(18)
「卵粥作って来たよ」
「食べたく無い……」
白の家具で統一された可愛らしい部屋に、風邪をこじらせた由佳がふせっていた。
昨日今日と、昼間は由佳のご両親が仕事で側に居られないので、私が代わりに世話に来ている。
「こらこら。食べて体力つけないと熱下がらないよ。無理にでも食べてね」
「うん…」
「食べさせてあげるから、あーんして」
小さい口にほどよく冷ました粥を運ぶ。
昨日は熱にうなされて何も食べられなかったけれど、今日は体調が回復して、食欲が少しわいてきたみたいだ。
「ふふ」
「何笑ってるの?」
「ひな鳥に餌をあげてる気分だなって」
「もぅ。私はピーピー鳴いて無いわよ~」
二人で笑い合っていると、インターホンが鳴った。
「出てくる、ゆっくり食べててね」
「ありがとぉ」
リビングのモニターを見ると、例の楽しげで仕方ない男の笑顔が映っている。
由佳のお見舞いに来たのだろう。
「沢木君、こんにちは」
「やぁ、イトコさん」
「すごい花束…」
鋳物の門扉の向こうで、沢木君は大きな花束を抱えていた。
20本はありそうなコーラルピンクのバラに、かすみ草が添えられている。可愛らしくて由佳にぴったりだ。
応接間に通すと、念のため由佳に部屋に上げていいか確認を取りに行く。
「由佳、沢木君がお見舞いに来てくれたよ。こーーーんな大きな花束抱えてるの! 通していいよね?」
「帰って貰って」
「え。でも…」
「会いたくないから。髪ぼさぼさだしパジャマだし…」
そういうことか。女の子だったらやっぱり自分が綺麗な時に会いたいものだ。
気になる異性には特に。
由佳も沢木君のことはまんざらじゃないのかな…?
「ごめん、今は会いたく無いって。熱もまだ下がって無いし、また風邪が治ったころに来てあげてくれる?」
沢木君の笑みが消えた。いや、一瞬消えた気がした。
刺すような鋭い表情が一瞬あったように見えたけれど…今はいつもの笑みが保たれていて私の見間違いかもしれない。
私が小さな疑問を浮かべていると、沢木君が大接間を出て行こうとする。
「悪いね、僕は会いたいんだ」
「ちょ、ちょっと待って、沢木君!」
私の制止を無視して、沢木君が階段を上り由佳の部屋に入っていく。
「こんにちは、お姫様。お加減はいかがですか?」
まるで中世のナイトのように一礼をして、私がさっきまで座っていたベッド横の丸椅子に腰かけた。
「帰って、って伝えたでしょ」
「君の顔が見たくてね。ここ何日か会ってくれなくて、もー限界」
「帰ってよぉ」
「熱で赤らんだ顔も可愛いよ」
「………」
沢木君の上半身がゆっくり前かがみになり…顔が由佳に近づいていく。
これじゃ顔と顔がぶつかっちゃう………。
あぁ…これはキスしようとしてるんだ!!
さらに顔が赤くなった由佳が、そっと目をとじる。
見ちゃいけないと分かりつつも、身体が固まって動かなかった。
もう少しで触れ合うというところで、沢木君が体を起こし振り向いた。
「イトコさん、申し訳ない。花を花瓶に活けてきてくれるかな?」
「あっ、う、うん。行ってくるね!」
応接間のローテーブルに花を活けた花瓶を置く。
さっきの続きをしてるだろうから、今はとても持っていけない。
ソファ―に腰をおろして前かがみに頬杖をついた。
はぁ…。何て光景を見てしまったんだ。
あまりの急な出来事に現実味がわかない。ドラマのワンシーンのように思えてなおさらだ。
由佳と沢木君か………風見君は悲しまないかな…。
一週間前の電話であぁ言っていたけれど、好きな気持ちが急に全部消えたりするだろうか。
私だったら絶対無理だ。
「帰って!」
由佳の大声が聞こえた。