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契約婚約者は、最強にして最弱の彼女

作者: 文系
掲載日:2025/10/13

「お前が、俺の婚約者になる運命だ」


唐突にそう言われたのは、異世界に召喚されて3分後だった。


「は? 誰があんたの婚約者よ。召喚されたばかりで状況もわかってないんだけど!」


「問題ない。俺もお前のことは何も知らん」


「じゃあ黙ってて!」


…というのが、彼――魔王リュグ=アルノートとの出会いだった。


私は神代かみしろ 瑠璃るり。ごく普通の高校生だったはずなのに、気づいたら魔法の光に包まれてこの世界に転移していた。

目の前の男は、真っ黒な軍服とマントに身を包み、背後には巨大な黒竜を従えている。典型的な“悪役”っぽい。


「はぁ……で、何なのよこの“婚約者契約”って」


「神託だ。お前は“封呪の花嫁”の素質を持っている。俺の魔力暴走を抑え、災厄を制御できる唯一の存在だ」


「要するに、都合のいい抑制装置ってことね」


「……そうなるな」


「……正直でよろしい」


面白くない。すごく面白くない。

けれど彼の背後では空が裂け、天から光の矢が降り注ぎ、炎の大地を焼いている。何あれ、戦争中?


「このまま戦えば、世界が滅ぶ」


「それで私が婚約すれば、どうなるの?」


「俺の力が安定し、争いも止まる。契約さえ交わせば、敵も手出しはできない」


「……はあ」


溜息を吐いてから、私は一歩、彼に近づいた。


「とりあえず、“ご飯はちゃんと食べて、ちゃんと寝て、怒鳴る前に深呼吸する”って条件つけてもいい?」


「…そんな条件でいいのか?」


「だってさ、婚約ってそういうことでしょ? お互いの面倒見るってことなんだから」


リュグが驚いた顔をする。たぶん、誰にもそんなふうに言われたことないんだろう。


「……妙な女だな、お前は」


「知ってる。よく言われる」


彼はゆっくりと手を差し出した。私はその手を、恐る恐る握った。


「契約成立だ。神よ、証を示せ」


私たちの手の甲に、赤い紋章が浮かび上がる。

その瞬間――


世界が静まった。


黒い竜は地に伏し、空からの光は消え、燃える大地は冷えていった。


「……すご。私、なんかした?」


「お前は“俺の世界”を救った」


その言葉はちょっとだけ、ズルいと思った。


それからというもの、私は“魔王の婚約者”として暮らすことになった。

が、魔王城の暮らしは――思ってたより、地味だった。


「なんで私が洗濯係やってんのよ!」


「家事スキルが高いからだろう。俺は包丁を握ったら刃が溶ける」


「どんな魔力よ!?」


「食器は任せろ」


「いや、それ割れるって!」


「……無念」


そして、無駄にかっこいい顔で皿を割らないで。


幹部たちも個性が濃すぎる。


「婚約者様~、この闇鍋、毒入りかもしれませんがご賞味を♡」


「しれっと毒入れるな!」


だがそんなドタバタな日常の裏で、戦争の火種はまだ燻っていた。


ある日、聖王国の軍勢が魔王城を包囲した。

指揮していたのは“聖女クラリス”――リュグのかつての許婚らしい。


「魔王よ、その娘を差し出せば、我らは退く」


「彼女は……俺の婚約者だ。誰にも渡さん」


「そう。ならば、その命、我が神の名において奪う!」


軍勢が動き出す。光の矢、神聖魔法、雷の槍――


けれど、私は前に出た。


「やめなさい!!」


私が叫ぶと、胸の紋章が光を放ち、世界が一瞬止まった。

契約の力が、空間を凍りつかせたのだ。


「私はただの高校生だけどね! こっちの世界じゃ魔王の婚約者だし、あんたらよりちょっとだけ立場上かもね!」


「ふざけた娘が……!」


「うるさい! 私の彼氏に手ぇ出したら、ぶっ飛ばすわよ!」


後ろで、リュグが咳き込んだ。


「瑠璃、お前……今、“彼氏”って……」


「今はそこツッコむとこじゃないでしょ!」


「……なるほど。最高の婚約者だ」


そして、彼は私の隣に立った。

二人で魔法陣を展開する。私の感情と彼の魔力が重なり、空に巨大な光輪が現れた。


「行くぞ、瑠璃!」


「もちろん!」


放たれたのは、魔と聖を融合した“調和の魔法”。

それは聖王国の軍勢を傷つけることなく、武器だけを消し去り、彼らの戦意を奪った。


「これが……魔王と、その婚約者の力……!」


クラリスは跪き、静かに頭を垂れた。


「負けました。彼女こそ……世界を変える真の婚約者です」


戦いが終わり、夜が明ける。

星空の下、リュグがぽつりと呟いた。


「最初は、ただの“封呪の器”だと思っていた」


「知ってる。最初の目が完全にそれだったし」


「でも今は違う。お前は、俺の“命”だ。だから――」


彼は私の手を取り、静かに微笑んだ。


「この戦いが終わったら、本当の意味で……俺と結婚してくれ」


その言葉は、戦場の中で聞いたどんな魔法よりも、私の胸を貫いた。


「バカね。そういうの、先に言いなさいよ」


私は彼の胸に飛び込み、そっと囁いた。


「はい。喜んで」

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