制作開始
理科室の空気が、いつもと違っていた。
ホワイトボードには、湊斗が描いたプロット図。机の上には、結菜のラフスケッチ。陽翔の声の録音機材、大翔の資料プリント。科学部が、完全に“制作モード”に突入していた。
「湊斗、セリフ長すぎ。これ、声優泣かせだよ」
陽翔が台本をめくりながら文句を言う。
「科学トリビアを詰め込むには、どうしても説明が必要なんだよ」
湊斗が言い返す。
「たとえば、犯人が使った“冷却トリック”は、液体窒素で証拠を消すって設定。ちゃんと理屈が通ってないと、科学部の名がすたる」
「その理屈を、どうやって視聴者に伝えるかが演出の腕の見せどころ」
陽翔がニヤリと笑う。
「じゃあ、視覚的に見せよう。証拠が消える瞬間をスローモーションで描いて、温度差の演出を入れる」
結菜がタブレットに描いたカットを見せる。
「それ、いい。あと、犯人が残した“謎の数式”はDNAの塩基配列って設定にしよう」
大翔が資料をめくりながら言う。
「A・T・G・Cの並びが、被害者の名前になってるってトリック」
「それ、理科の先生が喜びそう」
陽翔が笑う。
「佐伯先生、上映会来てくれるかな」
結菜がふと呟く。
「来るでしょ。俺たちの“最後の実験”だもん」
湊斗が言った。
「でも、これってさ…部活っていうより、文化祭のノリじゃない?」
陽翔が言う。
「文化祭のノリで、科学を本気で伝える。それが科学部らしさだよ」
結菜が微笑む。
「俺たち、モテないけど、科学ではモテるからな」
湊斗が笑う。
「それ、何回言うの」
結菜がツッコミを入れる。
「何回でも言う。俺たちのアイデンティティだから」
陽翔が胸を張る。
理科室には、笑い声とキーボードの音、ペンの走る音が響いていた。
科学部の最後の春は、わちゃわちゃと、でも確かに進んでいた。




