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07.魔王の拳


飛ぶ、宙に浮く、跳ねる。

どの表現が正しいか、どれも正しいのか、車輪をこれでもかと回転させて突き進む一台の荷馬車。

そこに乗っていた一人の男は必死に車を引く馬へ、鞭をしならせていた。


「クソ!どこから来たんだ……!!」


悪態をつく男を乗せた荷馬車の後方には、群れをなしたレッドボアが追従する。

その数は4匹、1匹でも荷馬車程度、軽々吹き飛ばす程の魔物であり

口元から天を穿つように生えた二本の牙は、石造りの防壁すら粉砕する。

地上でレッドボアを見掛けたら死を覚悟しろ、とまで言われる最大の脅威は、馬よりも優れたスタミナである。

この世の果てまでついてくる、等と噂話が出来る程に恐れられているのは確かであった。


男も本気で逃げ切れるとは思っていない。

それでもせめて、何か奇跡が起きれば。と言った願望。

その願いが現実となったのは、この直後であった。

荷馬車の側、道として作られた外の草むらが僅かに揺れるのが視界の端を掠めた。


「迎撃します!!」

「!?」


突如として自身を通り過ぎた声。

跳ね動く荷馬車のおかげで、定まらない視点を必死に制御し、振り向いたそこには

4匹のレッドボアを逆に吹き飛ばし、立っている黒衣の男が見えた。



------



僕と彩花ちゃんはあれから体感で2時間程木々を縫って歩いた結果、ようやく街道らしき物に出ることが出来た。

切り出された石材を地面に埋め込んだ簡素な物で、所々凹凸が出来ており、アスファルトに比べれば歩くのが大変かもしれない。

それでも、木の根に注意しながら慣れない森の中を歩くよりはずっとマシなはずだ。


「彩花ちゃん、街道だよ。」

「……っはぁ……よ、ようやく……かよ……。4時間くらい……歩いたろ……。」

「いや、2時間だけど……。水飲む?」

「い、いい……あんま飲み過ぎると……は、吐く。」


道中彩花ちゃんは泣き言を言わなかった。

歩くのだって大変だったはずだ。

なんせ僕らが履いてるのは室内用の靴であり、底はラバーになっているけど、小さな石ころなんかを踏むと容易く突き刺さる。

合間合間に水分を取りながら来てはいるけど、どこまで行けばいいのか、残りの目標が見えないと言うのは精神的に辛い。


「せめて、村でもいいから見えれば……」


僕がそうボヤいた時、遠方から馬の蹄の音が聞こえた。

向かってくるのは、僕達が離れようとしている街側からだ。


「……はぁ……はぁ……どした……?」

「……馬の音が近づいてくる。」

「そ、それって……追手か……?」


彩花ちゃんを草むらに隠れるよう誘導して、意識を耳に向ける。

近づいてくる音は馬だけじゃない、もっと多い。

僕は目を魔力で強化して街道をジッと見つめた。


「…………馬車が一台……何かに追われてる。」

「……なんも見えないんだけど……。」


街道は真っ直ぐってわけじゃなく、多少湾曲している。

木々と葉っぱに阻まれて全貌までは見えないにしても、馬ではない何かが見えた。

それはグングン速度を上げて近づいてきていた。


「彩花ちゃん待ってて、助けてくる。」

「お、おい、私達が来た方から来たんだろ?だったらあの街の関係者かも知れないじゃん。」

「それは……」


確かに彩花ちゃんの言う通り、もしあの街ぐるみで別種族を嫌ってるのだとしたら。

彩花ちゃんを見たら色々言われてしまうのかもしれない。


「……助けてから考える……じゃ、ダメかな?」

「……オーケーボス、どうせ私は見てるだけしか出来ないんだ、任せるよ。」


彩花ちゃんの言葉を聞くと同時、すれ違う荷馬車に向かって魔力強化した足で地面を蹴る。


「迎撃します!!」


馬車の人にそう叫んで、見据えた相手は猪4頭。

突如草むらから飛び出した僕に気づき、驚いたようにも見えた。

悪いけど、晩御飯になって貰うよ!

体内を流れる魔力を身体の外へ放出、広げて呟く。


「魔力」


手を前に突き出す。


「凝固」


猪が迫る。


「物理」


魔力の変質が始まる。


「除外!」


僕の魔力に猪の1頭が触れた。


「フィールドプロテクション!!」


僕は猪達に向かって突っ込み、硬質化した魔力の壁に猪達が突撃する。

その威力や絶大、さながら高速道路の玉突き事故。

弾いた勢いで後方に持って行かれそうな腕を、僕は必死に前で固定した。

恐らく硬い壁すら突き破るであろう猪も、心構えが出来ていなければ少しはダメージになるはず。

4頭が弾かれ、後方に吹き飛ぶのを確認して僕は次へ移行する。


魔力を足へ、膝へ、肘へ、自分の身体にバネを埋め込むつもりで各箇所を強化。

吹き飛び、体勢の整っていない猪の額に向かって、身体ごと弾丸と化し拳を叩きつける。

弾ける頭、飛び散る脳漿、飛散する血しぶきに吐き気を催す。

だけど気にしていられない、各々の体勢が整う前に次へ向かって飛ぶ。

2頭目、倒れ込んだ猪めがけて、拳を鉄槌の如く振り落とすと頭蓋がひしゃげて動かなくなった。

3頭目、起き上がろうとしている猪の頭部を、下から掬い上げるように足先でかち上げると首から先が空へと舞い上がった。

他の猪を無力化しても、最後の一頭は諦めず僕に向かって突進する。

恐怖を微塵も感じさせない鋭い眼光は、改めて動物とは違う生き物なのだと言う事を理解した。

拳の届く範囲まで肉薄した猪に、跳ね上がったままの足を踵から振り落とし、鼻面を地に縫い付けた。

突進の勢いは殺せず、急勾配で前ブレーキをかけた自転車の如く胴体が僕へ迫りくる。

踏み付けた足に重心を乗せ、背中より後ろから引き抜いた拳は、空気の弾ける音を残して猪の背骨に着弾させた。

最後の1頭が動かなくなったのを確認すると、思い出したように鼻から息を吸い込み、口から大きく吐き出した。


「……ふぅー……。」


本日2度目の物理防御魔法は正直疲れた。

それから、肉弾戦も久しぶりだったから疲れた。

各所に奔らせた魔力を引っ込めて腕を振る、魔物相手に徒手空拳は魔力を用いても出来れば遠慮したい。

拳に突き刺さった頭蓋の一部を引き抜いて改めてそう思った、鍛えていても痛い物は痛いんだ。

いや、もう少し立ち回りと言うか、戦い方を考えれば大丈夫だったのかもしれないけど、ここから先もどうなるかわからないわけだし温存したいのは確かだ。

背後に振り向いてみると、馬車は少し離れた位置で停止していた。

続いて草むらに視線を変えれば、彩花ちゃんが口元を抑えて真っ青な顔で僕を見ながら


「……お前……そりゃ魔王って言われるわ。」


なんて事を言ったのだった。

酷い。

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