すれ違いの結末
短めです。
こんなのを「青春」っていうのでしょうか。
夕暮れに染まる街を走る影が二つある。片や顔を歪ませ苦しげに。片やポニーテールを揺らし、一心不乱に前だけ向いて走っていた。
「おいっ! 待てよ、なんで逃げるんだよ! 」
「貴方に、話す事なんて、なにもない! 」
少女の声は震えて泣きそうなように聞こえ、辛そうな状態を教えてしまったも同然だった。
それを感じとったのか少年はスピードを上げて彼女の左手首を掴み、自分の方に引っ張った。勢い余って少女は彼に抱き着く様な形になってしまった。彼は彼女の背中に腕をまわしそのまま抱きしめる。
「やっと……捕まえた」
「や、離してっ! 」
押し返そうとしてもビクともしない。いくら力を込めても、変わらない。
いつもは軽い力で殴っても痛そうにしてたから、こんなに力があるなんて思ってもみなかった、と呆然とする少女の身体を一層強く抱きしめた。
「やだ。絶対離さない」
「なんで……私は……」
「何があったか、話すまで、離さない」
少女はその言葉を聞くと、堪えていたはずの涙を落としながらゆっくりと口を開いた。
「告白……しに、行ったの……坂上先輩の……とこに……」
「やっぱりな。で、泣いてるのは」
「フラれた、から……先輩、彼女いるって」
「そうだったのか……」
「そんな事全然知らなかったの。知ってたら、告白なんてしなかったのに」
俯き、肩を震わせる少女。それに反して少年は満足そうに声をださずにこっそりと笑みを浮かべた。
「じゃあ諦めるしか、ないな? 」
「……うん」
少年は一呼吸を置いて、ポツリと。
「俺でもいいだろ? 」
「……はあぁぁぁ?! 」
少女の絶叫が暗くなりつつある空に響き渡る。もう涙すら引っ込んだ。思いっきり彼を突き飛ばし、距離をとった。それもそうだろう。ついさっきふられたばかりなのに告白されるなんて思ってもみなかったのだ。
「そんな驚くことか、 瀬奈? 」
飄々とした彼の態度に、眉を吊り上げて当たり前だとばかりに、少女が睨みつけるとため息をついた。
「はぁ……駄目か? 俺、結構イケてる方だと思うんだけどなー? 」
「なっ、何考えてんの林! 私たった今振られたんだよ? 傷心中なの! イケてるとかイケてないとかの問題じゃない! 」
「だってお前、振られないと諦めつかねーだろ? だから告わなかっただけで……一途に半年待ってたんだぜ? 」
「……知らないよ、そんなの」
瀬奈の声が震える。キャパシティはとっくに越えている。それなのに、ずっと想ってくれていたなんて追い打ちまでかけられた。
端からみれば言い争う二人を、すれ違ったサラリーマンが迷惑そうに睨みつけていった。それに気づいた林は軽く会釈をし、また話し出す。
「まー予想の範囲内だから、気にしてないけどなー」
「予想の、範囲内? 」
「気づいてたら、流石に俺ん家上がりこんでこないだろ? 」
「……確かに」
「さらに。俺の部屋で二人になった事が、今まで何回ある? 」
「……数え切れないね」
本当に気づいてなかったんだから、仕方がない。そう頭では考えているんだけど申し訳なさは募る。
俯き、考えこんでしまった瀬奈には見えないが、彼は目を三日月の様にして、彼女の名前を呼んだ。
「瀬奈」
「何よ……」
のろりと顔を上げれば、彼の顔が鼻がぶつかりそうな位近い所にあった。いきなりの出来事に、目を見開くだけで固まった彼女の額を、衝撃が襲う。
「いった! ちょっと何すんのよ! 」
「何ってデコピンだけど」
「あのね、そんな事わかるに決まってるでしょ? 」
「じゃあいいじゃん」
悪びれもしない林の態度に腹が立ち、右手のひらを握りしめてストレートを彼の腹に入れれば、腹を抑えて蹲った。
「渾身の一本、いただき……ました」
かと思えば、道端にそのまま倒れてしまった。男の癖に、と思いながらも瀬奈は声をかけてやる。
「これ位で済んで良かったと思いなさい。私をびっくりさせた罰は、重いよ? 」
「肝に命じます……」
「全く……」
呆れつつ、手を伸ばせば、結った髪が前に溢れてきたのをうっとおしそうに払った。なんだかんだ言っても、幼馴染だからか甘くしてしまう。
「ありがとな」
「どーいたしたしまして、っと」
なんとか引き上げられたが、流石男子と言うか。重くて自分が倒れかけた。先程、あんなにあっさり倒れた癖に。性別の違いを思い知らされた気分だ。
「さて。少しは気ぃ紛れたか? 」
「え、何のこと? 」
「わかんないなら、大丈夫だなー」
きょとんとしている瀬奈を見やり、林は制服を軽く叩いてまた、歩き出す。慌てて付いていけば、林は瀬奈に目だけを向けた。
「何の事よ。教えなさいよ」
「んーじゃあ、改めて」
歩みを一度止め、むくれている瀬奈と向き合う様にすると、彼は表情を引き締めた。横を流れる川の音が聞こえる位、緊張した雰囲気が二人の間で流れる。
「俺は、瀬奈が好きだ。お前の気持ちに、整理がつくまでちゃんと待つから……俺と付き合って下さい」
瀬奈は今までにない、真剣な眼差し。顔が熱くなるのが自分でも、はっきりとわかった。もしかしたら、気づかなかっただけで、ずっと見ていてくれたのかもしれない。
「……なぁ、返事は? 」
「せっかち、だね。林らしいや」
「悪かったな」
焦っているのがおかしくて、小さく笑う。それが気に食わなかったのか、彼はそっぽを向き、明らさまに不機嫌になる。
そんな所が可愛い、なんて思ってしまった。少し背の高い林を見やり、彼女は呟くような小さな声で言った。
「いーよ」
「……へ? 」
「何よその気の抜けた感じは。こっちも勇気だしてるんだからね」
「え、あ、いや、その……いいの? 」
まだ半信半疑、と言った彼に笑いかける。正直まだ好きにはなれていない、でも長い間想ってくれていた彼を信じてみようと瀬奈は思ったのだ。
「ちゃんと、待っててくれるなら、ね? 」
「っしゃぁぁあ! 」
「すぐ付き合うって訳じゃない……って聞いてるの? 」
「わかってるって! 」
「どうだが……」
彼の喜び方が余りに子供っぽくて、瀬奈はまた笑ってしまった。こんなに明るい彼といれば、きっとすぐ失恋の痛みなんて薄れるだろう。
「じゃあ手、繋いで帰らない? 」
「調子に乗らないの。するわけないでしょ」
「つれないなー」
差し出してきた彼の手を叩き落とし、二人で並んで歩き出す。
ゆっくりと夕日が沈んで、夜になっていく。でも、二人で始める新しい恋は今朝日が昇ったばかりのように明るく、照らされていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。