第九週:ケモノとエモノ?
「〜っ!?」
唇が自分のぬくもりではないモノで濡れる感触に驚いて目を見開いた。
「ごちそうさま」
すでに体を起こしていた縁サンは、絨毯に仰向けで転がったまま目を瞠るオレを見下ろして、見せつけるような緩慢な仕草で自分の唇を舐めた。
オレも一応お年頃な男で、少ないけど女子との交際経験もあるワケで。
つまり、相手が男だろうとキスひとつじゃここまで驚きません(よな?)。
舐めたんですよ!?このひと!ひとの唇をねっとりとひと舐め!
ネコか!?イヌか!?…いえ、そんな可愛らしい舐め方じゃあ、ございませんでした。
…本気で骨まで食らう、肉食獣のような…。
なんかゾクゾクと鳥肌が立つんだけど、それは気持ち悪いとかそういうのじゃなくて…。
ダメだ、この先は考えたらヤバイ気がする。
ん?ヤバイってなにがだ…?
「早く起きないと、もっと食うぜ。なにしろ引きこもり生活で溜まりに溜まってんだから」
「はいぃっ!」
縁サンの言葉を最後まで聞く前に、体が本能的な危機を感じて起きあがっていた。
なにが溜まっているのかというのは、このキレイな顔のひとからは聞きたくありません…。
縁サンは可笑しそうに笑って、オレの言葉を待ってくれているようだ。
…大変に不本意ですが、緊張は解れました。
…別の意味で心臓は飛び跳ねておりますが…。
オレはここへきた理由を思い出し、あらためて正座すると、
「本当にすいませんでした!」
ガバッっと床に這いつくばるように頭を下げた。
縁サンはオレの謝罪にぱちくりと瞬きをして、え?と首を傾げる。
ああ!なんて可愛い仕草…萌え。
千加もこうすると可愛いんだよなあ。
もしやオレってば、『首傾げ仕草フェチ』?
いやいや、いまはそんなコト考えている場合じゃないって。
「あ、えと…縁サンが白かったり黒かったりするのには理由があるハズなのに、オレはそれに気づかなくて…ベランダの『彼女』を紹介してくれなんて、能天気なコト言って…」
自分でもなにを言っているのか判らない。
それでも縁サンはなるほど、といったふうに小さく頷いてくれた。
「綱紀の言葉を借りれば、いいんじゃない、んじゃないか?二重人格なのは俺も承知してるし。…白と黒、か。言い得て妙だな」
縁サンは自分の着ているシャツを指で摘まんだ。
…晴れた日と雨の日の服の違い、自分で自覚がなかったんだ…。
なぜかズキッと胸が痛んで、無意識に自分の胸元を掴んでいた。
「昔話、聞いてみるか?」
「…え?」
「聞いたら、責任とってもらうけど」
「はいぃ!?」
縁サンは声が裏返ったオレに『嘘だって』とキレイなウインクをして(つい見惚れてしまった)、溶けかかった氷が浮かぶウーロン茶を口に含んだ。