(7)
「ちーちゃん、ただいまー! お友達が来てるの?」
馬鹿兄が帰ってきたようだ。
風見君を連れてキッチンに行くと、馬鹿兄がシャツとトランクスの姿で居た。
「同級生の風見といいます。お邪魔してます」
「まさか、ちーちゃんが男を連れてくるとは…お兄ちゃんショック…」
「もももう、何て格好してるの! 恥ずかしいし、風邪引くわよ! ちゃんとしてよぅ」
今日はすき焼きにしたのでした。
同じ鍋をつつく私と風見君…間接キッス! いや間接間接間接キッスくらい?
我ながら発想が超キモイが、あぁ…幸せ。
馬鹿兄も一緒なんだけどな。
馬鹿兄のグラスにビールを注ぎながら、念のため言っておく。
「変な誤解しないであげてね、お兄ちゃん。風見君は由佳が好きなんだよ。私とはただの友達だから」
「ほほー?」
というか、由佳に告白までしてるし。
「ちょっと深山さん!」
「誤解されたらいけないから、ちゃんと言っておかないと」
「由佳ちゃんに惚れるのは男として分かるぞ! 小動物みたいに可愛くて、何かこう…男心をくすぐるよな。守ってあげなきゃって気持ちをかきたてるというか」
「このロリコン…由佳にそっくりチクっておくね」
「やめれーッ」
向かいを見ると、そうそう、そうなんだよね…と何度もうなずく風見君。こいつらめぇ…。
「ちーちゃんはどうだ? 性格はねじ曲がってるが、家事全般そつなくこなす良いお嫁さんになるぞー」
「はぁ…」
「ちょっと風見君、あらかさまに嫌な顔しないでくれる?!」
「つ、つい…」
「君に肉はやらん! 肉禁止!! ちーちゃん見張っとけ」
「了解!」
「いいですよ、野菜好きですから」
「じゃあ野菜禁止だ!」
「なら肉を頂きます」
「うぬぬ…」
く、敵は手強し……。
「じゃあまた明日。ごちそうさまでした」
「また。気をつけて帰ってね」
リズムよく揺れる自転車が、冬の闇に遠ざかっていく。
アパートに戻ると、兄は上機嫌にまだビールを飲んでいた。
「いい奴じゃん。こういうのも、賑やかでいいもんだな」
「うん」
「お兄ちゃんがお嫁さんを貰えば、いつも賑やかになるのになぁ」
「げはっ…それを言うなよう、ふぅ」
むせ返る兄の背中をさすってやる。
「次はいつ来るんだ?風見君」
「明日。受験終わるまで平日は毎日来てくれるって」
「毎日?! 何でそこまでしてくれんの?」
「いい奴過ぎるのよ。私も申し訳ないから毎日じゃなくていいって言ったんだけどね。受験まであとひと月しかないし、協力するからには全力でやりたいらしくて、毎日来るって聞かないの」
「うーん…。何か下心があるとか? 男は狼なんだぞ。一応気をつけろよぉ、ちーちゃん」
「風見君に限ってそれは無い無い!」
何を言ってるんだ、馬鹿兄。
だから風見君は由佳が好きなんだよ。何も起こらないっつうの。
1週間経っても、もちろん何も起こらない。
でも、ひとつ変化があった。
「ちーちゃん、ごちそうさま。またね」
「またー……ん? ─────ッ!! ちょっと風見君! ちーちゃんて!!」
「別にいいじゃんか。河村さんやお兄さんと一緒」
少し恥ずかしそうな笑顔を残して風見君は帰って行く。
そう、私への呼び名が変わっただけ。
ただそれだけなんだけど…、こ…こそばゆい………。