改造人間ザイロコッパー
―プッ、プッ、プッ、プッ
何かの電子音が断続して響いている。
「― 先生、このままでは!」
「落ち着きたまえ、患者の容態を鑑みてこれからの処置は例の機関に託された。」
「れ、例の機関でありますか?」
「そうだ、詳しいことは私も知らないからさっさと・・・の・・・室に運んでしまおう。」
あれ?聞こえない。
ダメだ・・・意識が・・・・・・遠く。
―――
――
―
――――ぇ。
―――まえ。
――たまえ。
起きたまえ。
??
声が聞こえる?
目を閉じているというのに途端に世界が明るくなり、思わず顔を覆いたくなるが身じろぎ一つ取れないことに気が付く。
明るい世界から目を背ける為、首を傾けて瞼を硬く瞑る。
そのまま明るさに慣れるまでにゆっくりと覚醒を終えて閉じていた世界を開く。
目の前には白衣を着た誰かがいたが、しかしその背景には強烈な光を発する何かがあり誰かの顔は逆光になって見えない。
「彼はとても眩しそうだね。」
その言葉に反射的に強く頷いてみせる。
「被験体LXXX08番、知性も見られます。」
ほかにも誰か居るようだがその声の位置は頭上より響いており、寝かされて身動きも取れない今の状態では確認が出来ない。
しかし頭にCDみたいなのつけた医者(?)って本当にいたんだな。
凄く胡散臭いが白衣も着てるしオペ室のライトっぽいやつがさっきから眩しいから医者ということにしておこう。
「ふむ・・・例のプログラム、いけそうか?」
「おそらくは。第8から88番まで全て許容範囲内です。」
「そうか、ならば。」
すると突然体を締め付けていた感覚が離れ、身動きが取れる状態になっていることが分かった。
とりあえずこの謎の状況について質問をすべく言葉をかけてみる。
「あ、貴方は?」
「うむ、君のマスターだ。分かるかね?」
わ、分からんわ!ボケ
しかし僕の口から紡がれた言葉は自らの意思とは反して快諾の主張をするものだった。
「イエス、マイマスター」
「早速だが君には例の組織の妨害工作に当たってもらう。方法、手段は任意にて行動を許可する。」
「御意。」
すると気がつけば、かつて僕が暮らしていた人間の住むビルの森。
一体何だっていうんだこれは?
そうして暫く人垣の中にたたずんで混乱していると、ある度し難い光景を目の当たりにする。
「ヒャッハー、森林は伐採だー!」
「ダム計画バンザーィイッ!」
チェーンソーにて僕が今住処を置いている森の町に立ち並ぶ木々を伐採している不貞な輩共だ。
生かしてはおけん!
「なに?!貴様は・・・『改造人間ザイロコッパー!』
なぜここに?」
「くたばれ!!土人どもぉぉぉおおおお!」
そういって僕が長年の野生生活で鍛え上げてきた殺人タックルを右肩から繰り出す。
しかし、自分の右肩を見れば慣れ親しんだモフモフではなく、シマシマのハチの尾っぽの部分。
な、なんじゃこりゃあぁああああ?!
だがしかし、今は!!
― バキュン
「カハッ?!」
い、一体何が??
「ザイロコッパー、君の役目はもう終わりなんだよ。残念だね。」
マ、マスター・・・・なぜ?
「なぜ?という顔をしているね。最後に一つ教えてあげよう。」
すると何故か我がマイマスターは憎き僕の敵であるあの爺に代わっていた。
「ふぇぇ・・・おじいちゃん。」
「大丈夫だよ愛しの孫よ、おじいちゃんがついているから。」
ほざけ!
すかさず改造されていた僕の左腕に仕込まれた毒針を射出しようとしたが遅く、おじいちゃんの第二射によって阻まれる。
「あっちゃ~、また暴発してしもうたがね」
「わーい!今日はステーキだ~。」
「これこれ、あわてるんじゃないよ。」
すると彼女は僕のはらわたを漁り散らして、1枚のステーキを取り出した。
そしておじいちゃんが抱えていた農具のスキでおじいちゃん一行は料理を始めた。
これが後に伝わるすき焼きの始まりであるとは、このとき僕は予想だにしていなかっただろう。
辺りではジュージューという賑やかな音と香りが漂ってきている。
「ねぇ、ママ。私もあれ食べたい。」
その光景を見ていたのか僕の娘である小熊が食事の催促をしてくる。
愛娘に頼られたんなら、仕方ないよな。
「も~しょうがないわねぇ、特別に許してあげるっちゃ☆」
仕方がないので僕をぶち抜いた件は不問としてやろう。
「ああ?すまんねぇ。ほらほらどうぞご一緒に。
宴はぎょうさん居たほうがよかと。」
おじいさんも快諾したのち、そうして森の愉快な仲間たちでお肉パーティが開かれる。
これは後々のヒトとクマの友好的な関係の第一歩になるであろう。
「ママ、お肉かた~い」
「おじいちゃん、私も~」
すると小さい娘っこ二人には厚切りのお肉は分厚かったのか、不満げな声が上がる。
「ううむ、煮込みが足りなかったかと?」
「じじい、こういうときはハチミツに漬け込んでから調理するとやわらかくなるんだぜ」
「ほ、ホンマか?!工藤!!」
「ああ、ばっちゃが行ってたんだ。間違いねぇ」
そういって僕は強靭な顎でもって自らの右腕を食いちぎり、ハチミツ漬けにする。
「ママ~はやくぅ~」
「もう少し待ってね!」
娘に催促されながらも、僕は残された左腕で右腕を煮込み続けるのだった。
おいしくな~れ
おいしくな~れ、と。
なんだ、唯の夢か。
内容殆ど思い出せないけど後半、支離滅裂だった気がする。
まあ夢なんていうものは得てしてそういうものであろう。
などなどと下らないことを考えながら粗末なベッドの上からの起床を終えて
ねむ目をこすりながら壁に掛けられた古ぼけた振り子時計を見やる。
― ゴーン…ゴーン…ゴーン
ちょうどキッカリ時間の区切りを捕らえていたのかさび付いたような音で己が起床時間を告げる。
― 8時00分
時間を一瞬見間違えたのかと思ったのだけれど、未だ薄ぼやけが覚めやらぬ我がまなこを凝らしても
時計の短針は8の字を示したままピクリとも動かない。
くすんだ色のすりガラスから燦々と差し込む朝日でさえどう見積もってもそれなりの時刻になっていることが窺える。
さて、この状況で僕がいまひとつ述べられるとこがあるとすれば、さっさと身支度を整えてある場所まで向かわなくてはならない。
残念ながら朝食は無しだ。そんな悠長に構えていられる時間は既に一刻以上過ぎ去っている。
ずばり端的に述べよう。このままだと僕は間違いなく・・・
遅 刻 だ !!
■
時は既に8時を回っており後幾許もしない内に刻限の8時30分を迎えようとしている。
駆け足で玄関に到着するとすかさず下穿きを下駄箱前で脱いで嫌がらせのような高さに位置する下駄箱に何とか放り込む。
そのまま廊下を靴下で滑らないように歩き、脇の男子トイレの中の手洗い近くにおいてあるゴミ箱に捨ててある僕の上履きを回収する。
――うへぇ、中にティッシュがまぎれているじゃないか・・・
そのまま中のものを振り落としてからいろいろなことに目を瞑って上履きを履いて、また走り出す。
向かう目的地の一室は現在の位置取りでは20m左方かつ10m上方(つまり3階のわけだが)
そこに到着する頃にはヘトヘトになる位全力で向かわないと猶予が怪しいことが窺える。
だがしかし、志半ば2階踊り場に差し掛かる手前という段階でわき腹の痛みを伴い崩れるボクチン。
畜生、なんということだ。まだ半分も行っていないじゃないか・・・
でも……
もぅつかれちゃった…
ケド……
あきらめるの
ょくなぃって……
ぉもって……
がんばった……
あ、ごめん…
やっぱもう無理っす…
流石同年代で体力のなさのトップクラスに在することはある。
朝食もとらなかったことが災いして、視界が暗転してくる。
嗚呼、こんなにも苦しいとだというのに、人間この程度では死なないということが痛いほど理解できているので唯苦しい。
ていうか吐きそうです。
「ちょ、ちょっと?!大丈夫」
階段という往来の激しい場所にてもたれかかるようにして倒れていたのが災いしてか、誰かに目撃されたらしい。
「―ッ、少しおぶらせてもらうけど我慢してくれよな。」
不意に持ち上げられる感覚。
抵抗する気力もなく唯僕は身を任せて、そのまま気を失っていった。
■
感覚的には2度目の朝とでもいうべきであろうか?
自室とは違うが最早見慣れた天井と寝台が不本意な2度寝を提供してくれていた事に僅かばかりの謝意を心で述べて起床する。
「あら、起きちゃいましたか。」
起こした上体で頭だけを声のするほうに向けると、失礼かも知れないがこれまた不本意ながらお世話になっている白衣姿の女性。
養護教諭こと保険の先生である。
「もう具合は大丈夫?まだ無理そうだったら少しだけならまだここにいても大丈夫よ?」
ぜひとも首を縦に振りたい提案ではあるのだがそれより僕の荷物は何処だろうか。
そうやって周りをソワソワ見やった為だろうか、付き合いの長い彼女はそれだけで察してくれたらしく、こう言った。
「あっ!そういえば・・・
ごめんなさいね。風紀委員のアキラ君・・・ああ、君を運んでくれた生徒ね。
彼が『自分が責任を持って教室まで届けておきます』って言っちゃうものだから、ついね。
ごめんなさい。」
な、なんということだ。
あわよくばこのまま1時限分ブッチしてやろうぜベイベーとか考えていたらとんでもない爆弾落とされたでごわす。
そいつの顔も名前も知らないし運んでくれたことには1ミリだけ感謝してやるが
彼女の一言でそいつの評価は最低値に規定してやることがきまった模様。
とりあえずお暇することにして彼女に謝意を述べるため、ペコリと一礼したのち戸口に手を掛けると。
「・・・それと貴方の上履きなのだけれど、
帰ったら持ち帰って念入りに洗っておいたほうが良いわよ・・・
その・・・貴方を寝かせるときに脱がせたら、足に色々と・・・ね。
とりあえず拭いておいたけど、生憎貸し出し用も今手持ちがないのが申し訳ないわね。」
Oh・・・急いでいたから嫌な感触は意識しないようにしてたけど、なんだかエスカレートしてきているな。
大丈夫です、慣れっこですから。
などとは口が裂けてでも言えないのでさらに彼女に一礼したのち保健室を後にした。
■
― クスッ…クスクスッ
― クスクスクス…
何処からか笑い声が聞こえる気がする。
時計も確認せず退室してしまったのがあだとなったらしく、現在は小休憩時間の真っ最中だったらしい。
「ねぇ、またあの"女"、男子に媚売ったらしいよ。」
「しかもあの『アキラ様』にって話だけど本当だったんだ。」
「わざわざ体調悪いフリして『私、か弱い女なんです!』て感じ?」
「そうそう、かまってちゃんも大概にして欲しいよね。」
「わかる~。『おしとやかな私かわいい』みたいな空気がマジかわいくないわー。」
「そういえば聞いた?何でもアイツ『サセコの子供』みたいな噂があるんだけど。」
「え…だってアイツ『三鉢』んとこの―」
へ~、そんな残念な奴がこの学園にはいるんだな。
というか人の知らないところでドロドロとした陰口叩く女子ってやっぱこわ~い。
「・・・てかヤバッ!
ちょっと亜理紗、聞こえてる」
「え?何が・・・っと」
すると噂話に花を咲かせていた彼女らはこちらに目を向けて値踏みするかの様な視線を向ける。
おおう、この居た堪れない感じを誰か何とかしてください。
「つーか前から気になってたんだけどさ、アンタなんで三鉢のくせして向かえも寄越さないの?
やっぱ『親しみやすい私かわいい』とか『お持ち帰りOK』アピール?
マジうける~。」
「ちょっと亜理紗!」
「え~、だってこれはそういうコトなんじゃないの?
あたしらがこんなにちょっかい掛けてるのにだれも止めに来ないし。」
「だってそいつ『クチナシ』なんじゃ・・・」
「あ、そっか。
ワリワリ、これだけ持て成してあげてもお礼一つ言わないものだからてっきりご不満なのかと思っちゃた。
つかそれもかわいいアピールなんじゃね?」
―ほう、貴方たちがこのわたくしにあのような悪戯を仕向けたと?
この私をどなたと心得ていて?
あの『三鉢財閥』の長女にして生徒会長『三鉢卓人』の妹でしてよ?―
だとかありがちなご令嬢的セリフをぶちかましてあげたいところだが、残念ながらとあるハンデキャップにより
(まあ有体に『喋れない』なのだが)言論の余地が無し。
しかも口上には(疑惑付き)がおまけされる胡散臭さ満載の設定盛りだくさん。
おかげさまで大好評、滅茶苦茶いじめられサンドバックセール開催中☆彡
尚、終了時期は未定。
はてさて、何ゆえこの様な事態が招かれてしまったのか。
なぜ僕が女の子でご令嬢で苛められっ子になってしまっているのか。
それはあの時の話から始めなくてはいけないかな。