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ハチのニンゲン

おいお前!お前の人生で一度でもハチになりたいと思ったことはあるか?

ああいい、答えは聞いていない。ぶっちゃけそこはどうでもいい。

僕は今から如何にして麗しの女王陛下に猊下として尽力し、我が国家繁栄のために貢献したのか。

コイツをまだ世間も知らないヤンチャなハチの子自分から、勇猛果敢に女王をお守りする親衛隊のようなハチに成長を遂げるまでを

所謂デビなんちゃら式を使って貴様に語り聞かせてやろう。

本来であれば自叙伝なんて書けちゃいそうな、とびっきりぶっ飛んだ体験談だ。

きっとほかの誰にも経験したことのないエキサイティングな体験だったね。

いいか、耳をかっぽじって良く聞けよ、おたんこなす。


あれはいつぐらいだったかは覚えてはいない。

だた僕が生まれた自分ぐらいにゃカプセルホテルよりも狭苦しい、角ばった箱の中に収められていたということだけは覚えている。

シャイセな芋虫野郎として狭苦しい空間の中で僅かばかりの飯を食べて生活していく日々。

代わり映えのしない日常、このまま六角形の外に出ることもなく怠けて暮らそうかベイベーとか僕は考えていた。

しかしある日事件が起きた!


「女王陛下が皇宮より姿を見せない!」


すぐさま女王様の禁断のプライベートヘキサゴンが暴かれた。

がしかし、時は遅かった。


「し、死んでる・・・」


すぐさま現場検証が成されたが、状況を見るに他殺の線はありえないとされ、そのまま迷宮入り。

女王が不在のまま手をも招いているとやがて集団は数を減らし、容易に離散してしまう。

このままでは王国の存亡の危機に立たされると議会は判断を下し、急遽新しい女帝を作り出さねばならない。

では、一体それは誰がなるのか?

我が王国に、混沌の時代が訪れた。


ところで鉛筆みたいな空間で鼻クソみたいに引きこもってる僕にも彼女ができていた。

彼女の名前はハニー。

僕の少し後にニュルニュル生まれ出てきたそいつを、僕はまるで妹分のように可愛がってきたんだ。

僕らは一つの升で共に過ごし、成長してきた。

そして先日彼女から告白してくれたんだ。

恥ずかしがり屋の彼女は僕にこう言った

「よく聞けよ鼻づまり野郎、私に尽くし、私に貢献しろ。そうすればお前みたいな芋虫も傍においてやらん事はない。」

なんとまあ、ずいぶんな言い草だよな。

ああ、僕の口が悪いのは彼女譲りなんだ。すまないね。


何はともあれこれで僕らは付き合うことになった。

滴れ落ちる蜜をくすねてきては彼女に献上する毎日。

代わり映えのしない生活に一輪の花が添えられて僕の生活はバラ色だったな。


そして太陽が30回ぐらい回ったある日

厄介なことに尻尾の先が鉛筆みたいに尖がってきちゃって、彼女もブクブク太ってしまった今日の頃。

そろそろ外に出てお花を吸ってきまチョウかなんて柄にもないことを考えていた矢先に奴が着た。


「よぉ鼻くそ野郎。お前の針は今日もチョウチョみたいに細いのな」


奴の名はバッチー。いつも僕に軽口吹っかけるいけ好かないハチの子野郎だ!

しかし奴はここ最近でメキメキと力をつけてきて、随分とガタイが良くなってきた。

ここで喧嘩をふっかけて万が一負けたら彼女に顔向けできない。畜生汚い野郎だぜ!

こちらが一人憤っているのも知らず、奴はこういった。


「おい、いい加減引き篭もるのやめて外に出ようぜ兄弟。ここはお前みたいな成虫野郎がいるところじゃないんだよ」


僕はついカッとなって言った


「嫌だね!僕は彼女とラブラブな毎日を送っているんだ、お前に邪魔はさせない!」


すると奴はいぶかしむ様な顔をしてこう言ったんだ。


「おいおい、何を言ってやがるんだ?俺もお前も皆立派なメスなんだぜ?」


な、なんだって!?

聞けばハチというものはメスが集団の大半を占めており、オスは交尾の際必要な数しか産み落とされないらしい。

し、知らなかった・・・

僕が一人驚愕し固まっていると、すると奴はさらにとんでもない事をのたまった。


「おいおい・・・まじかよ、オスのハチがどうしてこんなところにいやがるんだ?!」

なん・・・だと?

彼が驚愕し、覗いている先は僕らの愛の巣


「ぐへへ、お兄ちゃん。ちょっとあたいとこっちにきてイイコトしてみない?」

彼女が叫んだ


「キャー、素敵!ハッチの魔の手から私を助けて!!」

なんてこった!

僕はすかさず奴に立ちはだかった。


「彼女を放しなボーイ、僕が相手してゃ―」


「うるせえナベ野郎、すっこんでな」


言い切る前にいとも簡単に僕は突き飛ばされて彼女、いや彼が浚われてしまった。

ち、畜生

そのまま暫く意識を失った後、目覚めた後僕が見つけられたのはスッカリ空っぽになってしまった僕の心と六角升だけだった。

それは世界に一人だけ取り残されたかのような虚しさだった。




それから月が30回ぐらい回った後のこと


「ヒャッハー、貧弱なハチミツ野郎共だ!身包み全部かっぱらうぜ!!」


「ち、畜生!スズメバチだ!!引け、引くんだ!!」


自分の身より一回りも二回りも大きな敵を前にして、しかし僕はこう言った。


「落ち着きなベイベー、こういうときはクールに行くもんだ」


「で、ですが!」


「おいしいハチミツの匂いがプンプンしやがるぜ!先ずは一匹」


獰猛なスズメバチが小柄のミツバチ2匹に襲い掛かる。

しかし、僕は不敵な態度を崩さず仲間にこういった。


「・・・おつむの出来が悪いベイベーにはこうすればいいんだぜ、覚えときな」


「ガハッ、てめぇ・・・何を」





―またスズメバチの襲撃か

―ここもそろそろヤバいんじゃねぇのか?


蜜場がザワついている、無理もない。ここのところずっと戦いづめだったからな。


「お、おいハッチ、お前無事だったのか」


「・・・バッチー」


コイツは幼い頃、僕に散々軽口を叩いてきては反発してきた腐れ縁。今じゃ変えがたい仲間だ。


「・・・何匹やられた」


「・・・全部で8匹だ」


ほかの奴らも耳をそばだてていたのか、周囲から落胆の声が聞こえる。


「ま、まあお前だけでも生きててよかっ―」


「今日取れた分だ、後は任せる」


最後まで言い切らせず、蜜を渡してそう言いう。


「おいハッチ・・・お前は死ぬなよ」


蜜場からさって、自分の升がある巣道へ向かう瞬間、バッチーはそんな声をかけた。


「僕にはそうやって案じる言葉をかけられる資格はないよ、バッチー・・・」


僕が零した呟やきは誰の耳に入ることもなく、虚しく六方形に木霊した。

相変わらず一人ぼっちの六角の中


―この裏切り者が


あの瞬間のことが思い出される。





「ガハッ、てめぇ・・・何を」


背中に細長い針を突き刺されたミツバチが呻く。


「おいおい、仲間割れかよ。俺たちは社会生物なんだぜ?そんなことして大丈夫なのかい?」


さしものスズメバチ様でも驚愕したのだろう。

なんたってあれだけ息巻いておいて仲間を裏切ったのだから。


「勘違いして欲しくないぜベイベー、僕の仕事はコイツを巣に確実に持ち帰ることだけさ」


「・・・気にいらねぇな、いくら俺ら女王に忠誠を誓った身とはいえ志を共にする仲間を裏切るほど腐っちゃいけねえ筈だがな。」


「お前の流儀などに興味はない。そのような戯言はオニヤンマにでも食わせときな」


スズメバチは険しい表情になり、憤っているか顎をカチカチ鳴らす。


「ふざけるなよ・・・どうして俺が、ましてや仲間に襲われなきゃならないんだよ!」


「悪いなベイベー、僕は今から全力で逃げるから頑張って鬼さんひきつけておいてくれ。多分後からお仲間が到着するはずだ。」


全力の逃走を僕は開始した。


「・・・悪いな、俺らも確実に獲物を持ち帰りたいから見逃せないんだわ。」


「なんで、どうして僕たちは・・・」


それだけ言い残して哀れなミツバチ一匹は、その頭部と胸部をスズメバチの強靭な顎によって引き裂かれた。



夕闇の森の中を全力で飛翔する。

時折背後を確認すると、やはり独特の目立つ羽音が追いかけてきているのが分かる。

荷物を抱えていなければ逃げられるだろうが、今は大量の蜜が蜜袋に満たされていて

その重量により思うような軌道を取ることができない。


「手伝いに来たぞ!」


見れば前方から事情も知らない呑気なミツバチたちが仲間を連れてやって着ている。

不幸なことに後方の羽音に注意を向けたら捕食者の数も増している。

明らかにこちらが不利だ、仕方がない。


温存しておいた羽を少し使って仲間の背後に回りこみ、胸部と頭部をつなぐ関節に突き入れる。


「は?お前一体何を」


混乱する仲間たちをよそに次々と針を突き入れていく。

最後は逃げようとする仲間の背中に全力で齧り付き動きを止めて針を刺した。

その数7匹


虚ろな表情で宙を舞う仲間をよそに再び巣に向けて、しかし捕食者どもに気取られないようささやかな羽音でその場を後にする。


「この裏切りものが」


夢から覚めても最後の生贄がつぶやいた言葉が僕の頭に響き続けていた。




「ふむ、ご苦労であったな。下がってよいぞ」


ハニカムの最深部の一枠

そこに巣食う一際大きいく丸々とした女王ハチとその腹部に己の腹部を突き入れる小柄なハチの姿


「・・・はあ、ぜい」


ハニーは今日も交尾の真っ最中で、僕に一瞥もくれず虚ろな目でどこかを見ていた。


―待ってろよ、必ず僕が助け出してやるからな。


彼を寝取った女王に一礼してから皇宮を去り仕事へ向かう。

昨日の出来事が夢にまで出てきてしまったがいつもの事だ。

仕事へ向かおう。

そのまま巣を飛び立つ。



「よおハッチ、今日はお前と組むんだとさ」


「バッチーか。俺らは何処に向かえばいい?」


大体いつも適当な面子が暫く巣の周りを飛び回りグループを作る。

そして大体こんな感じで感覚的に集合と出発が行われる。

今日は珍しくバッチーとチームを組むことになるらしい。

こういう日は何事もなく終わることが多い。ナイーブになっていた心に少しだけ余裕が出来る。


「いつぞやみたいに溜め込みすぎて吐き出すなよベイベー」


「そう言うお前も後でくすねてどやされるなよ」


全く、軽口を叩き合える仲というものは本当に変えがたいものだな。

そのときまではまだ幸せだったんだろうな、僕も



グサリ。


何かが刺さった


「へへ、悪いなハッチ。俺たちは女王に蜜をそそがなくてはならない、そうだろ?」


背後で針を突き立てるバッチーが言う


「ああ、そうだな。僕たちは蜜を運ぶために生まれ、巣を守るために死ぬ。そうだったな」


「お、お前ら、やっぱイカレてやがるぜ!」


周囲にはスズメバチの集団、僕はそいつらの生贄。

つまりは僕が今までやってきたことの裏返しに他ならない。

もういい、僕も疲れた。

本当は分かっていたんだ。

彼はもう帰ってこないし、僕は死ぬまでハチの社会の歯車として機能するだけだ。

なあバッチー、楽しかったな。何も考えずにハチミツ啜ってたあの頃は。


「だからよ、お前は俺の分まで生きて・・・そして俺たちの家を・・・あいつを守ってやってくれよ」


・・・バッチー?何を

そう考えている間にも背中から得体の知れない力が沸きあがり、たちまちのうちに体が変化した。

ふわふわと毛に覆われた体がゴツゴツとした甲殻に変わり、己の腹部に強大な力が沸きあがるのを感じた


「協定なんてかまわねぇ、やっちまえ!」


スズメバチの集団が僕に襲い掛かるが遅い、遅すぎる!


「な!?」


「がっ?!」


すぐさま8匹の奴らの背後に回りこみ、僕の細長いものを突き入れる。

すると奴らは一瞬でピクリとも動かなくなり、残されたのは僕だけだった。

バッチーの亡骸を見る。

腹部から針が抜け落ち、満足そうな顔を浮かべた彼の姿があった。


彼の残した言葉の意味は何だったのか。

一体なぜ彼は僕にこの様な力を残したのか。

分からない。

一つ言えることは、この力があれば彼を救うことが出来るはずだ。


待ってろよハニー

必ず僕がお前を助け出してやる。


これは一匹のはぐれミツバチがお送りする、涙あり、笑いあり、感動あり

絆で硬く結ばれたハチたちの約束のお話だ。




























ところで、この話をまじめに聞いてくれたのだとしたら、ここで一つ残念なお知らせがある。












うん、薄々感づいているかもしれないがこの話





























真 っ 赤 な 嘘 で し た と さ。



はい、おしまい。




















すまない、またなんだ。

ぶっちゃければクマとハチだった頃の僕は一番つまらない人生送ってたを思うぜ、全く。

そんな話をいきなりするんだからいかに捻くれ者なのかは存分に分かってくれたと思う。

そろそろ本当の事を話そうか

ざんねんながら僕が1匹の働きハチとして生まれて、ウネウネと気色の悪いシャイセな芋虫野郎として成長していき、立派な真社会生物に育っていきました。

などというふざけた話などありはない。

それこそ、いかにも嘘っぱちみたいな話になるのだけれど、これからする話は

「僕は得体の知れない森の中で目覚めて、気がついたら巨大なハチになっていた」

などという如何わしい話だ。

信じてもらえないかもしれないけれど、こっちは本当の話なんだな。

あの日、あの森の中で一体どの様な出来事が僕に襲い掛かったのか。

次はその話をしてみようか。

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