(8)
日曜日、気持ちの良い快晴だった。
衣類とシーツを洗濯、布団を干して、部屋に掃除機をかける。
2DKなのでそれほど時間はかからない。
それからお風呂洗い。
泡立つスポンジを握る手をふと見ると、荒れてあかぎれのひびだらけだ。
家事をするくせに、手入れを怠っているから。
女を捨ててるなぁと苦笑する。
インターホンが鳴って玄関扉が開く音が聞こえた。
「ち~~ちゃん♪ ケーキ作ってきたの。一緒に食べよ~」
由佳だ。
ちょうどお茶をしたいと思っていたところなので嬉しい。
「いらっしゃい。お風呂洗ったらすぐ行くから、コタツ入ってて。スイッチ入れてねー」
シャワーで風呂釜を洗い流すと、念入りに手に保湿クリームを塗りつけた。
アッサム紅茶で淹れたミルクティーを飲んで、由佳がふっと息をつく。
「ちーちゃんの淹れるミルクティーはいつも美味しいね」
「やめてよ。誰が淹れても一緒よ」
ほんとよぅ、と目を細めて彼女が微笑んだ。
簡素な部屋も心なしか華やかに感じる。
お腹に浸透するミルクティーのぬくもりのように、彼女が一緒に居ると心が休まる。
我がイトコながら、不思議な子だといつも思う。
ブルーベリーとサワークリームがたっぷり乗ったチーズケーキ。
「…うまぁ……」
チーズケーキと、甘酸っぱいブルーベリー、ほのかな酸味のサワークリームとの組み合わせが絶妙だ。
「美味しいね! こりゃプロ級だよ。叔父さんの店で出せるんじゃない?」
「まさか~。まだまだよぉ」
私の伯父にあたる由佳のお父さんは、飲食店を何店か経営されている。
製菓の専門学校を出て、そこでパティシエとして働くのが由佳の夢だ。
「貴史さんは? まさかまだ寝てるなんてことは…」
「お兄ちゃんは、掃除の邪魔だから叩き起こしてやった! ついでに買い物を命じて追い出した!」
「もう、相変わらず暴君なんだから。ふふっ」
「沢木君とはどんな感じ?」
気になっていたことを聞いてみる。
困ったような表情が返ってきた。
「うーん。沢木君とはあれから何にもないよ~。あの人はよく分からない人だよね」
よく分からない人。
私もそうだ。
先日、沢木君について、彼と親しい美穂に聞いてみた。
『そうだよね、うん、ごめんな。由佳のこと心配してるんだよね』
美穂はさも私の考えてることが解る、と言いたげだ。
『あいつは…悪い奴じゃない。確かに遊んでる。でも遊びと本気の区別はちゃんとする奴だよ。ドSで人を食った態度だから、誤解されがちだけどね』
うーん…。
確かに遊んでて、ドSで人を食った態度。
それに、遊びと本気の区別って?
セフレと彼女ってこと?
美穂は信頼してる。
でも悪い奴じゃない、とはとても思えない。
私的にはどんな鬼畜な遊び人なんだ、って感じなんですが?!
「風見君とはね、昨日出かけて来たよ~」
「………」
不意打ちに、言葉が詰まってしまった。
胸の内の色んな感情をぐっと飲み込む。
「そっかぁ」と精一杯の笑顔で言う。
ふぅ、言えた。
ちょっと顔はひきつってたけどきっと大丈夫。
「これ、おみあげ~。受験頑張ってね」
学業のお守りだった。
二人で神社に行ったのか。
何だかとても、二人らしいなぁと思った。