08.新たな街へ
「大丈夫でしたか?」
僕は未だに馬車からこちらを見て降りてこない男の人に声をかける。
見たところ歳は30くらい、鮮やかな赤の髪と青い瞳が改めてここを異世界なのだと再認識させる。
僕の声にハッとしたその人は、震えているように見える口をゆっくりと開いた。
「……あ、ああ……アンタら……人間……か?」
「2人共、正真正銘人間ですよ。」
その男性は僕と彩花ちゃんを見た後、そんな疑問を口にした。
ああやっぱり、彩花ちゃんの肌の色はここではかなり珍しいようだ。
僕が当然とばかりに肯定の言葉を返すと、男性は降りてきた。
「私はヴェルムンク、しがない商人をやっている。本当にありがとう、アンタは命の恩人だ。」
「僕はカズマ、コッチは彩花ちゃん。気にしないでください、偶然視界に入っただけですし。」
「もし偶然視界にレッドボアが入ったら、普通必死に逃げると思うよ。」
ヴェルムンクさんは僕の言葉に肩を竦めて見せた、その口ぶりからして結構恐ろしい魔物だったのかもしれない。
「ともあれ、命を救ってくれた恩人に何かお礼をさせて貰いたいんだが……。」
「あ、でしたらそのレッドボア、頂いてもいいですか?食料に困ってまして。」
僕のその言葉を聞いて飛び上がるように驚いたのは彩花ちゃんだった、心なしかヴェルムンクさんも驚いてるみたいだけど。
え、なんで?
「お、お前、これ食うつもりか!?魔物なんだろ!?」
「え、だって見た目普通に猪だよ?」
「……えーと、レッドボアを下処理無しで食べるのは今の時期はオススメできないんだが、この時期は肉質が変わるのか、ツンとした刺激臭が酷くてね。」
彩花ちゃんからツッコミが入った後、ヴェルムンクさんからもやめておけとの意見が出た。
ならこれを売るしかないんだけど、ヴェルムンクさんは商人だと言っていたし、買っては貰えないだろうか。
「なんなら私が買い取ろう、肉は別としても牙は武具に、毛皮は防具や家具にと使い所が多いのでね。」
「ええ、そう言って貰えるならこちらとしてもありがたいです。」
「レッドボアの毛皮に牙となれば4頭でお礼も含め……20万シルバでどうだろうか。」
「ああ、でしたらそれでお願いします。」
ヴェルムンクさんはキョトンと僕を見る。
あれ、なんかおかしいこと言ったかな?
「カズマ君、キミは冒険者ではないのか?」
「え、どうして疑問に思ったんです?」
「キミの強さを見れば手練なのは間違いないと思うが、命を対価に日々を生きる職業にしては交渉事があまりにアッサリしすぎている。」
そう言われて僕は理解した、なるほど、これそのものがお礼なのか。
「……なるほど、ヴェルムンクさんありがとうございます。」
「……何の話してんだ?」
横から彩花ちゃんが意味がわからないと首を傾げる。
「ヴェルムンクさんは敢えて低い値段を提示したんだ。」
「あぁ?なんだそりゃ、命の恩人に対してか?」
「ああうん、商人としては当然のことで、価値を知らない僕らに黙っていればバレなかった話なのさ。」
「…………あー……?ああ……つまり、このせか……ここの商人は交渉が当たり前で、それを教えてくれたって事か?」
彩花ちゃんの言葉に僕は頷いた。
商人であるヴェルムンクさんが"変わった格好"の僕らの服を見れば、この地の人間で無い事は理解出来ただろう。
だからこそ、警告としてそれを教えてくれたわけだ。
「少々意地の悪い返しだったかもしれないが、冒険者としてやっていくなら覚えておいたほうがいい。」
「では100万シルバでどうでしょう?」
「ハハハ、流石にそれは大きく出すぎだろう。30万でどうかな?」
「じゃあ80万ですね。」
「うーん、私にも生活があるからねぇ。40万」
「65万。」
「45万。」
「60万。」
「50万。」
「ではそれでお願いします。」
「ああ、承知した。」
白熱の値段交渉が終わると、ヴェルムンクさんはニッコリ笑った。
彩花ちゃんは既に勝手にやってくれ、といった具合で切り株に腰掛けている。
恐らく50万シルバと言う値段も相場よりかなり高く買い取ってくれてるんじゃないだろうか。
生憎とそれを確認する手段は僕には無いけどれも。
ヴェルムンクさんは50枚の金貨を革袋に入れて渡してくれた。
1枚1万シルバと言った所かな。
「それで、このレッドボアどうするんです?流石に荷馬車でも4頭全部は無理でしょうし、この場で解体します?」
「いやいや、解体作業なんて1頭でも2,3時間はかかるだろう。」
「じゃあ血抜きもせずここに置いとくんですか?」
「ああ、大丈夫だ。こういう時の為に銀のフリーズキーを持っているんでね。」
女神の加護は"時間"の単位は通訳してくれたが、僕のわからない単語までは通訳してくれないらしい。
その後、ヴェルムンクさんの指示でレッドボアを一箇所にまとめていく。
ヴェルムンクさんは銀色の鍵のような物を取り出すと、纏めたレッドボアの上の宙空に『挿し』そして『閉めた』
すると、時空が歪むように動き、レッドボアを透明な立方体が包んだ後、こぶし大まで圧縮された。
「……これは……。」
「……ふむ、フリーズキーを見るのは初めてのようだね。コイツは物を収めて時を凍結させるマジックアイテムだ。」
「ああ、ZIPファイルですね。」
「じっ……なんだって?」
「いや、すいません何でもないです。」
僕は使えないが、グリンディアの頃に空間に物を収納できる魔法があったのを思い出す。
てっきりあれに似た魔法を使うと思ってただけに驚いた。
収納可能な量に限界はあるのだろうが、これがあれば大きな物の持ち運びも楽だろう。
「これは収納した使用者のみ再開放が出来る便利なアイテムでね、冒険者でも持っている者は多いようだよ。」
「なるほど。」
今回のように討伐した魔物を現地で解体する、と言った手間が省ける辺り旅する者には必須アイテムなのかも知れない。
ただ、値段もきっと張るだろうなぁ。
「さてと、これから私はダルヘイムと言う街まで向かおうと思っているんだが。君たちも良ければどうだろう?」
「それは、護衛として、ですか?」
「察しが良いね、どうやら君たちは地理に疎くこの地に関しての知識が無いようだし、私の教えられる範囲でよければお教えするが。」
ヴェルムンクさんの提案は非常にありがたい。
食も目的地も、そして知識も一気に解決出来る。
僕は完全に他人事として座っている彩花ちゃんに苦笑いしながら声をかけた。
「どうする、彩花ちゃん?」
「どうもこうも、願ってもない話だろ?でも気になるのは、ヴェルムンクさん、ここまで護衛無しでやってきたって事か?」
「あー……いや、普段はちゃんと護衛をつけてるんだ。でもね?毎回魔物に出会す事が無かったから……。」
「ああ、ケチったら襲われたのな。」
ズバッと身も蓋も無く言い放った彩花ちゃんに、ヴェルムンクさんは小さく頷いた。
経費削減しようとしたら危うく命を削り落とすとこだったようだ。
「どうだろう、護衛料は知識と食事と荷馬車での移動。途中で出会って討伐した魔物に関しては君たちの取り分ということで。」
「気前が良すぎる気がするんだけどな。」
「レッドボアに追われている時、正直本当に生きた心地がしなかったんだ。命を助けられたのは事実、こちらとしても優秀な護衛をなんとしても雇いたいのさ。」
彩花ちゃんもヴェルムンクさんの言葉に納得したのか、僕に向いて頷いた。
「それじゃあ、よろしくお願いします。」
「ああ、こちらこそ。」
こうして次の街への移動手段が決まった。
向かう先はまだどんな場所かわからないけど、何も決まらなかったさっきよりは余程マシだろう。