掃討作戦
真夜中、お屋敷の2階からロープを伝ってハクアが降りてくる。下で私は待っていた。万が一、手を滑らしたらケガをするのでそれを防ぐためだ。門扉を静かに開けて外に出る。私たちは繁華街に急いだ。ハクアは濃いめのサングラスをかけて頭にスカーフを巻いている。街角に身を潜めた私たちは向かいの通りにある派手なネオン看板のバーを確認する。店の前に黒塗りの車が止まっている。
ハクアに武器を渡す。ドクロマークの細工が施された禍々しい形状のピストルだ。魔界で作られた悪魔にも効果のある特殊な銃である。マシンガンをご所望だったが初手から大量殺戮は危険すぎるしリスキーだ。
「バーから出て車に乗るところを狙います。私がボディガードを押さえますのでその隙にどうぞ」
「わかりました。なんだか敵対する組織に乗り込む鉄砲玉のような気分ですわ」
ハクアは興奮しているのか息が荒く頬が上気している。本当は私がマフィアのボスを殺したいところだが人間に大きな危害を加えた死神はその瞬間に閻魔大王様のところに呼び出されてしまうのだ。なので殺しはハクアの手に委ねるしかない。
バーから恰幅のいいマフィアのボスが出てきた。千鳥足だ。店の前にある黒塗りの車の前に体躯のいいボディガードが1人ついている。ボディガードが1人なのは油断だ。マフィアのボスに手を出せば徹底的な報復が行われる。以前、暗殺未遂が起こった時、実行犯に残忍な拷問を行い相手の組織の組員は1人残らず殺して壊滅させていた。家族も子供を含めて全員殺している。虐殺魔だ。怖くて自分には手が出せないと思い込んでいるのだろうな。
「よし、いきましょう」
「はい!」
私たちは潜んでいた街角から飛び出して突撃する。ハクアは車に乗り込もうとするマフィアのボスに狙いをつけた。ボディガードが射線をふさぐ。私は彼を後ろから羽交締めにして地面に轢き倒す。1秒経過して私はまだ現世にいることに安堵した。大きな賭けだったがこの程度の危害では閻魔大王様の元に強制送還されないようだ。
人間に与える危害で強制送還されるのは相手の生命力に対して40%程度の危害だと踏んでいた。いまのは30%である。
「てめえ、どっから湧きやがった!」
私は答えずボディガードを拘束し続ける。霊体で背後まで近づいてから肉体を形成したのだ。マフィアのボスは尻餅をついて悲鳴をあげている。
「助けてお母ちゃん!」
「お命頂戴します!」
命乞いに耳を貸さずハクアの放った銃弾はマフィアのボスの額を撃ち抜く。見事な腕前だ。幼少の頃から射撃訓練をしていることだけはある。
「やりましたわ♩」
ハクアは銃を掲げてジャンプした。そんなことをしている場合か。
「逃げろ!」
「はい!」
ハクアは身を翻す。ボディガードは私の手を振り解いて立ち上がる。火事場の馬鹿力だ。私が非力なせいでもある。
「死にさらせ!」
こめかみに血管を浮き上がらせたボディガードは引き抜いた銃を連射した。女の子走りで浮かれているハクアの背中に銃弾が迫る。しかし銃弾は一発もあたらない。ハクアの姿は闇の中に消えていった。
「ちきしょう・・・」
ボディガードは私を振り返る。そこに私はいない。チリのように消えていた。その後、私とハクアは約束の場所で落ち合った。武器を回収する。
人気のない広場の電灯の下でハクアは嬉色をあらわにした。
「どうでした?わたくしの腕前?」
「見事です。これであなたの寿命は20年伸びました」
「でも、なんだか罪悪感があるわ。いくら悪人とはいえ命を奪うなんて」
「あいつが生きていればマフィア同士の抗争で多くの人が死んでいましたよ。民間人含めて5000人以上ね。死神手帳を持っている私にはわかるんです」
「それなら殺した甲斐がありましたわ」
「あなたはロンドンの英雄です」
ハクアはベンチに腰かけてフウっと息をつく。
「わたくし20年の寿命で十分ですわ。さっき銃弾が頭のすぐ横をすり抜けて怖かったのです。悪党を撲滅して寿命をもっと増やしたいのですが命を失うリスクは避けねばなりません」
「もう平気ですよ。あの男が死んだ瞬間に私の力であなたに20年の寿命を足しました。さらに絶対に20年後まで死なないように細工しています」
死神の隠された能力『運命の固定』だ。『寿命の付け替え』ともども絶対使ってはいけない禁じ手である。天界に住まう運命の女神の命令があって初めて使用できる。無断で使用すれば大罪で地獄行きは免れない。いままで使われた例は運命の女神でさえ予測できなかった不慮の事故による死で数日早く亡くなった悪人の寿命を善人に付け替えたり、数日後に死ぬ予定の善人を突発的な事件や事故に巻き込まれてもその日までは絶対死なないようにしてあげる程度であり20年単位で使用する例は天界史上初めてであろう。寿命を少し延ばしたり運命の日まで絶対に死なないようにしてあげるのは対象者が恋人とのデートなど大切な約束が控えているケースが多い。
「だからわたくしに敵の銃弾が当たらなかったのですか?」
「そうです」
「それなら悪党壊滅に安心してはげめますわ!」
それから私とハクアは悪党どもを根絶やしにして回った。マシンガン、大鎌、日本刀を駆使して破竹の勢いで殲滅した。半年後、掃討作戦は終了する。
私とハクアは酒場で祝杯をあげた。
「これで悪党壊滅は終わりましたわね。ロンドンの治安も完璧によくなりましたわ」
私はワインを一気に飲み干した。
「あなたの寿命は1000年伸びました。寿命が近づけばまた悪党どもを壊滅させましょう。あなたは私とともに永遠の時間を生きるのです」
「どうしてわたくしに永遠に生きて欲しいのですの?」
「ぼくが貴女を愛しているからです。世界中の誰よりも。貴女とずっと一緒にいたい」
愛の告白だった。人間に恋するなどあり得ないと思っていたが、私にはもう彼女なしの人生は考えられなかった。
「偶然ですわね。わたくしもまったく同じ気持ちですわ」
ハクアは満面の笑みを浮かべる。私たちは2度目の乾杯をかわした。
最初は運命の日が来るまでは人間は何をされても死なないって考えてた。だから「悪人を殺して20年分寿命を奪ってハクアに付け替えれば、何をされても20年後まで生き延びれる」って考えていたけど「あれ?それだと悪人も寿命が尽きる日まで何をされても生き延びれるはずなのにハクアが殺してしまった」ってなり『運命の固定』能力を足して運命の日までは何されても死なないってことにした。鬼滅の刃の編集者さんが作者を「なぜこうなるの?なぜ?なぜ?」って問い詰める人だったらしいけど物語創作は矛盾を消していく作業なんだよなぁ。消せているかどうかわかりません。




