(19)
「由佳!どうしたの!? 大丈夫??」
早足で由佳の部屋に駆け込んだ。
ベッドにいる由佳と丸椅子に座る笑顔の長身が見える。
一見、さっきと変わらない様子だけど何があったんだろう。
「何でもないの、心配させてごめんね」
「本当に?」
由佳が、うんと頷く。
「いやぁ、まずいメール見られちゃって。ハハハ」
沢木君がこちらに携帯を差し出してきた。
近寄って受け取ると、今さっき来たメールがあるようでタイトルは"会いたい"とある。
メールの内容は…
「『久しぶりにしたいからホテルで会わない?』って……これは……」
「セフレでしょ」
由佳が吐き捨てるように言った。
セフレ。馴染みの無い言葉だけど意味は知っている。
沢木君が否定しないのでそうなんだろう。
申し訳なさそうにしつつも笑みは絶やさない沢木君。
こんな状況でもニコニコ笑える沢木君を、軽蔑しつつも関心してしまう。
そもそも由佳にこんなメールを見せなければいいのに…。
あっけらかんと自分をさらけ出せる沢木君のなせる技なんだろうか。
「今年に入ってからはどのセフレとも会ってないよ。君がいれば会う気は無いんだ」
「"どのセフレとも"か。複数いるのねぇ」
「ハハ、由佳ちゃん鋭いねえ」
部屋に呑気な笑い声が漏れる。
「笑ってる場合じゃないでしょ、沢木君! セフレは切るべきよ。でないと由佳と付き合うなんて許さない」
「解ってる」
うんうん、とうなずくジェスチャーをしてみせる。
それから由佳の艶やかな前髪を優しく撫で立ち上がった。
「ふぅ、君の言う通り会わずに帰っておくべきだったね。バチが当たったなあ。…じゃあ帰るよ、由佳ちゃんお大事に。イトコさん、由佳ちゃん頼むね」
ひらりと立ち上がり、状況にそぐわない満面の笑みを残して長身の美男子は帰って行った。
しばらくは由佳も私も何も言わず、沈黙のまま部屋に視線を泳がせていた。
ふと応接間に置いたままの沢木君からの花を思い出す。
一階から運び、由佳の寝ているベッド横にあるサイドテーブルの上に置いた。
白を基調とした部屋に、コーラルピンクの薔薇が映えてとても美しい。
「花、綺麗だね」
「…うん」
「セフレは絶対良くないと思うけど………私、沢木君は悪い人じゃないと思う。自分にも他人にも正直で、あの人の言葉には嘘は無い気がするの」
「…そうね」
それからまたしばらく沈黙が続く。
これからの二人の仲がどうなるかは分からないけれど、由佳の幸せに繋がりますように。
心の中でそっと願う。
由佳が静かに目を閉じた。
眠りそうだと思いそっと部屋を後にしようとした時、無理やり絞り出すような声が聞こえた。
「…私…ね、ちーちゃんが思ってるような子じゃないの…」
「ん? 急にどうしたの」
「私もね…、セフレみたいな人がいるの」
「へっ…? 何を言い出すの。熱にうかされてるのね」
「ほんとなの。ごめんね、ちーちゃんが思ってるような清純で可愛い女の子じゃ無くて」
予想だにしていなかったことに頭が混乱する。
可愛らしい由佳が…ありえない。
私にとっては由佳は漫画のヒロインのような存在で。セフレなんてそんな。
…でも由佳の潤んだ大きな瞳が、本当だと語っている。
そんな中、ひとつの不安が浮かんだ。
「まさか…風見君?」
返って来た否定の言葉に肩をなでおろす。
「風見君はね、元彼に雰囲気が似てたから気になっちゃってたの。でもそんな気持ちじゃ当たり前よね、結局向こうから断られちゃった。自業自得よぉ」
「元彼に…そうだったの…」
「私って最低だわ。沢木君を攻める権利なんて全く無かったのに…。私もセフレとお別れする。で、今度会ったら全部沢木君にも言うわ。セフレのことも私の気持ちも全部」
「由佳……」
「聞いて私への気持ちが冷めた時に、もうセフレ全員と別れてたらちょっとかわいそうねぇ」
熱で赤くなった頬を揺らして、弱弱しくけたけた笑った。