出逢い
お母さんが死んでしまった瞬間、ほんの少しだけ泣いた。お母さんは意識を手放す寸前何度も私の名前を呼んでいたことを聞いた。何度も私に謝っていたことを聞いた。私だって、まだ言いたいことたくさんあるのに。真聖をよろしくね。それが、お母さんの最後の言葉。
「真聖…入るね。」
私はドアを開けて病室に入る。幸い、弟の真聖は後部座席にいたため、症状が軽い。花瓶の花を変えながら真聖を見やると、真聖もこちらを見ていた。
「どうかした?私の顔になんかついてる?」
精一杯の笑顔を作りながら問いかける。
「姉ちゃん……。…なんでもない。」
「そう?」
真聖はバツが悪そうに目を逸らした。私は花瓶を定位置に置き、ベッドに備え付けられている椅子に腰掛けた。
「プリン買ってきたんだ。食べよ?」
真聖は無言のままプリンを受け取ると食べ始める。きっとまだ、事故のショックが大きいのだろう。ツキッと胸が痛んだ気がしたが、知らないふりをすることにした。
「早く、退院できるといいね。」
「うん、そうだな。…早く、退院……。」
真聖は窓の外のずっと遠くを眺めている気がした。
プリンのゴミを片付けている時真聖はベッドから降りて車椅子に乗り換えていた。
「真聖?トイレ?」
「いや、天気もいいしちょっと外に出てくるよ。」
「そう。」
当たり前に自分も行くものだと思って身支度していると真聖が顔をしかめた。
「いいよ。姉ちゃんは待ってて。」
「なんで?」
「一人で外に出たい時だってあるんだよ。だから、ね?姉ちゃんは待ってて。」
そうか、と思った。私は無言で頷いて身支度をやめた。真聖が病室から出て行く瞬間、またなにか起きて帰ってこなくなるんじゃないかって思って、身体が強張った。そんなことあるわけ、ないのに。そんなとき、正面のベッドから声がかかった。
「ねえ、今、暇?」
私は振り返る。そこに居たのは多分男の子だ。顔はほとんど見えなかった。外傷が酷いのかもしれない。
「そうね、今は暇かも。」
曖昧に呟くと彼の唯一ちゃんと見える目が笑った。
「少し、お話ししない?ここは退屈なんだ。ね?」
私は言われるがまま彼の元に歩みよった。そして彼のベッドに備え付けられている椅子に座る。
「君は笑わないんだね。いつも悲しい目をしてる。」
急になにを、言っているのか。私はちゃんと笑ってる。さっきだって真聖に対してちゃんと。
「ずっと君のこと見てたけど、ここに来るようになって一度も笑った顔を見たことがない。」
そんな話をしたかったのだろうか。
「あなたに、何がわかるっていうの?笑ってないなんて、ただ、あなたが見ていないときに笑っているだけでしょ?」
彼は少しだけ悲しそうな目をする。
「何があったのかなんて知らないけど、一度泣けばスッキリするんじゃない?」
ほんと、勝手なことを言ってくれる。
「もう、泣かないって決めたから。」
「なんで?」
「私がしっかりしないと、お母さんの分までしっかり…。」
「今は、真聖くんも居ないし、泣くなら絶好の機会じゃない?」
「はぁ………なに、言ってるか理解できない。」
私は立ち上がろうとした。彼はまた柔らかく笑って言う。
「………大丈夫。泣いていいんだよ。強がらなくていいんだよ。一人が辛いなら隣に居てあげる。頑張らなくていいんだよ。甘えて。苦しいのは半分俺がもらってあげるから。」
なぜ、なにも知らないのにそんなことが言えるのか。
「きっと、たくさん泣いたら明日は何か良いことが待っていてくれているよ。」
そう言いながら私の頭を撫でる。もう、我慢なんてできなかった。目から大粒の涙が溢れて膝を濡らした。
「早く、君の笑顔が見たいな。きっととっても素敵なんだろうな。」
そのまま私を抱き寄せて背中をさすってくれる。しばらく彼の腕の中で泣いた。たくさん溜まっていた黒くてドロドロしたなにかが身体から抜けていくのを感じた。これが、私と城田くんとの出会い。