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由佳の風邪が治まると、今度は私が風邪を引いてしまった。由佳の風邪が移ったのかもしれない。むせるように咳をすると、ひどく喉が痛んだ。

今日は日曜だし兄が側にいてくれれば心強いけれど、運が悪く今日から数日間出張らしい。

兄が出張なんて初めてだし、そもそも日曜出勤も初めてだ。少し疑問に思ったけれど、そういうこともあるのだろう。


部屋に兄が入って来て、サンドイッチとパックの牛乳、風邪薬を、ベッド横に移動させた回転イスの上に置いてくれる。

「すまん、卒業式までには帰ってくるからな。冷蔵庫にいっぱい食糧入れといたから、ちゃんと食べるんだぞ。インフルエンザや肺炎だったらいけないし、月曜日になったら医者に診て貰うこと。分かった?」

布団から半分出した頭で、こくんと頷く。


兄がキャリーバックを持ってアパートを出た後、体を起こし無理やりサンドイッチを口に頬り込む。一切れ食べて薬を牛乳でお腹に押し流す。

「ふぅ…」

再びベッドに横になり静かな天井を見上げた。

「セフレかぁ………」

沢木君に何人もいれば、信じられないことに由佳にもいるという。

セフレを作るのは、何か満たされないものがあるからだろうか。体…心もかもしれない。

私が風見君に対してそういう欲求があるのは否定できないけれど、それが叶わないからといってセフレを作ることには繋がらない。

難しい…。私には分からないや。


寝がえりをうつと、テレビの横に置いてあるカイロが目に入った。以前、風見君に貰ったカイロだ。

大学合格を伝える為に一週間ほど前に電話したのに、もう何週間も話していない感じがする。

もう一週間経てば卒業式。その時にはこっちに戻って来て会えるかもしれない。

卒業後はきっと疎遠になって行くんだと思う。それでいいと思うけれど、風見君も言ってたように甘えたいときには私のところに来て欲しい。片思いなんだから家庭教師の思い出だけで満足すべきなのに、少し仲良くなってたことで我がままが漏れ出てしまう。駄目だなぁ。


ため息のあと、咳で背中を揺らしていると携帯が鳴った。

『やぁ。ちょっと相談があるんだ。』

沢木君からのメール。きっと由佳とのことだろう。

風邪で寝込んでるから無理だと返信すると、見舞いを兼ねてここに来るという。

断りたいところだけれど、由佳との仲のこともあるので渋々了解してここの場所を伝えた。


30分後、沢木君が色んな果物の入った大きなバスケットを抱えて来た。

由佳は花で私は果物。花より団子か。私らしくて何だかおかしい。


「酷い風邪だね。布団に入ってるといいよ」

沢木君が長身の体を窮屈そうに折りたたんでコタツに入っている。

6畳の古いアパートの部屋で、見目麗しい青年がコタツに入って座ってニコニコしているのは、何とも違和感のある光景だ。

「げほっげほっ、いいもの貰ったのにお茶も出さないでごめんね」

マスク越しに風邪で変化した声で謝る。

「いいよいいよ、将来のご親戚さんなんだし気兼ねなくー」

いつもの調子の沢木君に、顔がほころんだ。


「明日会って話すよ」

突然そう切り出せれた。由佳と会うんだろう。

「うまくいくといいね」

「応援してくれるんだ? 意外だなあ」

自分でも不思議に思う。ただ直感で悪い人じゃないと感じるからだけれど。


「こないだのメール、わざと見せたんだよねえ」

長いまつげの下の、大きなブラウンの瞳をまっすぐこちらに向けて話し出した。

「かなり遊んでたんだよね、僕。一晩の女の子もいれば、お互い楽しむ為にセフレ関係の女の子もいてさ。それが生きる目的みたいな生活してた。ケジメつけるいい機会だし、付き合う前に知って貰わないとフェアじゃないと思ったから。何かの拍子でバレる可能性もあるだろうしね。で、ちゃんと誠意を持ってお別れしましたとも。親父に頭下げて金出して貰ったさ」

「お金…」

「お姉さま方に遊んで貰ってたワケで、気持ちは通い合わない仲だよ。それならお金で解決するのが一番」

うーん。そういうものなんだろか。

「いくら使ったと思う? 合計一千万だよ、一千万。もうね、当分親父に頭が上がらないよ」

「い………いっせんまん……げほげほっ」

数が多いのか、一人への額が大きいのか。とにかく信じられない合計金額に変わりは無い。


「これで清廉潔白、品行方正、青天白日! もう俺がふられる理由がないってわけ」

「そうかしら」

「いくともさ。何たって僕だからねー」

沢木君の表情が少し曇る。

「ウソ。正直、自信無くなって来たんだよね」

「……どして?」

「どうしてだろう」

表情がまた変わり…冷たさや苛立たしさ垣間見えるような不思議な表情になった。

由佳のお見舞いに来てくれた際に、会うのを断った時の表情だ。あの時見たのは間違いなかったんだ。


玄関のベルが鳴って、パッとまたにこやかな沢木君に戻る。

「お、援軍が来た」

きっと由佳を呼んでくれたんだ。病み上がりで申し訳ないものの素直に嬉しい。


「由佳ちゃんじゃないよ。か、ざ、み、く、ん♪ フフフフ」

「へ? 風見君は長野にいるんじゃ?」

「んー? それは知らない。電話したらすぐ行くって言ってたよ。こんなに早いとはね、話す時間無いや」

風見君、こっちに戻って来てたのか。いや、それどころか今玄関先にいるんだ。あわわわわ…

「聞いたよ。由佳ちゃんとお近づきになる手伝いをする換わりに、家庭教師してもらってたんだって? で、夜は一緒に夕食食べて餌付け? やるねぇ。策士だねぇ。ああいう生真面目にはそうやって近づくのが一番ですなあ?」

…うぅ…風見君余計なことを。


「さて、風見と入れ替わるとしますか。ひとつアドバイス! 落とす時は目を潤ませて『寒いの…温めて』こうだね!」

「そっ、そんなことより相談はもういいの?」

「不安は自分で見つめ直してみるよ」

相談ってそのことだったんだ。

この世の中の事象がおかしくてたまらなそうな人にも不安が存在するのは、私には思いもよらないことだった。

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