

「このくらいどうってことないよ。それより、さっきはありがとう。ルシアさんがいなかったら、誰も助からなかったよ」

「それはウル様にも言えることです」


 砂と氷の粒を払って立ち上がり、彼女は真摯な眼差しで僕を見た。


「ありがとう……。本当に嬉しいよ」

「……そうです。一つお話ししたいことがございます。よろしいでしょうか」


 ジャラジャラと凶悪な音を鳴らすフレイルがルシアさんの手に取り戻される。


「私がウル様を『仮パーティ』にお誘いした理由です」

「あ、それ僕も訊きたかったんだよ! 匂いが気になるくらいだから、僕がいても邪魔になるんじゃないかと思ったんだけど……」

「そんなことはございません」


 ルシアさんはそうかぶりを振った。そして修道服のフードを外す。薄い桃色の綺麗な髪が太陽にさらされた。


「ウル様が無味無臭だったからです」

「……えっ?」


 無臭はともかく、無味とは……? もしかすると、モンスターと同じようにいつの間にか僕も食われていたのか?


「要するにですね……。そう、まだ何にも染まっていらっしゃらない、という風に感じました」

「何にも……?」

「それが気に入りましたので、僭越ながらお誘いしたのです」


 何にも……まあ……そう言えなくもないかも。ルシアさんと会った時の僕は『ウル・シロス』として生まれ変わったばかりだったのだから。


「このルシア、ウル様に今しばらくご一緒させていただきます。……いかがですか?」


 そう言った彼女は、少しだけ照れ臭そうにも見えた。……でもいつも通りの無表情にも見えるし、僕の勘違いかもしれないけど。


「……もちろん、歓迎するよルシアさん。それじゃあ、今日から僕たちは『正式なパーティ』ってことで」


 僕はそこで一歩進み出て、


「ただし!」


 と言った。


「む、なんでしょう」

「僕の顔を見せてからね。一緒に生活するに当たって、互いのことを知るのは大切だしね」

「ほ、ほう! よいでしょう、特別に見てさしあげましょう!」

「気になってたみたいだし」

「なっていませんから、早く早く!」


 目の前の彼女の言葉を借りて、僕は仮面を外す。

 視野が広がり、ルシアさんの凛とした姿が一層くっきりと見える。


「……どう、かな?」


 正直、僕は容姿に自信はない。何度鏡を見ても「こいつ自信無さげだなぁ」と思うばかりだった。

 ルシアさんはそんな僕の顔をまじまじと見つめる。

 ――かと思うと、突然手を伸ばして顔の輪郭に触れた。


「……ええっ!? な、何か付いてた!?」

「いえ、ただ……」


 ルシアさんは一歩僕に近づいて。

 そこで初めて笑顔を見せた。


「思ったより可愛らしい顔をしていらっしゃるな、と思いまして」

「なっ――」


 僕は耳まで熱くなるのを感じた。

 何なら、今すぐ冷気の弾を喉の奥にぶち込んでしまいたいくらいだ。

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