第六週:真実はひとつ
「っはぁ〜あ」
オレはクセになった大きな溜息をつきながら、机に突っ伏した。
大好きな晴れの日なのに、オレの心は今日も雨模様だ。
なぜなら、もう二週間近く『彼女』の姿を拝んでいないからだ。
ここんトコずっと快晴続きだというのに、『彼女』はいつもの時間に顔を出してくれない。
そういや、縁サンもゲーセンに来なくなった。忙しいのかなあ。
「いだだだだだっ」
ようやく引っ込んだタンコブの痕をグリグリされて、オレは涙を浮かべながら体を起こした。
「鬱陶しい。落ち込むなら、おれの行動範囲外でやってくれ」
「…千加。おまえ、悪魔だな…」
「この天使のように愛らしいおれをつかまえて悪魔とはなんだ」
ええ、そうですね。オレ以外(断言)には天使さまさまですよ。
…天使がタンコブになるくらい殴るかっつーの。
縁サンと出会ったあの日、千加を置き去りにした罰は翌朝校舎裏ににっこり笑顔で呼び出されて十分に受けた。
あのとき、オレは鬼神を見た。冗談じゃなく、マジに。
もちろんゲーセンの一件で千加にはなんのお咎めもナシ。上手いことやってくれたみたいで、オレも縁サンもあの件には関わっていないということになっている。
「縁サンとやらと知り合いになったんなら、友達として家に行けばいいだろ」
しくしく泣きながら、ヒリヒリする後頭部をさするオレに、千加はメガネを押し上げながらの呆れ声で提案した。
「行ったさ。けどチャイムを鳴らしても誰も出ないんだ」
昨日、ゲーセンで遊んだ帰りに思い切って寄ってみた。
だって、二人のうちどっちもに会わないなんておかしいだろ。
しかも、電気が点いていたのに誰も出てきてくれなかった。両親も不在なんだろうか。だったら電気は消していくんじゃないか?
「…まあ、なら綱紀に会いたくないんだろう。彼の話を鑑みるに、彼女に会わせたくないんだろうし」
「どうして会わせたくないんだよ?」
そこが判らないんだ。どうして縁サンはそんなにオレと『彼女』を会わせたくないんだ?
オレのためって、縁サンは言ったけど…。
『彼女』がオレの理想と違ったら可哀想だから?
そんなの、実際会ってみなきゃ判らないっての。
「…綱紀さ、それってやっぱ天然?」
「どういう意味だよ」
「いや、又聞きのおれでも話の流れで真実に辿り着くんだけど」
「はぁあ!?それじゃ、その真実とやらを教えてくれよ!」
掴みかかったオレの手をやんわり(じゃなかった。骨がミシミシいう馬鹿力で)外しながら、千加はちょいちょいと人差し指で耳を寄せるように指示してきた。
そして…
「うっきゃあああ!」
「きゃぁああああ!」
オレの甲高い絶叫と、女子のソレが重なった。
なんと、千加はオレの耳に唇を寄せると、フッと息を吹き込んだんだ!
うあ…ゾクゾクする…。
「相変わらず耳が弱いな」
身震いが止まらないオレを見て、千加はククッと意地悪く笑うもんだから思いっきり睨んでやった。
あ、有り得ねえ。なんつーコトをするんだ、こいつは…。
「なにがしたいんだよ、おまえは」
耳を押さえながらジト目で睨むオレに、千加はすっきりした顔ですっぱり言った。
「綱紀をいじりたいだけ。…まあ、真実はひとつだよ。おれから言えるのはそれだけかな」
…どっかの主人公ですか…。
とにもかくにも、ヒントは縁サンとの会話にあるらしいことだけは判った。
その夜、ゆずの香りがする湯船にゆったりと浸かりながら、オレは縁サンとの会話を思い返していた。
『彼女』の話を切り出すと、急に表情が変わった縁サン。
縁サンと『彼女』はそっくりで、『彼女』は母親ではない。
会うとショックを受けるだろうからと、縁サンはオレと『彼女』を会わせたくない。
…となると、やっぱり『彼女』がオレが思っているようなひとじゃないか、それとも縁サンが『彼女』だとしか…。
ん?縁サンと『彼女』が同一人物?まさかあ。男と女だぜ?いくらオレでも見間違えるなんてバカなコトあるわけ…。
『…いつも思ってたけど、本当にアンタ、面白いヤツだな』
んん?『いつも』!?オレが縁サンと会ったのは、あのときが初めてだったっての!
ああ…そう思ってたのはオレだけだったってことね…。
オレが『彼女』の姿を思い浮かべるときには、いつもやさしい微笑みを浮かべている。逆に縁サンを思い浮かべるときには、どうしても眉間の皺と不機嫌な表情が出てくる。
それはオレのなかの二人の印象で、そしてそれは必ずしも真実ではない。
現に、腹を抱えて笑っていた縁サンにドキドキしたワケだし。
「…縁サンが『彼女』だったんだ」
そうだよな、あまりにきれいな笑顔で花とかも似合ってたから女の子だと思ったけど、どっちかというと中性的な顔立ちだよな。
しかもこっちは下から二階を見上げてるワケだし、本当にしっかりとすべてが見えてたハズないじゃないか。
…なんつーか、ガッカリしたのは『彼女』へじゃなくて、気づいてあげられなかった自分にだ。
『天気の悪い日は、どうにもイライラして』
そう落ち込んでいた彼は、きっと『彼女』としての自分との間に挟まれて苦しんでいるんだ。
その傷を『彼女』と知り合いになれるかも、みたいな興味本位で抉ったのはオレ、だ…。
うわ…サイテー…。千加に天然とか言われて逆ギレしてる場合じゃないし。
「…縁サンに会いたいな」
会って、もう一度話がしたい。
『彼女』が縁サンだって判っても、オレはショックじゃなかったって伝えたい。
また縁サンと対戦したいよ。
だからさ、もう一度ベランダでも、ゲーセンでもいいから顔を出して。