優雨(ゆう)
好きなものが、初めて違った。
晴香雲雀兄弟の話。あ、でも晴香×雲雀とかではないです。
雨だった。冬の雨は陰鬱で冷たく、無情に窓を打つ。高崎晴香はそれを、ぶすっとふくれっ面をしたまま眺めていた。せっかくの休みなのにおもしろくないのは、この雨のせいで練習試合が中止になり、家に閉じこめられる格好になったからだ。
「晴香ぁ、ココア入ったけど、そっち持っていったらいい?」
双子の弟、雲雀の声に、うんとああの中間のような、おざなりの返事をする。まもなく雲雀が、ココアの入ったカップを二つ持って窓際へとやってきた。
「雨降るとかないよな。マジつまんねー」
「お前、たかが練習試合をそんなに楽しみにしてたわけ?」
「あ、当たり前だろ。紅白戦とか、いっつも相手一緒でおもしろくねーし」
あわてて答えつつも、晴香は雲雀が、おそらく全て見抜いていることを知っていた。自分たちは生まれたときからずっと一緒で、それ以上に、世界で一番遺伝子配列が似ている人間なのだ。人間というものの根幹がそれなら、雲雀に隠し事などできるはずがない。
「雲雀、お前解ってるだろ」
「もち。そーじ先輩だろ。日曜日まで会えることって滅多にないもんな」
顔を見合わせ、笑う。それと同時に、晴香は雲雀が同じように、つまらない気持ちでいることを理解した。こいつも多分、少ししょげている。会えるのを楽しみにしている相手はそれぞれに違うけれど。
「今頃何してんのかなぁ、そーじ先輩」
「案外ユキと一緒だったりして。幼なじみだし」
「何それ、妬けるなぁ、ユキのやつ」
好きなものが初めて、違った。二人は今まで何度か、同じ女の子を好きになってしまい、気まずい思いをしたことがあり、お互い恋愛の話はほとんどしなくなってしまったのだが、今回初めて、全く別の人を好きになったおかげで、また恋愛の話ができるようになった。ただ、今回は二人とも、不毛でどうしようもない恋なのだけれど。
「晴香はさあ、そーじ先輩とどうにかなりたいとか思うわけ? ほら、ちゅーしたいとかさ」
突然雲雀がそんなことを言い出すので、晴香は口に含んでいたココアを噴いた。雲雀が、何汚いことしてんの、とあきれたように言う。
「急になんだよ!」
「別にいいじゃん暇なんだし。で、どうなの?」
「そ、そりゃ叶うなら……って、じゃあ雲雀はどうなんだよ。好きなんだろ、ユキのこと」
晴香のことが雲雀に何もかも筒抜けになってしまうのと同じく、雲雀のことだって晴香に筒抜けだ。何もせずに見分けられた瞬間から、雲雀が雪俊を好いていることぐらい、解っている。
「俺はさ……そりゃまあ、ユキが俺といて幸せならそれ以上にいいことなんてないけど……ユキが幸せでいてくれればそれでいいかな」
そう言って雨だれを見つめる雲雀の横顔は、晴香の知る雲雀よりもずっと――大人だった。
「だからさ、ユキのこと不幸にすんなら、そーじ先輩だろうと誰だろうと、ぶっ飛ばすね。でも、ユキがそれで幸せなら……ユキと誰かが付き合ってても、いい」
切なさを押さえ込んだような雲雀の表情。こみ上げる悲しさが、共鳴するように流れ込んできて、晴香は雲雀を抱きしめた。
「ちょ、晴香、何してんの。いっくら望みない恋してたって兄と付き合う気はないからね」
「そういうんじゃねーよ馬鹿。ガキん頃とかよくこうして寝てただろ。それと一緒だよ」
腕の中で雲雀がくすくす笑い、そして腕を回し返してきた。泣きたい気持ちまで、寄り添うように――解り合っていた。
冬の雨は優しく、そして静かに、窓の外を濡らしていった。
自分の中にしみついた、BLが当たり前の世界になってた記述を一か所直しました。
元のものを知ってる方はうん、忘れてください(