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第39話 世界樹の朝露

 見上げれば、無数の管が先の見えない天空の果てまで貫いて、その頂上を確認することすらできない。きらめくような青から淡い緑に移り行くグラデーションが、その管の中を流れるようにして揺蕩っていた。


「ようこそ。これが世界樹だ。」


 精霊王の幻想的な声が、その姿が、背景の森の中を伸びる世界樹をバックにして何か一枚の絵のように見える。私はエリクシアのファンとして感動を覚えずにはいられなかった。


「さて、君たちの求めているものだけど――」


 その声を待たずして、私は一歩踏み出した。


「本当に全部知っているんだな。」


 もちろん知っている。何度も何度も繰り返したことのあるシーンだ。私は自分の右手――ひじから先がなくなった腕の断面を世界樹のもとに差し出した。なぜならそこが、精霊王に見せられた幻覚の世界で芽が出た場所だから。その景色をなぞるようにして、私の右手の代わりに伸びた光の蔦が世界樹に触れる。淡いグラデーションがそれにこたえて波紋をつくると、身震いするように世界樹が全体が揺れた。


「くるぞ。」


 3秒ほどだろうか、やけに長く感じる時間を経て、空から雨が降った。いや、これは雨じゃない。先ほどの世界樹の揺れにはじかれて天から降ってくるのは、私たちが求めていたエリクシアシリーズ最高レアリティ素材のひとつ。世界樹の朝露だ。


 精霊王がくれた人ひとり包めそうなほど大きな葉っぱを、フリーダとケンジーがそれぞれ両手に持って朝露を受け止めた。それをうまく瓶に移せば、採取は完了。液体であるにもかかわらず宝石のきらめきのように光を反射する液体が、瓶の中に宇宙を思わせた。


「また必要になったら来るといい。それは世界樹の役目の副産物にすぎないからな。」


 世界樹の役目。エリクシア世界のその理は、いまや現実世界に根を張ったのだろう。その詳しい説明をしてほしいと思ったが精霊王はあまり多くを語らなかった。ゲームの関連本にも詳しく乗っていなかった設定なので気になっていたのだけど、好奇心で精霊王と敵対するのはあまり得策じゃない。


 私たちはファチョ先生とアヴリーヌに挨拶をして、いったん公園に戻ることになった。最初は彼らも連れて帰ろうかという話があったが、ここは精霊王が守る地。ここ以上に安全な場所などそうないので、彼らが研究活動を望んだこともあってそのまま置いていくことになった。じゃあ逆に私たちが拠点をここに移すのはどうだろうという話もしたが、それは精霊王に断られた。曰く、


「人が増えすぎると土が弱くなる。」


 とのこと。ここにはファチョ先生とアヴリーヌ以外にも当時植物園にいた人たちが支えあって暮らしている。これ以上受け入れることはできないということだろう。


 しかし交流がなくなるわけじゃない。引き続き彼らは私のゲームに関する知識を求めているし、私も彼らが栽培方法を確立してくれるのを心待ちにしている。また世界樹の朝露をもらいに来ることがあるかもしれないし、意外とすぐにまた会うことになる気がしている。


「じゃあファチョ先生、また今度。栽培についてわかったことがあったら共有お願いします。」


「ああ。もちろん。」


 じゃあまた、と言って踵を返そうとした私をアヴリーヌが引き留めた。


「まってまって!この前は迷惑かけちゃったから、これ、お詫び。」


 手渡されたのはいくつかの鉢植えだった。彼らはこの世界樹の森を拠点にして植物を探求し続けていただけあって、かなりの種類保有している。ぶっちゃけゆずってくれないかな、とは思っていたが言えずにいたのだ。それをもらえるというならとてもありがたい。


「狂獣蔦、爆弾クルミ、それにマンドレイクまである!」


「今度ポーションのつくり方も教えてね。」


 こんなにもらったら断れない。マンドレイクについては「マンドラゴラに近いほとんど最高品質だな」と精霊王からのお墨付きまでもらった。これでかなりいろんなポーションがつくれる。バロメッツも帰りに回収して、ゆっくり素材を探しながら公園までの道を歩けば、初級をとばして防御力ポーションの中級がつくれるかもしれない。


「わかった。いろいろ説明しやすいようにまとめておく。ありがとう。」


 今度こそ私たちは帰路についた。この遠征で全く思い通りにいかなかった攻略チャートを埋めながら、みんなが待っている公園に帰ろう。


 ◎


「ふんふーふふー♬」


 少女が鼻歌を歌っている。場所はとある路地の裏、人気のない暗がり。だけど人気がないのはたった今、そこにいた男が三人とも静かになったからだった。血まみれになって路地に倒れ伏した男の顔面をナイフで削りながら、少女は楽しそうに鼻歌を歌っている。


「何をしているのかな。」


 そこに、背後から声がかかる。


 少女――恋は、少しだけびっくりして後ろを振り返った。そこにはジャクリーンが立っている。暗がりに隠れて、表情は読み取れない。


「この人たちが例のクーデター騒ぎの首謀者です。裏でこそこそ扇動してました。自分の手は汚してないけど脳みそは汚物ですね。」


「説明になっていない。」


「え、だって、シアン様のこと傷つけようとしたんですよ?」


「……。そう。殺したの?」


「まだギリギリ生きてますよ?何で?」


「いや、まだ生きているなら都合がいい。新作ポーションの実験台になってもらおう。」


 ポーション?ポーションならシアン様が全部おぼえてるのに。


「新作といっただろう?ゲームになかった組み合わせを手当たり次第に試してみるつもりなんだ。」


「いい考えですね。でも、わたしのこと責めなくていいんですか?ふつうこういうことしてるの見たら怖がったり怒ったりすると思ってました。」


「綺麗ごとだけでやるつもりはないよ。この集団の人員の管理は私がしている。方針が合わなくて逃げ出す人も多いから、三人消えたところで誰も気が付かない。シアンは大事な筆頭パーティの戦力だ。彼女が守られるならそれでいい。」


「それは任せてくださいっ!」


「ちなみに、一つ聞きたいんだが、どうしてその男の顔を削っているのかな。」


 同じ趣味のひと、なかなかいないんだけど。


「骸骨って可愛くないですか?」

[狂獣蔦]

 木々の間に網を張るようにして成長する蔦植物。赤い色をしていて、かつ一部の動物を興奮状態にする香りを放つ。これに狂った獣がこの植物に繰り返しぶつかるという現象が起きるが、何のためにこのような生態をしているのかは不明。


[爆弾クルミ]

 衝撃を加えるとはじけ飛ぶクルミ。魔力を放出する特性から、イチャノ実やパリソタバッテリーと同じように運用できる。量は取れないが、一個一個の内包する魔力は他をしのぐ。

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