契約婚約者は、最強にして最弱の彼女
「お前が、俺の婚約者になる運命だ」
唐突にそう言われたのは、異世界に召喚されて3分後だった。
「は? 誰があんたの婚約者よ。召喚されたばかりで状況もわかってないんだけど!」
「問題ない。俺もお前のことは何も知らん」
「じゃあ黙ってて!」
…というのが、彼――魔王リュグ=アルノートとの出会いだった。
私は神代 瑠璃。ごく普通の高校生だったはずなのに、気づいたら魔法の光に包まれてこの世界に転移していた。
目の前の男は、真っ黒な軍服とマントに身を包み、背後には巨大な黒竜を従えている。典型的な“悪役”っぽい。
「はぁ……で、何なのよこの“婚約者契約”って」
「神託だ。お前は“封呪の花嫁”の素質を持っている。俺の魔力暴走を抑え、災厄を制御できる唯一の存在だ」
「要するに、都合のいい抑制装置ってことね」
「……そうなるな」
「……正直でよろしい」
面白くない。すごく面白くない。
けれど彼の背後では空が裂け、天から光の矢が降り注ぎ、炎の大地を焼いている。何あれ、戦争中?
「このまま戦えば、世界が滅ぶ」
「それで私が婚約すれば、どうなるの?」
「俺の力が安定し、争いも止まる。契約さえ交わせば、敵も手出しはできない」
「……はあ」
溜息を吐いてから、私は一歩、彼に近づいた。
「とりあえず、“ご飯はちゃんと食べて、ちゃんと寝て、怒鳴る前に深呼吸する”って条件つけてもいい?」
「…そんな条件でいいのか?」
「だってさ、婚約ってそういうことでしょ? お互いの面倒見るってことなんだから」
リュグが驚いた顔をする。たぶん、誰にもそんなふうに言われたことないんだろう。
「……妙な女だな、お前は」
「知ってる。よく言われる」
彼はゆっくりと手を差し出した。私はその手を、恐る恐る握った。
「契約成立だ。神よ、証を示せ」
私たちの手の甲に、赤い紋章が浮かび上がる。
その瞬間――
世界が静まった。
黒い竜は地に伏し、空からの光は消え、燃える大地は冷えていった。
「……すご。私、なんかした?」
「お前は“俺の世界”を救った」
その言葉はちょっとだけ、ズルいと思った。
それからというもの、私は“魔王の婚約者”として暮らすことになった。
が、魔王城の暮らしは――思ってたより、地味だった。
「なんで私が洗濯係やってんのよ!」
「家事スキルが高いからだろう。俺は包丁を握ったら刃が溶ける」
「どんな魔力よ!?」
「食器は任せろ」
「いや、それ割れるって!」
「……無念」
そして、無駄にかっこいい顔で皿を割らないで。
幹部たちも個性が濃すぎる。
「婚約者様~、この闇鍋、毒入りかもしれませんがご賞味を♡」
「しれっと毒入れるな!」
だがそんなドタバタな日常の裏で、戦争の火種はまだ燻っていた。
ある日、聖王国の軍勢が魔王城を包囲した。
指揮していたのは“聖女クラリス”――リュグのかつての許婚らしい。
「魔王よ、その娘を差し出せば、我らは退く」
「彼女は……俺の婚約者だ。誰にも渡さん」
「そう。ならば、その命、我が神の名において奪う!」
軍勢が動き出す。光の矢、神聖魔法、雷の槍――
けれど、私は前に出た。
「やめなさい!!」
私が叫ぶと、胸の紋章が光を放ち、世界が一瞬止まった。
契約の力が、空間を凍りつかせたのだ。
「私はただの高校生だけどね! こっちの世界じゃ魔王の婚約者だし、あんたらよりちょっとだけ立場上かもね!」
「ふざけた娘が……!」
「うるさい! 私の彼氏に手ぇ出したら、ぶっ飛ばすわよ!」
後ろで、リュグが咳き込んだ。
「瑠璃、お前……今、“彼氏”って……」
「今はそこツッコむとこじゃないでしょ!」
「……なるほど。最高の婚約者だ」
そして、彼は私の隣に立った。
二人で魔法陣を展開する。私の感情と彼の魔力が重なり、空に巨大な光輪が現れた。
「行くぞ、瑠璃!」
「もちろん!」
放たれたのは、魔と聖を融合した“調和の魔法”。
それは聖王国の軍勢を傷つけることなく、武器だけを消し去り、彼らの戦意を奪った。
「これが……魔王と、その婚約者の力……!」
クラリスは跪き、静かに頭を垂れた。
「負けました。彼女こそ……世界を変える真の婚約者です」
戦いが終わり、夜が明ける。
星空の下、リュグがぽつりと呟いた。
「最初は、ただの“封呪の器”だと思っていた」
「知ってる。最初の目が完全にそれだったし」
「でも今は違う。お前は、俺の“命”だ。だから――」
彼は私の手を取り、静かに微笑んだ。
「この戦いが終わったら、本当の意味で……俺と結婚してくれ」
その言葉は、戦場の中で聞いたどんな魔法よりも、私の胸を貫いた。
「バカね。そういうの、先に言いなさいよ」
私は彼の胸に飛び込み、そっと囁いた。
「はい。喜んで」




