(4)
カラオケボックスから外に出ると、綿みたいな小雪が舞っていた。
「さぶぅ…」
「これやるよ」
風見君がポケットからカイロを出して、私の手に持たせてくれた。
あったかい。
風見君は自転車通学らしく、自転車を私の前に乗り付けてきて、後ろに乗るよう促される。
「暗いし送るよ。来週から勉強教えに行くから家知っとかなきゃだし」
「まだ7時だし大丈夫だよ、ここから近いし。家は学校で地図渡すよ」
「遠慮すんな、ほら乗って」
2人乗りなんて恥ずかしすぎて無理ぃ!
結局、風見君が自転車を押して家まで送ってくれることになった。
時間が余計かかって申し訳ない気がする。
でも、2人乗りは流石に刺激が強すぎて無理なんだ…すまぬぅ、風見君。
隣を見上げると、ふわふわ舞い降りる雪の向こうに、白い息を吐く端正な横顔が見える。
非日常的な光景にくらくらする。
本来横に居るべきなのは、私じゃないのになぁ。
でも、今は仮初めの夢心地に身を委ねよう。
「あ、そだ、携帯番号とメルアド交換しとかね?」
「うん」
実は何度も聞こうと思ったものの、結局聞けずじまいなのだった。
「深山さんは、好きな人はいないの?」
「……いるよ」
突然何を言い出すんだ、こやつは。
「知ってる奴なら協力するけど? 」
「いいよ」
知ってるも何もあなたです!
「俺には駄目元で頑張れって言ったじゃん」
「うん…、そだね。でも私はいいよ」
笑って誤魔化すしかなかった。
途中、由佳の家の前を通った。
大きな洋風の一軒家。
電気が煌々(こうこう)として、家族の団らんの気配がする。
あぁ、ここにはすべてが揃っているなぁ、と思う。
だから愛されるべくして愛される、風見君が由佳を好きになるのも、正しいことのように思える。
私の住んでるアパートに着く。
部屋には誰もいない。真っ暗だ。
まぁ、馬鹿兄がもうすぐ帰ってくるんだけど。
「私、ここの2階の向こうの端に住んでるの」
「ここか。じゃあまた。勉強頑張れな」
「送ってくれてありがと、またね」
その夜、風見君が知ったらドン引きするだろうなと自嘲しつつカイロを抱いて眠った。
あったかい。
彼の優しさのぬくもり。
効果時間は切れかかってたけれど、私には例えようもなく、あたたかく感じた。