Sympathize With You
君は昔の俺に似てるね。
武と蓮の絡みです。
完全に独立していますが、「ふたりぼっちのセレナーデ」読了後の方がわかりやすいと思います。
初めて見たときから、似ていると思っていた。それはおそらく今の自分にではなく、昔の自分に。基本的に誰も信用せず、他人には期待しない。ただ、相手は自分よりずっと、容姿がいい上に能力もあるので、さぞ人に疎まれてきただろうなと、グラウンドの整備をしている城田蓮を眺めながら、小野坂武は思った。
あの田中だか田村だか、ともかくいけすかないタに気に入られてしまったばっかりに――いや、むしろ今の二年が嫌われてしまったばっかりに、と言った方が正しいか――今の一年生は苦労を強いられている。この通り、あの最低なタが去った後、グラウンドの整備をさせられるのはごく一部の一年生だ。いわゆる、「目をつけられている」というやつだ。主立ったメンツは、一度試合に引っ張り出された城田の幼なじみ――名前を忘れた――、学年代表の武市、そのバッテリーであるピッチャーの気弱そうな子――やっぱり名前が思い出せない――、一年エースの杉とか檜とかいう子、足が速く、一番背が高い子――たしか西とか東とかそういう名前――そして、一番有能だと思われる城田。このあたりだ。
中でも、城田に対する当たりは、かなりきついものがある。幼なじみが試合に引っ張り出された日、本人はいたたまれなかったらしくあっという間に帰ってしまい、その後馬鹿な二年どもが――武は軽蔑した相手には容赦がない――例のごとく悪口合戦を始めた。武が覚えているのは、そのときの城田の目だ。
ケモノだ、と思った。彼の端正な顔が、そのバランスを保ったまま、恐ろしいほどの悪意と殺意を湛えていて、さすがの武もぞっとした。獲物を狙うときの猛禽。殺してやる、その目はそう言っていた。それで気づいたのだ。幼なじみと城田の関係に。まあ、頭の鈍い獲物たちはその目の真意に気づかず、ただ生意気と受け取ったようで、その日から、城田への扱いは今の通りになった。今日もグラウンドの整備は彼一人でやらされており、今部室に残っているのは武一人だ。
「よっぽど大事なんだねぇ……あの子が」
思わず声に出して呟いてしまい、武は自嘲した。基本的に他人を信用しない代わりに、信じている相手にはべったり依存する。我が事より、彼を。そっくりすぎて笑えてくる。
武は立ち上がった。どうせ暇だ。手伝わない理由もない。昔の自分は嫌いだが、昔の自分に似ている彼は、あまり嫌いではなかった。
部室の横に立てかけられたトンボを担ぎ、グラウンドへ出ていく。足音に気づいて、城田が顔を上げた。
「……何スか」
「手伝ってあげるよ。暇だし。誰もいないし」
「……小野坂先輩も、帰ればいいじゃないですか」
ほら、そうやって牙を剥く。ますます、似ている。武はにこりと、笑って見せた。
「いいじゃない。これも練習のうちだよ」
ざあ、とグラウンドにトンボをかける。城田はしばらくいぶかしげな表情で武を見ていたが、すぐに同じ作業に戻った。
沈黙が流れる。それ以上噛みついてこないのを見て、武は胸の内でひっそりと笑った。この男、見ていない訳じゃない。自分が自らの敵ではないこと――しかし、味方でもないこと――を、きちんと認識している。少しからかってみたくなって、武は口を開いた。
「君さ……あんな目しちゃ、駄目。あいつらは正直馬鹿だから気づいてなかったけど、見る人が見たらいろいろバレバレだよ」
「……なんの話ですか」
「わかってるでしょ。あの日だよ。あの子。君の幼なじみが公式戦出た日」
城田が、一気に自分を警戒したのが武には解った。やはり馬鹿ではない。しかし少々、気が立ちすぎている。手負いのケモノ。守るものを背負った、猛禽。
「殺してやろうと思ったでしょ、あいつらのこと」
帰ってきたのは沈黙だったが、その言葉が図星であることを、武は空気から感じ取っていた。なんだか愉快になってきて、武はくつくつと、笑いを漏らした。
「まあ間違ってるとは思わないよ。あの子は全然悪くなかったしね。俺も、あいつらはどうかしてると思うし。でもまあ、君のあの目はまずかったと思うなぁ。多分、意味を理解してるのは俺だけだと思うけど、少なくとも悪意が見えたからこうやって君は理不尽なやっかいごとを被ってるわけだし」
城田は警戒を解かない。やはり馬鹿ではなく、そして賢くもない。無駄に気持ちを尖らせ、消耗していくタイプだ。武は城田に目を向けず、言った。
「あの子と付き合ってんでしょ、君」
「なっ……」
「あの子……前……前……前畑?」
前野です、と訂正されて、武はフルネームを思い出した。前野隼だ。グラウンドに立っただけで泣きそうな顔をしていたあの子。
「そうそう前野。俺は君たちの関係に口を出すつもりはないし、気持ち悪いとかも思わないけど……気をつけた方がいいかなぁ」
「……何が……ですか」
そこで初めて、武は城田の顔を正面から見た。警戒が半分解かれている。美しい顔は、不安定そうに揺れていた。そうか、そういうことか、と武は納得した。彼らの関係は、人が思うのとは逆だ。
「君、わかってるかな? 多分、あそこで前野が断らずにグラウンドに出たのは、君を守るためだよ」
「え……」
「うーん……君は昔の俺にそっくりだけど、すごく人に恵まれてるんだね。ちょっとうらやましいよ」
他人は信じるに値せず、期待をかけたりはしない。でも信じた相手には、心の全部を預けてしまうその極端さ。そっくりだった。でも、城田には前野がおり、自分には誰もいなかった。その差が少しだけ、うらやましかった。前野は解っていたのだ。断れば、次に指名されるのが城田であるだろうということを。容姿がよく、また、自分が期待していない人間からは何をされようが平気で、ともすれば非常に生意気に見える城田を、その悪意から守ろうとしたのだろう。まあ、結果的に彼が傷ついたことで、城田の殺意に火をつけてしまい、なんら変わらない結末が訪れてしまったわけだが。だからこそ、少しだけいじめてやりたくなった。
「前野はすごく良い子だね。君、傷付けないようにね」
「そんな、言われなくても……」
「ケモノの爪が傷付けるのは、獲物だけじゃないんだよ」
トンボかけが終わる。トンボをまた担ぎ上げ、部室へ戻るため、武は歩き出そうとした。
「……なんで」
唐突に後ろから声をかけられ、立ち止まり、振り返る。城田の表情は、日が暮れてきていて解らない。
「はい?」
「なんで……そんなこと言うんですか。先輩は……俺の事、嫌いじゃないんですか」
あぁ、そういう誤解か、と武は思った。二年生ならば、一年の中でも目立つ自分を嫌っていて当然、どうしてアドバイスじみたことを言うのかが解らなかったのだろう。
「なんていうかね……同情だよ。そっくりなんだ、昔の俺に」
それ以上は何も言わず、武はグラウンドを後にした。彼は今の自分にはならないだろうなぁと、そんなことを思いながら。
こいつらしゃべってるのほんと好きです。
こういう、カップリングじゃないけど緊迫した会話する組み合わせを書くのも好きだったりしますw
ちなみに監督は棚田、一年エースは杉村君、足の速い子は仁科君です。タケさんは基本興味のない人間の名前を憶えませんw