再会
入学式が終わり、これから学部ごとに分かれての説明会だ。本当ならここで、勇気を振り絞って城田くんを誘うところだが、残念なことに彼は近くには居ない。
「学部説明会一緒に行こう?」
どうやら最初の愛想笑いが相当効いたらしい。隣に座った彼は、余程私のことを気に入ったようだ。
「え……と…。」
素直にうんと言えないのは、城田くんに見られたくないという気持ちからだ。
「もしかして、もう誰かと約束してるの?」
ダメだ。良い言い訳など見つからない。
「ううん。大丈夫、行こ。」
「よかった。じゃ、行こうか。」
彼はあからさまに嬉しそうな顔をして歩いていく。私も彼の後について歩いていった。
彼と移動したのはいいものの城田くんに見られていないかが心配で、教室に着くまでしたであろう会話などなに一つ覚えていなかった。唯一覚えているとすればアドレスを交換したことくらいだろうか。
「ずっとぼんやりしてるけど、大丈夫?」
彼はちゃっかり私の隣に座り顔を覗き込んでくる。ほとんど話を聞いていないのだから心配になるのも無理はない。
「ううん。ごめんね、なんか。」
「いいよ。別に。気にしてないから。」
彼はふんわりと微笑んだ。見た目はもちろんかっこいいが、どうやら性格もいいらしい。こんな人に好かれたら、幸せになれそうだな。と、素で考えてる自分が居て、びっくりして頭を振った。彼の頭の上にクエスチョンマークが見える気がした。
「な、な、なんでもないの!!」
なにか言われたわけではないのに、気がついたら言い訳をしていた。
「はははっ面白いんだね。」
彼はお腹を抱えて笑っていた。そんなに笑わなくてもいいのに。少しだけ頬を膨らませ彼を睨むと、彼は笑いながらごめんごめんと謝った。仕方ない、許してやろう。私たちはその後もしばらく他愛のない会話をし続けていた。
「これから履修届け配るからしっかり考えて書けよー」
いつのまにやら来ていたらしい先生と思しき人がプリントを配り始めた。私が彼と話している間に自己紹介などは済ませてしまっていたらしい。少しだけ気まずくなり彼の方を見ると、彼もまた少しだけ気まずそうにしていた。どうやら彼も気づいていなかったみたいだ。
「科目、なに取るの?」
彼はさっきより少しだけ小さな声で話しかけてくる。
「とりあえず、1年のうちは取れる単位は取ろうと思ってる。」
「そうなんだ。じゃ俺もそうしよ。」
そう言って彼は私と同じように、プリントに丸をつけていく。そこまで一緒にしなくてもと思ったが、まあこの際どうでもよかった。 先生が、履修届けを回収し1度休憩時間となった。今更であるが、彼の名前を聞いていないことに気がついた。
「さっきはびっくりしたなー。気がついたら先生、居るんだもんな。」
「そうだね。ほんと全く気づかなかった。」
二人で笑いながら名前を聞くタイミングを探す。どうしよう、名前聞くのってこんなに難しいことだったろうか。会話が途切れたとき、今だ!と思い、彼が口を開くより前に問いかけた。
「そういえばさ、名前なんて言うの?」
彼は少しバツの悪そうな顔をする。私にはなぜなのか全然わからなかった。
「えー…と……その…。」
余程変な名前なのだろうか。私は少し首を傾げる。
「絶対驚くなよ。」
「うん…?」
なんだか嫌な予感がした。ここまで言われたら少しだけ怖くなってくる。ただ、名前を聞いただけだというのに。
「真中…真中悠陽……です…。」
「は?」
耳を疑うどころか、目を疑った。そしてフリーズしてしまった。名前を言い淀んでいたとこを考えると、同姓同名なんてことでは無いらしい。まてまてまて、人ってこんなに変わるものか。
「どうしたの?速水さん?」
確定。私の名前を知っているということはご本人様らしい。
「眼鏡…眼鏡外して。」
動揺が隠しきれない。もしかしたら眼鏡を外して見たら別人かもしれない。
「うん。」
彼は眼鏡を外す。そう、この顔。この顔に会いたくなかった。なぜここにいるのか、不思議で仕方なかった。
「なんで、なんでここにいるのよ……意味わかんない…。」
最初から私だとわかっていて近づいたのだろうか?見た目や印象まで変えて、なんのために?そこで私は自分のしたことを思い出す。まさか、酷いふりかたをしたのを根にもって、復讐でもされるのではないだろうか。
「大丈夫。ふられたことを根にもってるとかそんなんじゃない。」
とんだエスパーだ。なぜわかったのだろう。
「俺はただ、俺を知って、俺を好きになって欲しい。だからここに来た。」
そんなの、迷惑なだけ。私が言えたことでは無いけど。
「あんたの学力じゃここに来れないはずじゃ…。」
違う。よく考えたら頭が悪いと決めつけていただけだ。
「……俺さ、実は一年ダブっててさ、3年になって必死に勉強したんだ。見た目はあんなんだったけど、勉強は人一倍したんじゃないかな?」
「………ごめん…。」
すごく申し訳なくなる。人は見た目じゃないとはよく言ったものだ。
「いいんだよ別にほんと見た目はあんなんだったからさ。…あ、でもちゃんと怪我で入院しててダブっただけだから勘違いしないでね。」
そう言って彼は笑う。一つ年下の人たちに負けてられないと思ったのだと。
「ちゃんと怪我って…ふふ。」
だって日本語がおかしい。
「やっと笑った。」
また、嬉しそうに笑う。ドキッとした。ここに居るのは私の知っている真中悠陽じゃない。でもあの、真中悠陽なのだ。
「すぐに好きになってくれなくていい。でも仲良くはして欲しいんだ。」
ね?と首を傾げて笑いかけてくる。
「うん…。」
顔が熱い。なんでかなんてわからない。私は少し顔を背ける。もうきっと、彼の笑顔をちゃんと見れない。