想い星 迷い星
本当に好きなのは。
総二朗と雪俊の話。
吐き出す息が、闇に白く溶ける。夜になって冷え込みが増した空気の中、武市総二朗はポケットに手を突っ込んだまま、のろのろと歩いていた。
思い出すのは先ほど起こった、自分の中でも驚くべき――そして半ば予想していた出来事だ。冷えた指で自らの唇をなぞると、今もありありと、その感触を思い出すことができる。本当に不意打ちなら、こんな風に思い出すことはできないに違いない。
総二朗はさっきまで、バッテリーを組んでいる後輩――桜井雪俊の部屋にいた。来週の練習試合のことで話があるというのは口実で、本当は一緒にゲームがやりたかったらしい。テスト前という訳でもなく、暇だった総二朗はこれに付き合い、雪俊の部屋へ出かけていった。よく考えれば、ここからすでに甘かったのかもしれない。
雪俊の視線には、早いうちから気づいていた。彼は笠間優一への憎しみじみた愛情を胸に抱いたまま、自分とバッテリーを組んだ。しかしその視線が、次第に自分をとらえ、真っ直ぐ見つめてくるようになったことを、敏感な総二朗は感じ取っていた。素直で、真摯で、ブレることのないその瞳。
雪俊が嫌いなわけではない。ピッチャーを嫌っていては、バッテリーなどやっていけない。しかしそれとこれとはまた、別の問題なのだ。
抱きしめてやることは、簡単なのかもしれない。その柔らかい髪に指を通し、慈しむことは多分、間違いではない。嫌ではない。雪俊は好きだ。でもそのとき、自分は果たして、あの真摯な目を、きちんと正面から受け止められるのだろうか。その目に誰かを重ねることなく、「雪俊」を、見ていられるのだろうか。
「冬馬……俺って、馬鹿だよな」
無数の星。その中で、彼が笑った気がした。知ってるよ、と答える。この迷いを、冬馬は喜ばない。彼はきっと言うだろう。総ちゃんとオレは、もう会えないんだから。今目の前にいる人を、大事にしてあげてよ、と。しかしその思考そのものが、自分の根底に染みついた冬馬への愛情であり、この思いが消えない限り、自分が雪俊の背後に、冬馬の影を追い続けてしまうだろうことを、総二朗はとっくの昔に知っていた。
雪俊の、切なげにゆがんだ表情。ゲームの合間にできた沈黙。動けなかった。目をそらさなければ、どうなるかは解っていたのに。結局のところ、傷つくのは誰なのか――解っていたはずなのに。
ほとんど無理矢理重ねられた唇の温度を、総二朗はまた、思い出した。どうして許してしまったのだろう。触れてしまえば、雪俊の気持ちはどこへも戻れなくなることを、自分は知っていたはずなのに。
『総兄……俺……ごめん……でも……』
最後までは聞かなかった。泣いているのも知っていて、総二朗は雪俊に背を向けた。今の自分には、雪俊を抱きしめる資格も、ましてその告白を聞く資格もない。だから何も言わず出てきたのにどうして――どうしてこんなに、寒いのだろう。心までが、凍えるのだろう。
総二朗はまた、空を仰ぎ見る。無数の星は沈黙したまま、彼を静かに見下ろしていた。
総二朗はこういう変に真面目なところがあって、だから個人的にすごく好きなキャラです。