第二話
――俺は卑怯だ。
力がどれだけあったとしてもどうにもならないことはある。
――これで償えるとは到底思ってない。むしろ卑怯者と罵られるだろうな……今、そっちに行くよ、フィオラ。
どうしようもないから、耐えられない重みが己にのしかかり、堪えの糸が引き千切られ正気を根こそぎ駆られる。
そして、耐えきれなかったからこそ、己自身の命を絶った。
天国か地獄はわからない、しかし、愛しい人の元へ、会えることを信じて、僅かな希望を精一杯膨らまして、そしてーー
見知らぬ空の下でその目を覚ました。
背中にチクチクと刺さる草のむず痒さを全部無視して。
――ここが天国なのか?
明らかに見た事のある物に囲まれながら思う、ここが本当に天国なのかと。
困惑する思考は、自害した自覚があるものから来る。
体温が徐々に奪われ、意識が朦朧とする感覚は一度味わったことのある死の味。
仲間達の助力で奇跡的に助かったが、今でも忘れられないあの感覚を勘違いするはずもない。
故に、現状を把握し切れてないのが何より悩ましい。
だが身体はを起こす力も、死を与えするのに十分な腹の傷もすっかり塞がっている。
『どういうこと?何故俺は生きている?……っ!』
そして、自身の無事を確認すると同時に違和感に気づく。
以前よりも手は小さく、頬の感触も柔らかい。
――これって……わ、若返ってる!?
「子供まで若返るなんて……ッ!!」
当然、子供なので声変わりする前まで戻る。
――っく、急に頭が……何か流れ込んできて。
急激に襲われる頭痛に立ちくらみする若き赤目の少年。
その背後から足音ががさがさと鳴り響くがもちろんそっちに気が向く余裕はない、だが。
「アレイ、探しましたよ……って、大丈夫?頭痛いの?」
「っっ!!」
頭を抱えている赤目の少年に声を掛け、彼を「アレイ」と読んだ少女。
一瞬頭の痛みなかったかのように後ろを振り返ると、そこにはもう一度会いたいと願ったフィオラの幼い姿があった。
「なん、で……君が、ここに……」
震える声に唐突に流れた涙。
衝撃的瞬間に少女は焦りだし、おどおどっと誰かいないか、見渡していた。
――っく!何だこれは!?
再び激しい頭痛が襲いかかり、大量の情報が直接脳に差し込まれる。
知らない記憶、フィオラに似た少女以外、誰も知らない家族の思い出や己の出で立ちに関する情報。
当然その中に先程少女が口にした『アレイ』の情報も含まれていた。
――何なんだ、この記憶は!?
まるで別の人の人生をすり込まれた感覚に襲われながら頭を抱える。
「アレイ、アレイ!!」
そんな、少女に呼びかけられても気づくことすらなく、とうとう目の前の少女の名前にたどり着く。
「ソ、ソフィー、か?」
「うん、うん。そうだよ、アレイ。私のことが分かるんだね!」
心配してくれる表情で優しくアレイの頬に手を添える。
――状況はなんとなく分かってきたが……ふっ、君の手は、やっぱり君の手なんだな……
その優しさに触れ、フィオラとの思い出が蘇る。
似ているという次元ではない。
目の前にいる『ソフィー』は、フィオラその者にアレイの目には写った。
くすっと笑い、笑顔を振りかざす。
「もう何よ、折角アレイの心配しているのに」
不機嫌そうに顔を逸らすソフィーにアレイは、自然と右手をソフィーの頭に乗せる。
「ごめんごめん、ソフィーに会ったから安心しただけだ」
自覚もせず本心から出てくる言葉。
ソフィーは、顔を赤らめ俯いた。
「は、恥ずかしいこと言わないでよね!」
態度から察するに、一種の照れ隠しだとアレイは知っていた。
アレイの記憶とユリウスの記憶が示すソフィーよフィオラはほぼ一致していたから。
「ごめん、恥ずかしいよな。でも、今のは本心だから」
「えっ!?」
言葉を濁すことなく、そう言い切るアレイにソフィーは、言葉を失う。
何かが変だ。
それは明らかで、思わずソフィーの口を開ける。
「本当にアレイ、なの?」
疑惑の眼が光る。
当然だ、今のは自分はアレイであってアレイではない存在。
身体を入れ替えたというより乗っ取ったって表現した方が正しい。
アレイの感情も、想いも全てユリウスに奪われ、そして、分かることがある。
アレイもユリウスもソフィー/フィオラのことを慕っていること何よりも愛おしいと心から想っていること。
だがアレイは歳のせいか本音を隠していた。
例えソフィーがアレイの本当の気持ちを解ってなかったとしても、今の僅かにアレイらしからぬ言動や行動を瞬時に察知して一発でそれを疑った。
――本当にすごいよ。ソフィーも……
性格まで瓜二つとはなんとも反則なのだろう。
どうしてもソフィーとフィオラを重ねて見えてしまう。
だが、だからこそ、尚更に悟られてはいけない。
「何を言っているんだ、ソフィー。俺がアレイでなければ誰だって言うんだ。安心しなよ、何があろうと俺は、いつだってお前の味方だから」
アレイの記憶に頼って、昔に交わした二人の約束を口にする。
当然彼女を騙すことの後ろめたさはあるだが。
――これが魔王の言っていた呪いの一環だったとするなら、今度こそ何が遭ってもソフィー/フィオラを守ってみせる!