06.旅の始まり
一斉投稿はひとまず終わりです。
「うぅう……バカヤロウ……バカヤロォ……!」
「ご、ゴメンね……?」
城内から新井さんを米俵のように抱えて逃げ出した僕は、ここが大きな街の中だと言う事に気づき、街の壁を越えて少し進んだ平原に居た。
平地に新井さんを寝かせて、さてこれからどうするかと思い悩んでいると、新井さんが飛び起きた。
そして現状を理解した新井さんに僕は責められている、と言ったところだ。
「助けてくれた事には感謝するがな……あんなの、死ぬかと思ったんだぞ……!!」
「いや、うん、ゴメン……水場探す……?」
「大きなお世話だよ!」
涙ながらに僕を罵倒する新井さん、なんだろう、意外とよく泣くのかな。なんて考えるのは不謹慎だろうか。
張り付くスカートが気持ち悪いのか、前と後ろをツマミながら立っている姿を見る僕に、蹴りを入れようとしてやめていた。
「水出して、乾かす事なら出来るけど……。」
「それお前にパンツ見せるって事だろ!?やだよ!!水場探す!!」
と言った新井さんの言葉により、川を探して数十分。
目的の小川を見つけた事で新井さんは僕に背中を向くよう言って、川で洗い物をしていた。
「……それで、お前……なんであんな事出来るんだよ。」
「え?ああそれは」
「こっち見んなよ!?」
振り返りそうになった僕に新井さんが釘を刺し、そのまま僕は語り始めた。
引き篭もりになってから、僕がどこで何をしていたのか。
その間中、新井さんはたまに相槌を入れる程度で、バカにしたりはしなかった。
全部事細かに語りはしなかったので、恐らく20分くらいの内容だったとは思う。
川から上ってきた新井さんに、僕はヒートウィンドを調節しながらかけていた。
「……英雄ねぇ……。」
「いや、僕なんか全然そんなんじゃないよ。」
「……。」
新井さんは、否定も肯定もしなかった。
そのまま乾くまで新井さんは黙っていたけど、乾き終わると、新井さんは口を開いた。
「……なぁ、お前さ……なんで怒らないの?」
「え?」
「さっきもそうだ、佐山が殺された時だって、お前は喜んだっておかしくないはずだろ?」
新井さんは、さっきから僕と視線を合わそうとはしなかった。
ただ、俯いて、僕にそう聞いた。
新井さんが何を思っているのかまではわからないけど、僕ははっきりと答えようと思う。
「人が死んで喜ぶ人なんて、普通は居ない。それに、佐山くんにだって佐山くんを愛してくれる家族がいると思ったんだ。僕は2年会えなかっただけで、ずっと辛かった。
それが、二度と会えないなんて家族からしたら、そんな悲しいことないよ。」
「お前がそこまで思うような相手か、私達は?お前は私達のせいで引き篭もったんだろ?」
「関係ないさ、確かに辛かった時もあった。だけど、そのおかげで出会えた人達もいたのは事実だもの。」
グリンディアで過ごした日々は、僕にとってかけがえのないものだ。
始まりはなんであれ、そこで過ごせたのはあの時間があったからなのも事実。
そう考えれば、今更恨みの一つも出てこない。
僕は新井さんにそう告げた。
新井さんはそんな僕にようやく顔を上げて、微笑んで見せた。
「……いつの間にか、デカいヤツになってたんだなお前。」
「身長も伸びたし筋肉もついたからね。」
「ククッ……そういう事じゃねーよ。」
何故か新井さんは笑いだした。
でも、さっきまでのような沈んだ顔よりはよっぽど良かった。
「ねえ、新井さん……」
「彩花でいいよ。」
「え?」
「アヤカだ、私の名前。あんな事しといて、それでも助けてくれた恩人に敬語使われると、むず痒いんだよ。」
新井さんの名前、実を言うと僕は初めて知った。
いや、佐山くんが呼んでた事もあったと思うんだけど、いつもおっかなびっくりでそれどころじゃなかったから。
頭に入って来なかったんだ。
「え……えーと、アヤカ……さん」
「ぐわぁ、やめろ、さん付けするんじゃねーよ!」
「ええええ、無理だよ新井さん!」
「うるせー!名前くらい呼べよ!お前の名前も呼んでやるから!!」
その後、しばらくお互いの名前をどう呼ぶかで議論があったが
結局ちゃん付けでかなり渋々折れてくれた。
「……とりあえず、当面の活動資金を調達しようかと思うんだ。」
落ち着いてから川辺の切り株に腰をかけて、僕らは今後の事について話しだした。
確かに僕は魔法を使えて、剣術も使える。
だけど、流石に食料を生み出す魔法は無い。
いや、異世界中を探せばどこかにはあるかもしれないけど、僕は持っていない。
「ってもなー、どうするんだ?私ケータイとこの髪留めくらいしか持ってねーよ?」
新井さん……いや、彩花ちゃんが自分の頭に止まってる二つの髪ゴムを指差す。
意匠はこの世界にない物かも知れないけど、流石に髪ゴムは売れないだろう。
「いや、僕は絶対元の世界に帰るつもりだから、携帯は売らない方がいい。それに僕は追われてるだろうから、確実に足がつくと思うんだ。」
「ああ……そういえば、魔王とか言われてたな、おま……カズマは。」
「水晶の色の方は良くわからないんだけど、お姫様が言ってた世界を喰らう、ってのは、多分僕が倒した世界を喰らう者の何かを読み取って勘違いしたんじゃないかなぁ。」
それを確かめたくとも、残念ながら個体技能測定器は持っていないし、この世界にあるかどうかもわからない。
グリンディアで最後に確認した時は『不明』と言う表記だった為に、それが何なのかはわからなかった。
そう言えば最初から期待していたわけではないけど、僕が与えられた女神の加護とやらはなんだったんだろう。
どれもこれもわからないことだらけだ。
「……私は穢れてるだの、呪われてるだの言われてたけど。」
「うーん……もしかするとだけど……グリンディアの時は、ダークエルフって種族がいたんだけどね?」
「だーくえるふ?」
「うん、肌が浅黒くて、ちょっと喧嘩っ早いんだけど、綺麗な人が多かった。もしもあの国が他種族を許せない国だったとしたら、あら……彩花ちゃん、それと間違われたんじゃないかなと。」
思い返してみれば、城に居た人達はみんな肌が白かったように思える。
日焼けしても然程変わらないのか、そもそもこの世界の人は日焼けしないのかはわからないにしても。
その推測が正しかったとしたらこの国そのもの、僕らは長く居られない事になる。
せめて情報収集くらいはしたかったんだけど。
「なんだそりゃ、勘違いで私は一人追い出されかけたのか?」
「可能性だけどね?でも、それを加味してもこの国やっぱりおかしいと思ったんだ。」
「……まあ、海外旅行すら行ったことないから、私じゃ判断つかねーし、カズマに任せるけどさ。」
海外旅行、と言ってのけた彩花ちゃんの心構えはありがたい。
僕がグリンディアに行った時なんて、怖くてろくに動けなかったし。
「じゃあ、提案だけど。街道に出ようと思う。魔王って話があったくらいだから、魔物もいるんじゃないかと思うんだ。」
「お、おう?」
「道中出てきた魔物を狩って、素材を集めて、資金調達しよう。」
「……さらっと言ったけど、私なんも出来ないぞ?」
「大丈夫、僕が守るよ。」
彩花ちゃんは難しい顔をして、顔を背けた。
イジメてた相手に助けられると言うのは変な感じなのかも。
僕もちょっと変な感じはあるし。
「じゃあ、体力があるうちに移動しよう。食事がいつ出来るかもわからないからね。」
「あー、へいへい……せめて弁当食べた後に"しょうかん"しろっての。」
「アハハハ……。」
そんなこんなで、僕の異世界での2度目の旅が始まった。
奇妙な縁もあったけど、これから先どうなっていくかもわからないけど。
でも、絶対帰るんだ。