第二週:黒い彼女?
「…なんだって、こんな日に外に出なきゃなんないんだ」
ブツブツ文句をたれながら、オレは傘を広げた。
今日は日曜日で、オレの嫌いな雨降りだ。
人使いの荒いお袋に、醤油一本のためだけに!ようやくセーブポイントまでたどり着いたゲームを、まだセーブをとる前に!ゲーム機のコンセントを引き抜かれて家から追い出された。
…居間のテレビは親父に占領されてるから、オレの部屋のテレビで韓流ドラマを見ようと思ったんだろう。
それにしても、あんまりな仕打ちじゃないか?
オレの二時間を返してくれっ!
「はあ…、こんな雨降りじゃ彼女にも会えないし」
そもそも朝でもないから、可能性は限りなくゼロに近いんだけどさ。
何度目かの溜息をついたところで、彼女の家の前まできた。
出て来ないことは判っているが、それは純な男心というヤツで、つい期待してベランダを見上げてしまう。
やはりベランダには人影がない。
花たちもなんとなく元気がないように思うのは、オレの被害妄想か…って、そんな大袈裟な。
ドンッ
我に返った時には、オレは雨に濡れた地面に尻餅をついていた。
うわっ、ビショビショだよ!
どうしてこんなことに、と見上げると、眉間に皴を寄せて不機嫌そうに細められた瞳と目が合った。
「邪魔だ」
唸るような低い声に、オレは慌てて後ろに退いた。
パシャンと音を立てて傘が落ちる。
そんなオレにもう一瞥くれると、彼は長い足で駅の方へ歩いて行った。
黒いタートルシャツに黒いジーンズと全身真っ黒で、持った傘まで黒かった。
けれど、声が出せず咄嗟に立ち上がることもできなかったのは、いまいた『彼』が『彼女』にそっくりだったからだ。
『彼』は黒で、『彼女』は白。
『彼女』はやわらかそうな髪をひとつに結っているけど、『彼』はブラシもいれていなさそうなボサボサ髪を放置している。
この家から出てきたということは、この家のひとだ…というか、ここまでそっくりなんだから、きっと兄弟なんだろうな。
…雰囲気はまったく似てないけど。
それにしたってさ、玄関先にぼーっと突っ立ってたのは悪かったけど、もう少し言いようがあったんじゃないか?
可愛さ余って憎さ百倍…いや、あいつ(で充分!)と彼女は別人なんだ。
「あー、クソっ!ツイてねえ…」
…戻って着替えるのも面倒だし、電車に乗るでもなし、まあいっか、このままで…。
オレは盛大な溜息をついて立ち上がると、雨と泥で汚れた手をジーンズで拭って(けど、ジーンズも泥まみれだから意味ナシ)傘を拾った。