第三話
時は流れ、現在十六となったアレイとソフィー。
身体も成長し、アレイは、彼女を守るために剣の修業に明け暮れた。
その他の時間に更に医学の知識を取り入れ、今まで以上の強さと知識を備えた戦士となった。
「アレイ?また、剣の修業?」
ソフィーはそう言いながらもちゃんと汗拭いの衣を手元にアレイの側まで近づく。
「ああ、日々の鍛錬は欠かせないからな。それに、これはソフィーを守るための大事な日課だ」
「そうですか、それで私を蔑ろにしては元も子もないように見受けられますが、そこに関しては、騎士様はどう思うのですかね?」
「あれ?思ってた反応とは違うな……前はもっと恥じらいが全面に出ていて可愛げがあったというのに、どうしてこんな冷めた子に……」
以前に見せていたおどおどと顔を赤く染めて照れた反応の彼女は一体どこへやら。
「毎日のように口説き文句を聞かされていたら嫌でも慣れるものです~」
言葉とは重荷にも軽荷にもなりうる。
たまにしかあるいは特別な時間にきく甘い言葉だからこそ意義を見出し、そこに想いを重ねることができる。
まるで湯水の如く甘い言葉を繰り返し言った結果何の感情も想いもない言葉と成り下がってしまった。
例え本人が本心から言ってなかったとしても。
――おかしいな、アレイの性格通りに振舞っているつもりなのだけど、いつの間にか薄っぺらい性格の持ち主に……
アレイの記憶を共有したユリウスのアレイの印象は至って単純なものだった。
それは家族と何より大事なソフィーを想う気持ちで溢れていた。
その気持ちを組んで振舞っていたつもりなのだが、積極性が強すぎたようだ。
引かれずとも何気に距離を感じるソフィーとの間になんとかしようにも今更態度を改まってもよい結果は得まい。
「ソフィー、いい加減機嫌を直してくれ」
「別に、怒なんかいないわよ!まあ、その軽い口がもう少し慎みを持てば考え直さないこともないわよ」
「やっぱり怒っているじゃないか……それとーー」
広い廊下を早足で過ぎ去ろうとするソフィーに対し後ろから追いかけるアレイは必死に彼女の機嫌を直そうと説得していた。
が、その原因がユリウスの勘違から始まったことすら自覚がないので直るどころか更に悪化しかねないのが現状である。
それでも諦めずにソフィーの肩をお掴み、彼女の視線が自分に向けさせるため彼女の身体を180度回転させる。
「俺は、一度たりとも軽い気持ちで君にいろんな言葉を言った覚えはない!」
ただひたすら真剣に心残りがないようにずっと言い続けただけのこと。
その明らかに自分が知っているアレイとは異なる態度を垣間見たソフィーは黙り込んだ。
「ほ、本当に?二言はない?」
甘い口調で問いかけるソフィーにアレイはその可愛さに圧倒されるも一瞬たりとも目をそらすことなく彼女に応える。
「勿論だ。俺も男だ、二言はない!!」
覚悟を目に光らせ、その言葉に嘘はないと理解したのかソフィーは、飛びっきりの笑顔を見せる。
「そっか!」
そのままくるりんと半回転し、ソフィーは自室に姿を消した。
「……」
言葉がないアレイは、赤らめるその顔を両腕で覆い隠す。
――あれは、ずるい……
いつも思うことがある、とアレイは深々と考える。
――俺は一生ソフィー/フィオラに勝てる気がしない。
どんなに知恵や力を持ったとしても、彼女の笑みには呆気なく無力化されてしまう。
だが、それでもいい、と。
――彼女さえ守れるなら……
ただそれだけで十分だった。
――なのに……
■■■■
唐突だった。
前触れもなく、一瞬にして終わった。
《ユークリップス家暗殺事件》
その事件の主犯として揚がった名は『アレイ=ベストフォード』。
実際にこの犯行を行えた者は誰もいなかった。
しかし、誰も罰せずにはできなかった騎士団は、唯一消去方でアレイの名を世間に公表し犯人扱いとされた。
だが、アレイは反論をすることなく受け入れる。
そして、裁判の日。
「これより、被告人、アレイ=ベストフォードの裁判を執り行う」
事の重大さに公開裁判となっていた。
周囲の人々がざわめき始め、場の空気が重みを増していった。
だが、それでも尚、アレイから一切の感情もなく、場に流されるままに証言台に立っていた。
「ヘンリー、エルミナ・ユークリップス、ここ、ロッテンベルグ領主夫妻、そして、一人娘である、ソフィーリアナ=ユークリップス嬢の暗殺の容疑によって、被告、アレイ=ベストフォードを死刑と判決とみなす。異論があるなら、申し立てよ」
一方的な裁判――死刑が確定している時点から始まる裁判だが、誰も異論を唱えるものなどいなかった。
そして、またアレイも、顔を俯かせていた。
「いいえ、異論は……ありません」
あっさりと罪を認めた。
その時受けた罵倒、石を投げつけられ、見世物のような扱いを強いられた。
「では、これより、アレイ=ベストフォードの死刑を執り行う」
――公開裁判の時点で、有罪を免れないことは判っていた。だが、二度もソフィー/フィオラを守れなかった自分にお誂え向きの最期だと言えよう……
兵士達に両腕を拘束され、高台の処刑台にアレイを強く結びつけた。
何で、と繰り返して自問する。
もう一度与えられたチャンスを、そのまま手放し、繰り返してしまった。
その後悔が身体中を蝕み、身を切り裂き、血反吐を吐かせ、そして――
――空っぽになった。
ドクンドクン……
唐突に身体中の血が騒ぐ。
猛烈に熱く、沸騰しそうなほどに。
死刑台から見えたローブの男。
一言唇を動かし――
【――の・ろ・い・は・つ・づ・く】
処刑人二人は、薙刀を天上に翳し――
「キサマァーーー!!!魔王ぉぉぉ!!!」
スパッと、視界が闇に染まった……