05.魔王と呼ばれて
測定開始からしばらくして、男子側はほぼ終わりに近づいていた。
測定を受ける上で、特に順番などはなかった為、僕は最後になっている。
自分の順番が来た時、中には『チートこい……』なんて呟いてる人もいたけど、全体的に白か運動部が赤に光った程度だった。
女子側も、スマホで写真撮影してる人から、震えている人まで様々なようだ。
男子は僕を入れて後二人、と言うところで周囲から歓声が上がった。
水晶が青く光っていたのだ。
「素晴らしく美しい輝き……能力は……剣技【極】!凄いです!この能力は100人……いや、1000人に一人ですよ!?」
「いやー、ハハハ、オレって昔から器用なモンで。」
お姫様が興奮気味に話す相手は、確か、橋爪くんだったと思う。
男子の自分から見ても整った顔立ちで、俗に言う『イケメン』だ。
王様も、周りにいる兵士達から拍手が上がり、女子の方からも黄色い声が飛ぶ。
なるほど、女子にもモテているようだ。
「さて……男の方は……貴方で最後ですね。」
「……はい。」
いよいよ僕の番がやってきた。
女神の加護、と王様は言っていた、確かに、30数名もいる人達が言葉を理解出来なかったら、それは困るだろう。
でもこちらの承諾も無しにそんな物を付与してくる事に、思う所がないわけがない。
差し出された水晶には不安しかなかった。
そして、僕が水晶に手の平を当てようとした直後。
「あぁ!?なんでだよ!!」
と、女子の方から怒号が響いたのだった。
なんだなんだと声が上がるのにつられて、僕も思わずそちらを見た。
新井さんが、水晶を持っている人に掴みかからん勢いで叫んでいたのだ。
「何事だ。」
兵士の一人、立派な髭を蓄えた恐らく騎士の人が新井さんとその向かいの人物に向かって行く。
その言葉に新井さんは不機嫌を隠そうともせず再び声を荒げた。
「なにもどうもねぇよ!コイツ、私が水晶に触れるのはダメだとか抜かしたんだぞ!マジどうなってんだよ!」
「……ふむ?ああ、なるほど……。」
歩み寄っていった騎士がその言葉に新井さんを一瞥すると、納得したように頷いた。
一体何が問題なのだろうか、室内に居た他の人達も新井さんを蔑んだような目で見ている。
「キミは水晶には触れなくて結構だ。」
「だから、なんでダメなんだって聞いてんだよ!私だけわからねーじゃん!」
「……キミのように穢れを溜め込んだ者は不要だと言っているんだ。」
騎士の告げた言葉に時が止まる。
水晶に触れなくてもいいと言ったのではなく、要らないと言わなかったか?
何を言われたのか理解できないと言った顔の新井さんは、徐々にその意味を咀嚼するようにゆっくりと理解していく。
数秒ほど立った新井さんの顔からは怒気が溢れ出していた。
「……勝手に呼んどいて……いらねぇだぁ……?私が穢れてるだぁ……?お前らがいらなくても、私は必要な情報なんだよ!!」
他の人があっ、と声を漏らしたのも束の間、新井さんは思う様水晶を引っ叩いた。
直後に光りだす水晶、それは白から赤へ、赤から青へ色を変えて行く。
今まで他の人が触れた時、水晶にそんな変化は起こらなかった。
新井さんを止めようとしていた騎士も、その変化に目を奪われていた。
そして水晶は幾度かの変化の後、一つの色で止まる。
「―――その者をつまみ出せ!!!」
王様の怒号が室内に響き渡った。
それと同時に騎士に取り押さえられる新井さん。
驚愕と恐怖にざわめきの上がるクラスメイト達。
「な、ちょっ……は、離せよ!私が何したってんだよ……!!」
「まさか紫とは……穢らわしい……!」
王様はそう言い放つ。
そう、新井さんの触れた水晶は紫へと変化していた。
3人に取り押さえられた新井さんは、日頃の強気な態度はどこへやら、涙目になりながら助けを求める。
「やめ……だ、誰か!助けてよ!」
「お、おい、やめろ!彩花から手離せよ!!」
新井さんの叫びで我に返った佐山くんが騎士へと飛びかかった。
僕も思わず、新井さんの元へと駆けていく。
何故たかが色が紫になった程度で、城から放り出されようとしているのか。
「くっ……この、やめんか!」
「やめるのはお前だろ!?彩花が何したんだよ!」
取っ組み合いが始まった佐山くんと騎士、それに遅れて秋山くんも佐山くんの方へ向かっていた。
暴れる新井さんを取り押さえて、外へ向かおうとする兵士達。
綺羅びやかな部屋で行われるには、あまりに似つかわしくない大混乱だった。
だが、次の瞬間。
「…………きゃああああああああ!!!」
耳をつんざく、響き渡る大音量の悲鳴。
聞こえ始める嗚咽。
僕が振り返ると、佐山くんは首から上が無くなっていた。
赤く染まる石畳、崩れ落ちる身体、怯えた表情の秋山くんと目があった。
蹴った石畳の一部が粉塵と化す、風を切り裂き、着弾した僕の拳は、佐山くんを斬った騎士の鎧を変形させながら遥か後方へ吹き飛ばした。
佐山くんの頭を拾って、僕は悟る。
ダメだ、回復魔法でも助からない。
確かにイジメられてきた。
色々嫌な事だってされてきた。
居なくなればいいと思った事だってある。
でも、それでも。
彼にだって、愛してくれる家族がいるはずだった。
「なっ……!?」
どこからか驚きの声があがる、僕は王様を睨めつけた。
「……落ち着け、諸君らは人の死に慣れてないだろうが。我が国には蘇生魔法も存在する。」
次の瞬間、王様へ向かって飛びかかろうとしていた僕の足が止まった。
蘇生……魔法……?
ありえるのか?
死した魂は二度と戻らないと、僕は賢者のラスクさんから教わった。
だけど……30数名を同時召喚するような国なのは確かだった。
真偽はわからない、でも、佐山くんを助ける方法は、他には……ない。
僕は震える声で王様に問いかける。
「……本当に蘇生が出来るんですか?」
「ああ、勿論だ。ウチの者が先走ってしまい申し訳ない限りだが、大事な勇者の卵を殺すわけないだろう。」
「……そうですか……王様には、家族……娘さんがいらっしゃいますよね。」
「ああ、フローラが私の娘だ。」
「もし、佐山くんの蘇生が嘘だったら―――」
僕は王様の視線がお姫様に向いたのも気にせず続けた。
「―――僕は貴方の娘を佐山くんの両親の代わりに殺しにきます。」
ざわり。
周囲から上がるざわめきと同時、僕の周りを兵士達が抜刀して取り囲んだ。
「貴様ァ!!何を言っているのかわかっているのか!?」
剣を突きつけた一人が叫ぶ、わかっている、知っている。
だけど、僕の中では既にこの国に対する信用は地の底まで落ちていた。
クラスの皆を危険に晒してまでこんな事を言いたいわけじゃない、でも、言質を取らなきゃ信用さえ出来ない。
王様が次に何を言うのか、口を開こうとしていた刹那。
「あ……ああぁぁぁあああ!!」
今度は別の方向から女性の叫び声が上がった。
王は口を閉じ、他の人も一斉にそちらへ視線を向けた。
僕も思わず見てしまう。
そこには闇のように暗い水晶を手にしたお姫様が、僕を見て怯えた表情を浮かべていた。
「せ……世界を……喰らう……ま、魔王……!」
「く、黒だと!!?そ、その者を討て!!魔王だ!!」
お姫様の絞り出したような悲鳴と、王様の怒号はほぼ同時だった。
一瞬何を言われたのかわからない僕は、四方から迫りくる剣を手の平で往なし、掌底で叩き落とす。
僕が……魔王だって!?
剣を落とされた兵士が下がると、次の4本が迫ってくる。
ダメだ、キリがない。
かと言って大技を使えば、周囲諸共巻き込む。
再度同じように4本の剣を地面に叩き落とした所で、王様は再び叫んだ。
「魔法だ!放て!!」
常軌を逸している。
王様の周辺にいるローブを着た7人が詠唱を開始した。
こんな場所で僕が受ければ、新井さんごと巻き込んでしまう。
かといって弾けば、今度はクラスの皆に飛んでいく。
どちらを選ぶかを悩んでいる間に、詠唱の完了した火の魔法が僕に向かって殺到した。
「くっ……話を……聞いてくれ!!」
「その必要無し!魔に魅入られた者と呪われた者は勇者足り得ぬ!!」
迷っている時間は既に終わった。
制御封印をつけた状態で使うのは初めて、どれだけ練りこめばいいのかがわからない。
全力を持って魔力を操作し、体外に吹き出させると、拳を天に突き上げ殺到した魔法弾ごと魔力でかち上げる。
進行先を無理やり捻じ曲げられた魔法弾は、天井を突き破って石材を僕の頭上に落下させてきた。
―――間に合え!!
「魔力・凝固・物理・除外!フィールドプロテクション!!」
吹き出した魔力をそのまま、物理防御の盾へと変質させ、半径3mの防護膜を作り出す。
魔力でもって物理攻撃を弾くと言うのは、実際効率として最悪の部類。
オマケにお構いなしに全力で吐き出した魔力を、そのまま魔法に移行したのだから変換効率も最悪。
それでも、落下してきた岩と呼んで差し支えない大きさの物を受けても、なんとか機能しているようで。
範囲内にいる新井さんも無事だったようだ。
「なんだとぉ!!?」
「皆!ここはおかしい!僕と一緒に行こう!!」
王様の叫びに上書きするかの如く、僕はクラスの皆に呼びかける。
何がおかしいのか、どう説明するのか等、今この瞬間に触れるのは不可能だ。
フィールドプロテクションが5秒で解け、魔力が抜け落ちる感覚を振り切りながら必死に僕は叫んだ。
でも、僕の言葉にすぐさま賛同出来る人はいない。
当たり前だ。
急過ぎる、何が起こっているのかの理解さえままならないだろう。
未だに悲鳴を上げて怯えているクラスの人達にこれ以上説明が出来ない。
「おのれ魔王め!勇者が狙いか!!」
「僕は魔王なんかじゃない!!」
「う、嘘です!世界を喰らうと言う文字に、黒の変化なんて!!」
混乱した場を収拾しようと、魔王を否定する。
だけど、お姫様がそれを遮った。
世界を喰らう……まさか!世界を喰らう者の何かが……僕に!?
だとしたら、尚の事誤解だ!
「ひ、氷室!助けて……!」
クラスの人達は僕を怯えた目で見ていた、違う、やめてくれ、僕は魔王なんかじゃないんだ。
でも、その混乱の最中、小さいながらも聞こえた声は新井さんの物だった。
涙ながらに語る新井さん、過去の様々な事はこの際どうでもいい。
僕は新井さんの元へ駆け、抱えると、出入り口に向かって疾駆する。
「逃がすな!追え!!」
王様の叫びに、武器を落とした兵士が全力で回り込む。
豪華絢爛、綺羅びやかに意匠を施された両開きのドアは今の僕にとって障害物でしかない。
「退いてくれ!!!」
苛立ちとも焦燥とも取れる想いを言の葉に乗せて叩きつける。
回り込もうとしていた兵士達は身体をビクリと揺らし、その場で止まった。
もうこのタイミングしかない、地面を2度蹴り込み、扉に向かって足を突き出す。
魔力強化によって蹴り込まれた扉は、蝶番をねじ切って吹き飛んでいく。
視界に広がるのは廊下、そして窓。
一度その場で立ち止まり、振り向いて、望みは薄いだろうけど、僕は諦めずに声を上げた。
「僕は、魔王なんかじゃない!皆を助けたいだけだ!必ずまた戻るから!!」
そして、窓をぶち破って僕は飛んだ。
王様は最後顔を真っ赤にして叫んでいたけど、聞こえなかった。
なんせ、僕のすぐ隣からさらに大きな声で叫んでる人がいたから。
学校の3階相当から飛び降りたと同時、新井さんは僕の手に温かい物を残しながら声が消えた。