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第十一週:手取り指取り

 散々縁サンの肩で泣いて赤く腫れた目で、オレはゲームに熱中していた。

「あ〜!また負けた!!」

 思わずコントローラーを放り投げそうになって、慌てて両手であわあわ受け止めた。

 縁サンの部屋のクローゼットには、びっしりとゲームやDVDが並んでいて、そのなかから小遣いが足りなくて買えなかった格ゲーをやらせてもらっている。

 しかも対戦相手はJYOだし!

 …しっかし、全く勝てねぇ…。

 やり込んではないけど、前作はやってるし千加の家でもやったことのあるゲームなのにさ。

 これで本気で強いと思ってた自分にヘコむ…。

「まあ、このくらいじゃまだ俺には勝てないな」

「自分で自覚があるだけにムカつくーっ!」

 オレが頭を抱えて唸ると、縁サンは笑いながら(つか笑いすぎ)コントローラーを持つオレの手を上から握った。

 ふいに触れたぬくもりに、体が思わずびくんと跳ね上がって、縁サンがブッと吹き出した。

「そんなに期待されると、こっちも照れるんだけど」

「してないっての!」

 …まあ、さっき舐められたのが一瞬脳裏をよぎったのは否定できないけど…。

 あーくそっ!赤くなるな自分っ!!

 縁サンはヒーヒー言いながら(まったく失礼だ)、コントローラーの上にあるオレの指先をスッと移動させた。

「指先と腹を使って、こう移動させるともっとスムーズに出るぜ」

 手取り指取りの必殺技発動レクチャーは、たしかに言われたとおりにやるとずっと早くできる。

 なるほどなあ、指先には自信あったけどやっぱ頭と指は使いようってか。

 縁サンはゲーセンでも効率的なやりかたを伝授してくれると言ってくれた。

 優秀なセンセイがついてくれるならもっと勝率を上げられそうだな。って、オレの上にはそのセンセイしかいないんだけどさ。

「ライバルに塩を送っていいんですか?」

「この実力じゃあな、ライバルとは言えねえだろ」

「あー、すみませんねえ!一度も勝てなくて!」

 オレにレクチャーしたことを悔やむがいい!と挑んだ次の対戦もあっけなく敗れた…。

 もういい、(今日は!)勝てそうもない…。修行あるのみだな。

 しかも縁サンは練習してこいとソフトを貸してくれる始末。情けない…。

「じゃあ、これも貸して」

 ついでに、とこれまた発売したばっかのRPGを指さすと、クリアしたと言っていたのに縁サンはダメだと言う。

 コンプリしてないのかな?いや、彼の腕だと一週間もあれば楽勝だと思うけど。もしかしてRPGは専門外?でも、だったらクリアなんて彼なら言わないだろう。

「貸すのは一回につき一本。でなきゃ、綱紀に会う機会が減るだろ」

「…は?」

「こうやって話せるのは綱紀だけなんだ。だから、しばらく会えないとまた鬱憤が溜まる」

 ああ、そういうことか。…ん?なんかいま、なにかに引っかかったような…ちょっと残念と思ったんだけど…ってなにが?

 でも、遊びたかったら呼んでくれればいつでも行くのに。家だって近所なんだからさ。

 ということで、赤外線通信でケータイの情報交換をしながら、

「縁サンって、学校は…」

 と思わず口走ったことにはっとなった。

 引きこもってるって言ってるんだから、行ってるワケないだろ!

 しまった、と途中で口をつぐんだオレに、縁サンは特別気にしたふうもなく答えてくれた。

「ああ、もうそろそろ行けるかもしれない。綱紀に会ってから、なんだか調子がいいんだ」

 縁サンはそう面映いことを言ってくれたけど、それはいままでずっと独りで家にいたから心労が溜まっていただけだと思う。

 家族と食卓を囲む時間もなくて、なにも相談できなくて閉じこもっていたら、健康なひとだってストレスが溜まるさ。

 オレしか話し相手がいないなんてさみしいコト言わないで、学校行って友達をつくればいいんだ。


 帰る間際、縁サンはベランダからひとつの鉢植えを持ってきて、オレにくれた。

 小さな白い花をつけたそれは、植物に疎いオレでも見たことがある。

「いちご?」

「そう。ワイルドストロベリー。実をつけると幸せになれるってヤツ。まあ、最初から綱紀が育ててたワケじゃねえから、幸せになれるかは不明だけどな」

「ふうん、そんなもんなんだ」

 小さくて可愛くて綱紀にそっくりだろ、なんて失礼なコトを言ってくれたが、そう笑った笑顔がベランダの『彼女』そのもので、うっかりドキドキしてしまった。

「なら、縁サンが持ってたほうがいいんじゃ」

「俺のは別にあるから。それはベランダで初めて綱紀を見たときにウチにきたヤツなんだ」

 ベランダにある花々は、滅多に帰宅しない両親が縁サンの心の慰めのために一定の間隔で送ってくれているものなんだそうだ。

 最初はこんなものと放置していたそうだけど、そうすると萎れていくそれらを自分のように思えて育て始めた。

 愛でたぶんだけきれいな花を咲かせてくれるのが、いつのまにか嬉しくなっていったんだ。

 そういうところ可愛いなあ、なんて言ったらいろいろ倍返しされそうだから、口が裂けても言えないけど。

 速攻で縁サンが右上がり気味の字で書いた『育て方』の紙を受け取って、玄関まで見送りにきた彼を振り返った。

「いちご、大事に育てるよ。また遊びにきてもいい?」

「ああ、いつでも」

 はにかんだように微笑む縁サンに、勝つまではしつこく通ってやる!と心に決め、オレはビニール袋に入った鉢植えを片手に、上機嫌でスキップしながら帰宅した。


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