記憶
キャンパス内の中庭のようなところにあるベンチに二人で腰掛けていた。もう、どれだけ無言のままこうしているかわからなかった。私は顔を上げることも出来ずにただ、目の前を通るアリの行列を眺めていた。
先に口を開いたのは真中だった。
「あの…さ……。」
「うん。」
「ごめん。俺、八つ当たりした。」
「ううん。真中くんは悪くない。悪いのは、全部私。」
ここでやっと顔を上げる。真中はこちらを向かず、空を見上げていた。
「……うん。…ありがとう。」
真中は少しだけ淋しそうな顔をして、視線をゆっくりと降ろす。
「速水さんはどうして、城田と付き合ったの?」
唐突な問いかけ、でも予想はしていた。
「好きだから。」
ズキッと胸が痛くなる。まるで嘘をついた時のように。
「どこが、好きなの?……俺には高校の頃、仲良かったようには見えなかった。」
「うん。……私ね、私…その……。」
私が城田くんを好きな理由。
「あの…ね……。」
真中は黙ってこちらを見ている。
「丁度3年くらい前…私ね、お母さんと大喧嘩して……その日、本当は家族みんなで出かける予定だったんだけど、私だけお留守番することにしたの。そしたら、家に電話がかかってきてさ。…その電話はお母さんとお父さんと弟が交通事故にあったって電話で、私どうしたらいいかわからなくて……頭真っ白になって……。助手席に突っ込んだんだって。……助手席はいつもお母さんの特等席で…私は、なんとか病院に向かって…お母さんの手を握りながらなんども叫んだ……お願い、良い子にするから目を覚まして。私はまだお母さんにごめんねって言ってないよ。って。でも…でもね……ダメだったの。助からなかった…っ………。」
私は一度、気持ちを落ち着かせてまた話し始める。
「その時…偶然弟と相部屋だったのが城田くんでね。……ぅ…私はたくさん…城田くんに慰めてもらって……だから…今の、私があるの……っ………ごめん…。」
涙を堪えるので精一杯になってしまって、それ以上言葉を発せなかった。
「ごめん。辛いことを話させて……ごめん、ごめん。」
真中は悪くない。私が勝手に話したのだから。でも、今なにかを話したらきっと、私は泣いてしまう。
「………大丈夫。泣いていいんだよ。強がらなくていいんだよ。一人が辛いなら隣に居てあげる。頑張らなくていいんだよ。甘えて。苦しいのは半分俺がもらってあげるから。」
真中は優しい顔で、そう言った。どうして、どうして。その言葉はあの日、私が初めて城田くんに会った日、彼が私にかけてくれた言葉そのままだった。
「きっと、たくさん泣いたら明日は何か良いことが待っていてくれているよ。」
そう言って私の頭を撫でる。思い出す、あの日の城田くんを。
「…っ……ぅう……。」
自然と涙が溢れてきた。真中は頭をそっと引き寄せて、私を抱きしめた。
「ごめんね、ごめんね。辛いこと思い出させて、ごめんね。ちぃちゃん。」
背中を撫ぜられながら、たくさん、泣いた。真中は何か言っていたけど自分の声でほとんど聞こえなかった。この時は梓のことも、城田くんのことも忘れていて、ただ、真中の温もりだけを感じていた。