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第五週:兄貴って呼んでもいいですか?

 ゲーセンから彼の腕を引っ張って全力疾走したオレは、公園にたどり着くなりベンチに傾れ込んだ。

 この公園はオレの家のすぐ側で、雨が降っているいまは遊ぶ子供もいない。

 …そう、雨が降ってるんだよ。だからベンチも濡れてるワケで…いや、もうなにも考えまい。

「…マジ疲れた…」

 もうすでにびしょ濡れだから意味がない気がするけど、傘で辛うじて顔には雨が当たらない。

「うあっ!冷たっ!」

 何の気なしに傘の骨組みを見ていたら、いきなり冷たいモノを額に当てられて、反射的に体が跳ね上がった。

 見上げると、『彼』がコーラを差し出している。

 …くれるのか?

「アリガトウゴザイマス…」

 なぜかカタコトになっちまったよ…。

 オレが起き上がると、彼はオレの隣に座った。

 …ベンチ、濡れてるんだけど。気にしてない、か?

「…ところで」

「ぅえ!?はい!」

 心の準備が整う前に話しかけられたもんだから、声が裏返ったじゃないか…恥っ!

「あんたのダチ、置いてきたが、よかったのか」

「あ゛」

 …よくねえよ…。

 脳裏に般若の形相になった千加の姿が浮かんだ。

 ヤバイ…ヤバイよ…。明日、きっと雨だ。血の雨が降る…。

「あ、うん。はは…あいつなら大丈夫。優等生だから」

 得意の猫かぶりで涙の演技をしているだろう姿を、その場で見たように想像できる。

 もし千加が百パー悪くても、完璧な被害者に成りすます。千加の涙に勝てるヤツを、オレはまだ見たことがない。

 だがしかし、置きざりにしたオレを千加は赦さないだろうなあ…(遠い目)。

「イタダキマス」

 顔と首で傘を押さえた不自然な体勢で、プシュッとプルタブを開けてゴクゴクとコーラを飲む。

 冷たい炭酸の刺激に、思いのほか喉が渇いていたのを知り、ぷはっと息を吐いた。

「…助かった」

「え?」

 息を吐き出すのと同時に呟くように言われて、つい聞き返してしまった。

 彼は手の中にあるホットのブラックコーヒーを軽く握る。

 するとなんと!スチール缶のソレはベコッと簡単にヘコんだ。

 馬鹿力なのは十分判りました。だから中身飛び出すからこれ以上はやめてくれ。

「天気の悪い日は、どうにもイライラして。力の加減ができなくなる」

 それを発散させるために、ゲーセンに入り浸っていると彼は言葉少なに説明してくれた。

 どうにも、さっきまでの彼と様子が違う。いまの彼は落ち込んでいるような、自己嫌悪しているようなそんな表情をしている。

「あんたが連れ出してくれなきゃ、また大惨事を起こすところだった」

 また?大惨事!?…訊きたいのは山々だけど、恐ろしそうだからやめとく。

 それにすごーく落ち込んでます、って雰囲気のひとに思い出させるのもなんだし。

「まあ、いいんじゃない?オレもスカッとしたし。JYOに会えたし!兄貴って呼んでいいっスか!?」

 オレの言葉に彼は鳩が豆鉄砲食らったような表情をして、すぐにゲラゲラと笑いだした。

 …ヒトがせっっかく慰めてやろうとしたのに、そこまで笑いますか。

 でも、彼が笑うと本当に『彼女』にそっくりで、不覚にもドキドキしてしまう。

「くくっ…、あんた面白いな。あーっと、KOU?だっけ?」

 ヒーヒー腹抱えて笑いながら、涙までうっすら浮かべる彼は、実はそれほど悪くも怖くもないひとのようだ。

 なんつーか、躁と鬱の状態が激しいというのか…難しいコトはよく判んねえけど、ゲーセンの彼が別人なのかといまので気づいた。

「橋谷綱紀っス。兄貴、笑いすぎっス〜」

「くはっ、それやめてくれ…。俺は上條縁(かみじょうゆかり)

 縁サン、ね。見た目キレイ系な彼には似合ってる。

 ともあれ、どうやら完璧に笑いのツボにハマった彼を放って、残りのコーラを飲み干した。

 …ところで、『彼女』のコトを訊いてもいいだろうか?

 いいよな?この際、いろいろはっきりさせといたほうがスッキリするってもんだ!

「あの上條サン」

「あ?兄貴とか言っておいて、いまさら他人行儀かよ。縁でいい」

 いきなし話の腰を折られた。

 これはやめとけという神サマのエラい訓示か?いいや、負けてなるものか。『彼女』とお知り合いになるいい切っ掛けになるかもじゃないか。

 …なんか、すっごく緊張するんだけど。心臓バクバク…オレってば純・情っ!(アホ)

「じゃあ、縁サンにはお姉さまか妹さんがいらっしゃったりなんか…」

 途端に縁サンの表情が固くなった。

 …もしかして、これは触れてはいけないことだったのか?

 たとえば…賢くて可愛くて性格も良くっての姉(妹)と、見た目そっくりなのにちょこっと不出来でちょい悪で捻くれてる自分をずっと比べられ続けて折り合いが悪いとか。

 よもや家庭暴力なんてことはっ!

 およよ、と泣き崩れる『彼女』を踏みつけてる縁サンの構図を想像してしまい、自分の脳内創作のクセして血の気が下がった。

「…知ってどうするんだ?紹介でもしてほしい?」

「ぜひ!」

 ついうっかり身を乗り出してしまったオレに、縁サンは盛大な溜息をついて持っていたコーヒーの缶をオレの頭に乗せた。

「やめとけ。綱紀のためにも聞かないほうがいい」

 は?どういう意味…?

 オレが聞いたらショックを受けるってコト?それはなにに対して?

 もしかして…もしかして彼女は…っ

「縁サンのお母さま!?」

 瓜双子な母親というのも、世の中には多いと思う。

 千加のお袋さんはそりゃあもう千加そっくりで、しかも皺ひとつない若々しさで、オレなんか『千鶴サン』って名前で呼ばせてもらってるくらいだ。

 しかしあの可愛いひとが人妻かあ。なんだかイケナイ気分になってしまいそうだ。

「…いつも思ってたけど、本当にあんた、面白いヤツだな」

 縁サンは苦笑すると、オレの頭に乗せたままのコーヒーを『やる』と一言だけ言い捨てて帰ってしまった。

 う〜ん、母親説は違うのか…。

 そんなバカ丸出しで、ありがたい訓示を無視した罰はすぐに下された。

 その日を境にして、ベランダに『彼女』が現れなくなったんだ。


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