美少女薄命
私の名前は死神クロウ。30才だ。いまは戦後のロンドンの一部区域が私の受け持ちである。仕事は死者の魂をあの世に案内すること。それだけの仕事である。黒革の死神手帳に今後死亡する人物の名前と死因が書かれているので早めに行ってマークしておく。ストーカーのようなもんである。死期が近い人間には悪魔が近づいて契約を迫ることがよくある。寿命を伸ばす代わりに魂をもらう契約だ。悪魔は人間の魂を好んで食べる。食べられた魂は消滅してしまう。魂は神が創った貴重なエネルギーなのでそれを悪魔に奪われるわけにはいかない。時として死神は魂をめぐり悪魔と対決することもある。死神は武器を魔界から召喚できるので個体差はあれけっこう強い。死神の大鎌を持つイメージは悪魔との戦いで大鎌を使用していた死神を霊感の強い人間が見たせいだろう。悪魔から守るためもあるが亡くなった魂を放置しておくと行方不明になって探すのが手間という理由もある。魂は世界中どこへでも飛んでいける。
黒革の死神手帳は自動更新で名前が書かれる。とても便利だ。運命の女神の魔力がかけられているので死の運命が待つ者の名前がわかるのだ。
私は黒いスーツに黒いネクタイ黒いコート黒い手袋黒い山高帽という黒でコーディネートされた非常に死神らしい格好をしている。死神は基本的に死神とわかる格好をしろと冥界の王である閻魔大王様からのお達しである。死者に哀悼の意を示すのはやはり黒が1番ということだろう。休日ははどんな格好をしても許される。私の体は細く背は高く肌は真っ白で童顔で目の下にクマがある。肌の白さは生まれつきでクマの原因は多忙と貧血だ。死神の見本みたいだと上司に褒められ同僚にはうらやましがられる風貌をしている。多忙というのは私は若い頃、ずっと戦場で働いていたのでめちゃくちゃ忙しかったのだ。第一次・第二次世界大戦でのヨーロッパの死者数は5000万人で死神も猫の手を借りたいほど忙しかった。悪魔とも何度も交戦した。私は不眠不休で仕事をしていたので目の下のクマがクセになった。独身なのもそのせいだ。子供の頃以来、もう何年も恋をしていない。童貞である。死神は死神同士で結婚することが多い。悪魔や鬼と結婚する者もいる。人間はない。人間が死神を見るのは死期が近づいた時だけだからである。
死神はこれから死ぬ人間を動揺させないように遠くから見守るだけで接近しないから恋など起こり得ないのである。人間を動揺させたくないのは残り少ない時間を穏やかに過ごしてほしいからだ。死神に気付けば日常が崩れてしまう。
そんな恋など無縁な私がハクアと出会ったのはロンドン市街を妻と歩く老紳士をつけている時だ。自己紹介は終えてここからは回想する。
12月20日。今回の私の仕事は老紳士のお見送りだった。彼はあした死ぬ予定だ。死因は老衰。私は彼の後ろをつけていた。通りを歩く老夫婦の向かいから歩いてきたハクアが私を見つけてたたたと駆け寄ってくる。
「あなたとても顔色が悪いわ!顔が真っ青じゃない!どこかに座って休まれたほうがいいわ!」
私はちょっと面食らっていた。私が見えるということはこの子はもうすぐ死ぬ運命なのだ。まだ若いのに同情してしまう。
「あ、いえ。大丈夫です。お気になさらずに」
「心配ですわ!だってこんな顔色が悪い人見たことないですもの!」
私は手を引っ張られて近くのレストランに連れ込まれた。まずい。私の姿は他の人間には見えないのだ。着席させられた私は手を合わせて「受肉」と唱える。これは霊体を肉体に変える呪文である。魂の器を形成するために自然界のエネルギーを少しだけ借りる。ひさびさの肉体はやっぱり重い。
そんなに顔色が悪いだろうか?そういえば最近、貧血対策に食べている牛のレバーを食べ忘れている。力が入らずやる気がなくフラフラするのもそのせいだったかもしれない。
「さあ、温かいスープをお飲みになって」
「ありがとうございます。いただきます」
「貧血には牛のレバーがいいと聞きますわ。これは牛のレバーのステーキよ。お召し上がりになって」
「かたじけない」
私はありがたくすべて頂いた。ペロリと平らげた。お腹が空いていたようだ。
「ここはわたくしがごちそうします。わたくしはハクア。あなたお名前は?」
「クロウです」
「まあカラスですわね。わたくしカラスは好きよ。魔女の使い魔だもの」
ハクアはケラケラと笑った。私は魔女ではなく閻魔大王の使い魔だ。このあと、少し話をした。ハクアは1人で美味しいと評判のパンを買いに来たそうだ。いいところのお嬢様でいつもは執事と一緒に行動するそうだが、今日は執事が休みなので1人で来たという。
「お父様もお母様も1人で外出しちゃダメっていうから、だまって出てきちゃいました。もう子供じゃないありませんのに」
「ハクアさんはとても可愛らしいですから、悪い虫が寄ってくるかもしれませんし、心配なんですよ」
「悪い虫なんてみんなおっぱらちゃいますわ」
「可愛いは否定されないんですね?」
「わたくし女優になるのが夢なんですもの。トップ女優はきれいで可愛いものでしょ?わたくしはわたくしの美しさと可愛さを誇りに思っております」
彼女は右手で髪をなびかせる。サクラのようないい匂いが香る。
「お礼にパンのお買い物は付き合います。ボディガードです」
「ありがたいですわ!でもあなた細くて弱そうね。何かあったらわたしくしが守るわ。わたくしアクション女優を目指しておりますの。幼い頃から格闘技や射撃、殺陣も練習しております」
「かっこいいなぁ。私も映画は大好きです」
「わたくしたちお友達になりましょ!あなたはとてもいいかたです!」
ハクアは目を輝かせる。こうしてハクアとの付き合いがはじまった。




