(24)
大阪行きの新幹線に乗っている。
隣の座席には風見君が座っていて、片膝をついて眠っているようだ。
店に突然風見君がやってきて私も驚いたが、同じように由佳や美穂も驚いてちょっとした騒ぎになった。
そりゃそうだろう、大きな荷物を抱えて大阪に行くぞ、と現われたのだから。
私の兄に頼まれ、兄がまとめた私の荷物を持ってきたらしい。
おびただしい私の携帯電話の着信は、兄と風見君からのものだった。
何故兄は風見君に頼んだのだろう。母方でなく父方の親戚にあたるが普通はイトコの由佳に頼むだろに…。
私の疑問をよそに、風見君は今から私が手術前の母に会いに大阪に行くことを二人に説明している。
納得したらしい由佳が、ニッコリといつもの柔らかい笑顔を向けた。
「分かったわぁ。風見君、ちーちゃんをよろしくね!」
「ああ、任せてくれ」
そんな…本人を目の前にして勝手に任せられても。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 行くにしたって一人で行けるわ。風見君は来なくていいでしょ」
「意地っ張りのちーちゃんを放っておいたら、何年経っても行かないよ」
そうねぇ、筋金入りよね、と由佳が苦笑しながらうなずいた。
「俺は病院までは必ず連れていく。お兄さんと約束したからさ。向こうでどうするかは自分で決めればいい」
そう言うと、この店自慢の自家製パンをまだ食べきっていない私の腕を掴み、なかば引きずるように駅へと歩き出した。
このお人よし…。
隣の座席で目をつむる風見君の横顔をキッとにらむ。
私は風見君の優しさが、何だか憎らしくなってきていた。
風邪のとき朝まで一緒にいたり、しかもそれが同じ布団の中だったり、風見君の優しさは度が過ぎている。
私は風見君が好きなのだ。そんなことをされたらもっと気持ちが大きくなってしまう。
もう一週間もしないうちに卒業式なのに、つらいだけじゃないか。
このお節介男め。むー!と口をへの字にしてまたにらみ込んだ。
途端、急に目を開けた風見君と目が合った。怪訝な顔でこちらを覗き込んでくる。
「何?」
「別に…」きまりが悪くて通路の方を見やった。
「すごい顔だった。鬼がいたよ、鬼が」
なんだって、とまた風見君をにらむ。
「そう、その顔」
さもおかしそうに肩を揺らして笑う。
「ちーちゃんの気持ち考えずに無理に連れてきて悪いとは思うけど、万が一ってこともあるし、会っておくべきだと思うよ」
私の表情の意味を誤解したようで、諭すように説得するように語りかけてくる。
うながされるまま新幹線に乗ったけれど、私はまだ会うかどうか決めきれない。
そもそも母にとって私は"迷惑"な存在だった。
手術前ならなおさら会わない方がいいんじゃないか、と思ってしまう。
「親だからさ、そんなに深く考えなくていいと思うよ」
「…うん」
「もちろん、どうにもならないことも多いけどさ。俺もそうだし。いいじゃん、親なんだから。会うくらい遠慮すること無いさ」
親ってそういうものだったのかもしれない。小さい頃を思い出すような不思議な感覚がよぎった。
それから風見君はまた肘をついて眠りにつく。私は端正な横顔ごしに、窓の外の景色をずっと見ていた。
新大阪で新幹線を降りて、電車とバスを乗り継いで。
坂を登った先に、母が入院している緑に囲まれたレンガ調の壁の大きな大学病院があった。
ここまで来ればもう会うしかない。兄もそのつもりでここまで連れてこさせたのだろう。
覚悟を決める。一階の広い待合室で風見君に待ってもらうことにした。
「行ってくるね」
「ほい。行ってきな」
背を向けた矢先、パシッと後ろから私のお尻がはたかれる。
「こ、こらぁ! 風見君のスケべ!」
「ほらほら。行った行った」
笑顔で見送る風見君に一度深くうなずき、母のいる病室に向かった。