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02.帰ってきた日常


「……あ……。」


眩い光が晴れていくと、そこには空色に着色され、地面に突き刺さっている、捻じ曲がった金属が視界に入る。

間違いない、小さな頃僕が遊んでいた遊具だ。

ということは、ここは近所の公園だろう。

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭う。


「は……ハハ……あっけ、ないや……。夢でも……見てたみたいだ……。」


拭うそばから涙は瞳から溢れ出てきた、泣き虫なのは変わらなかったな。

本当に長い、長い夢でも見ていたようだったが、ピチピチになった学生服が僕の軌跡を否定させまいと締め付ける。

思い出そうと思えば、いつでも思い出せる皆の顔(グリンディアの人々)

そうだ、僕は帰ってきたんだ。


いつまでも感傷に浸れるような気さえしていたのに、僕の意識を引き戻したのは腹の虫だった。

泣くだけ泣いてスッキリしたのか、僕らしいのか、思わず自分に笑ってしまう。

学ランの尻ポケットには財布が入っていた、あちらの世界では一度も使う事がなかった財布だ。

なんで僕が引き篭もっていたのに学ランを着てたのかと聞かれれば、一応、毎朝着替えて学校に行こうとはしていた。

だけど、扉の前から出ることができなかったんだ。

そんな恐ろしかった外の世界が、まさか異世界を通じて簡単に放り出されるなんて、皮肉な話だ。


時刻はどうやら夕方、辺りから夕食のいい匂いが漂ってきている。

醤油、味噌、ネギ、魚……お米やお酢の匂いだってするかもしれない。

2年、確かにグリンディアのご飯は美味しかったけど……だけど、やっぱり。

和食が食べたい。


―――と言って、自宅まで向かっているのはいいんだけど。

2年も僕は居なかったわけで、顔を忘れられてるって事は無いにしても引っ越しとかしてたらどうしよう。

家が近づくに連れて胸の鼓動が早くなる。

おかしいな、家に帰るだけのはずなのに。

家が見えてきた。

そこで、向かいの方から一人の女の子が歩いているのが見える。

学生服を着た女の子だ。

僕はまさか、と更に鼓動が早くなった。

でもきっと間違うことはないだろう、だって記憶の中にいた姿とほとんど変わってなかったんだから。


「……さなえ……?」

「……?」


僕がそう呼びかけると、女の子はこちらに気づいた。

だけど少し怪訝な顔をしている、そりゃあそうだろう、2年も見ることがなかった()の姿なんだから。


「さなえ、さなえ!僕だ、一磨だよ!」

「……え……あ……は?」


涙が出そうになる。

だけどそれはもうさっきいっぱい出してきた。

自分の名前を名乗った僕を、やっぱり怪訝な顔で見るさなえ。

それは信じられないと言った顔だった。


「……おにい……ちゃん?」

「ああ、そうだ!氷室一磨、お兄ちゃんだよ!」

「お兄ちゃん!?」


ようやく理解が追い付いたのか、さなえは目を丸くして僕の顔を直視した。


「ウソ、本当にお兄ちゃんなの!?」

「ああ、本当だよ!ちょっと、鍛えたせいで見た目は変わっちゃったかも知れないけど。」

「め、眼鏡は!?」

「あ、ああ、それも鍛えて無くても見えるんだ。」


久方ぶりに会ったと言うのに、驚くところがどこか抜けている妹。

いや、むしろ居なくなったはずの兄妹が目の前に突然現れたとすれば、驚いて頭が回らないのかもしれない。


「鍛えたって……お兄ちゃん……一ヶ月もどこ行ってたの……!!?」

「ああ、それは……って、いっ……かげつ?」

「散々お父さんもお母さんも……警察の人だって探したんだよ!?ずっと引き篭もってたから、お兄ちゃん自殺しちゃうんじゃないかって!!!」


今度はさなえの言葉にこちらが驚く番だった。

僕はグリンディアで2年も旅をして、戦ってきたはずだ。

それが、こっちでは一ヶ月しか経過してない事になっているのか?


「顔に傷だってあるし!手だっていっぱい傷だらけだし!」

「ご、ごめんさなえ、これは戦った痕で……。」

「何と戦ったって言うの!山で猪でも狩って暮らしてたっていうの!!?」


存外痛い所をついてくる妹に僕はオロオロしっぱなしだった。

グリンディアに行く前から、家族には随分と迷惑をかけてきていたんだ。

今になってそれがよくわかる。

よく見ればさなえは、目の下にクマが出来ていた。

部活にも入っていなかったはずのさなえが、こんな時間に帰宅してきた事を考えると、もしかすると、ずっと僕を探してくれていたのかもしれない。

僕はさなえを抱きしめた。


「ゴメン……ゴメンよさなえ。」

「うぅ……っ、おにいちゃんのバカ……ぁ」


その後、しゃくりあげるように泣くさなえが落ち着くのを待ち、二人で家へ戻る。

さなえの携帯から連絡が行き、お母さんもお父さんも飛ぶように帰ったのは僕達が家に入ってから1時間も経過しないくらいだった。

泣きながらお父さんとお母さん、そしてさなえに抱きしめられて僕は自分が見えていなかった物を初めて見る事が出来た。

僕はこんなにも愛されていたんだって。


その後、僕の提案でお寿司や味噌汁、そして納豆が食卓に並んで、久しぶりの家族の団欒が訪れる。


「……一磨、戻ってきてくれて父さんは嬉しい。だが、どこで何をしていたのか、それは聞かせて貰えるか?」

「うん……勿論、信じて貰えないかもしれないけど、話したいことがいっぱいあるんだ。」

「少しずつでいいからね……?」


お父さんとお母さんが不安そうな顔で僕を見る、大丈夫、あのいつも怯えていた頃の僕とは違うんだ。

そして語りだした。

僕がイジメられて、引き篭もった事。

僕が夢の中でこの世界から逃げ出したいと言ってしまった事。

グリンディアと言う異世界に行った事。

城の財政を削りながら、民を助けていたみすぼらしくも輝かしいレイスウッドのこと。

リィン様に優しさと言葉を教えて貰った事。

ヴォルフ師匠、ラスクさん、レガリア、そして僕が世界を喰らう者(ワールドエンド)を倒した事。


僕が語り終えるまで3時間、誰もバカにしたり茶々を入れたりしなかった。

頭がおかしいと言われてもおかしくないような冒険譚。

だけど、それを頭から否定するには、一ヶ月で僕の身体は立派になりすぎていた。


「……そして、さっき戻ってきたんだけど……2年も旅していたのに、こっちでは一ヶ月だったんだ。」

「…………」


お父さんは難しい顔をしたまま何も言わなかった。

お母さんも同じように難しい顔をしていた。

口を開いたのはさなえだ。


「……本当のお話なの?」

「うん……信じてもらえないだろうけど、実際、こうやって魔法も使えるんだ。『魔力・収束・燃焼・広がれ、ファイアボルト』」


僕が右手を宙空に掲げて詠唱すると、手の上には火の玉が出来上がった。

これは僕が初めて覚えた魔法のファイアボルト、この後は標的に向かって射出するんだけど、流石に家が火事になってしまうので炎も小さめに作った。

家族の視線が僕の手に集中する、その目は僕が初めて魔法を見た時と同じだった。


「……そ、それが……魔法なのか?」

「うん、他にも『水・集まり・冷えて・満たせ、クールウォーター』」


手元の空いたグラスに魔法で作った水を入れた。

炎よりも確認がしやすいこちらの方がよかったのかもしれない。

グラスを手にとってお母さんに渡すと、お母さんは目を丸くしながらグラスの中の水を見ていた。


「……よく冷えてるわね。」

「旅先で砂漠とかだと大活躍だったんだ。」


ファイアボルトを消してちょっとドヤ顔して見せる僕。

お母さんは一口飲んで、小さくおいしい、と呟いた。


「……はぁ~……父さんとしては、というか、親としては……危ないことをするな、と子供に言いたいところなんだがな。お前はもうそんな次元の話じゃない所まで行ったんだな……。」

「まさか違う世界を救った英雄になって帰ってくるなんて、流石に母さんも予想を遥かに越えたわよ……。」


大きく息を吐き出しながら二人は崩れ落ちた。

さなえもグラスの水に興味津々なのか、グビグビと飲んでいる。

僕は自分のやってきた事を信じてくれた家族に感謝して、そしてずっと胸に抱えてきた事を打ち明ける。


「不可抗力とは言え……黙って居なくなってゴメンナサイ。」

「他にも言うことがあるだろ?」


頭を下げた僕に、お父さんがそう告げる。

グリンディアに行って以来、諦めていた。

だけど、ようやく言えるんだ。



「……ただいま!」



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