(17)
風見君の携帯に電話するのは初めてで、ちょっと緊張する。
一週間ぶりに声が聞けるのは嬉しい。
『こんばんは。試験どうだった?』
「受かったよ。 風見君のおかげだよ。本当にありがとうね」
『あー…良かった! おめでと。俺はちょっと手伝っただけさ。落ちてどう慰めようかずっと考えててさ、受かってて安心したよ』
「ばか」
『ハハ、ごめんごめん。湯たんぽ暖かくていいね。退院してからは母さんがずっと使ってて、よく眠れるって喜んでるよ』
「お母さん退院したんだ?」
『うん、3日前に退院して、今は伯父の別荘にお世話になってる。環境も良いしお酒も止めたがってるから今は落ち着いてるよ。ただ、家に戻ってからどうなるかまだ分からないけど』
お母さんの具合が安定してるのだろう、電話の向こうの声が嬉しそうに弾んでいる。
「あの、由佳への告白取り消したって聞いたんだけど…ほんと?」
『あぁ…本当』
「何で! 何でそんな早まったことしたのよ」
『俺なりに考えてのことだよ。あの告白が早まってたというか…』
「そんなことないでしょ。由佳のこと3年好きだったんじゃない。今からでも遅くないよ、取り消したのを取り消さなきゃ」
『もう決めたことだから取り消したりしないよ。3年…3年もバレバレだったのか。確かに可愛いなとは思ってた。でも、違うなって思ったんだ。だから神社に一緒に行ったときに謝って取り消した』
「神社って…だいぶ前じゃない。何で言ってくれなかったの? 相談してくれれば良かったのに」
相談してくれれば止めたのに。
今日、由佳だって風見君のことを気になってたって沢木君が言ってた。
両想いの良い関係になれたかもしれないのに。
『ごめん、言おうかなとは思ったんだけど、家庭教師に行く口実なくなるだろ。だから言えなかった』
「……口実って? タダ飯欲しかったとか?」
『タダ飯…。うん、そうだな。ちーちゃんと他愛ないお喋りしたり、お兄さんも一緒にあったかい夕食食べてさ、本当に楽しかった。家帰っても独りで、居場所があってどんなに救われてたか』
「……」
『要は、甘えてたんだ。…悪かった』
お互い長い沈黙が続く。
あれは…一緒に食事したいという私の下心有りの、家庭教師のお礼で。
風見君にとってそんな意味があったなんて。
お母さんと一緒ならもう来る必要ないだろうと思いながらも、「また来ていいよ」と私は返した。
いつでも甘えてくれていいよ、本当はこう言いたかったけれど照れで出来なかった。
「お兄ちゃん、私こっちの大学に決めたから。でも、私ももう大人だから、遅く帰ったり友達のところに泊ってきたりしていいから。遠慮しないでね」
「分かったけど……。急にどうしたの、さっき聞いた時はまだ考えるって言ってたじゃん?」
「だって…あんなこと言ったら行けないわ」
「ほぇ?」
不思議そうにきょとんとする顔に背を向け、兄の部屋のドアを閉めた。