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バレンタインの日、由佳の家に向かっていた。小春日和で気持ち良い。

風見君、由佳からチョコ貰えなくて残念がっているだろうなぁ。

そんなことを考えながら、慣れた道をいつもより時間をかけてのんびり歩く。


白いセダンが横を通り過ぎると、私の少し前で止まった。

後ろのドアが開いて、ウェーブのかかったブラウンの髪を揺らした長身があらわれる。


「やぁ、イトコさん。おめでとうかい?」

「うん。沢木君も?」


いつもの自信たっぷりの笑顔付きで彼はうなずいた。

由佳の家まで乗せてくれることになり、後部座席に乗り込む。

高級車だけあってシートがすこぶる心地よい。

前を見ると、後頭部の髪が少し薄い温厚そうな中年男性が運転席にいる。


「こんにちは。お父さんですか?」

「いや、うちの運転手さんだよ」


沢木家専属の運転手?! お金持ちっていう噂は本当だったのか。

運転手さんが私に優しい横顔を見せて会釈してくれる。

程なくして、由佳の家の黒塗りの鋳物門扉の前に着いた。

夕方に迎えに参ります、と運転手さんが言葉を残し白いセダンは走り去って行った。


インターホンを押そうとして指が止まる。

…思い出した。沢木君に騙されて風見君にとんでもないことを言ったんだった……。


「沢木君…おまじないじゃなかったのね!」

「あー、あれ? まさか言っちゃったんだ。 風見なら意味知ってたんじゃない? アハハハハハ」


キッと睨んでやるが、心底楽しそうな笑顔が返ってくる。


「今度はプロポーズの言葉を教えようか? フフ、Heiraten Sie bitte(ハイラーテン ズィー ビッテ). っていってねぇ」

「言わないわよ!」

「でもさぁ、言うのは簡単だったでしょ? 日本語でもサクっと言っちゃえばいいんだよ。卒業したらなかなか会えないんだし。今日来るんでしょ。言っちゃえば?」

「風見君は実家の方にいるから来ないわ」

「あらま、残念だね」


卒業かぁ。

卒業式は半月後だ。風見君は来れるのだろうか? お母さんの調子次第では、来れないのかもしれない。


「沢木君はどうなの? 由佳とは進展した?」

「それがねえ、まんざらでは無いと思うんだけどね、なかなか難攻不落で攻めきれなくて。のんびりいくさ」


いつもの楽しげな笑みは絶やさないけれど、少しだけ困ったような表情がうかがえる。

思惑どおりに行ってないのかな? 不思議な印象のある透き通った琥珀の瞳。

この瞳も由佳には通用しないのか。


「由佳ちゃん、風見のことがさ、ちょっと気になってたみたいなんだよね」


その言葉に驚く。でも本当に驚いたのは後の言葉だった。


「……! じゃあ風見君と付き合うの…?」

「そうじゃないみたい」

「……どして?」

「風見が告白取り消したんだと」


──────?!!


何故……。

何やってるんだ…風見君…。


「ほんとに? 何故なの?!」

「さー? 僕は知らないねえ」


…一体どうしたんだろう。

せっかく両想いになれるところまでいけそうなのに。考え直すように言わないと。

伝えた気持ちを取り消すのは良くないと思う。由佳が風見君のことを気になっていたなら尚更だ。


すぐ脇にに二人乗りの大型バイクが停まった。乗っていた二人がヘルメットを取る。

後ろに乗っていたのは美穂で、運転していたのは染めた髪を綺麗にセットした男性だった。多分、美穂の大学生の彼氏だ。


千景(ちかげ)、沢木、合格おめでとう! 良かったね」

「ありがとう。ギリギリだったんだけど何とか受かったよ。こちらは彼氏さん?」

「うん」


美穂にしては珍しくはにかみながら彼氏さんを紹介してくれた。

ファッション誌からそのまま抜け出た様なお洒落で洗練された雰囲気。ぶっきらぼうだけど優しい印象を受ける。


「沢木、千景泣かしたんだって?」

「いやいや、イトコさん誤解だよねえ?」

「そうなの。酷いこと言われちゃって…」


にっこりと嘘を言ってやる。嘘のおまじないのお返しなのだ。


「ちょっ、イトコさんたら」

「沢木てめぇ…」


沢木君が、怖い顔をした美穂の彼氏に詰め寄られたのであわてて否定した。




「ちーちゃんおめでとぉ~~~!」


洋風の大きなお屋敷に入ると、由佳と由佳ママにお祝いされる。由佳が抱きしめてくれた。


「僕も受かったよ、ハグは?」

「沢木君もついでにおめでとう。アンタにあげるハグは無いわ」

「じゃあ僕があげるよー」


沢木君に抱きつかれ、由佳がぎゃーと声を上げる。由佳ママがさも微笑ましいと言わんばかりにその様子を見ていた。


「まぁ、かっこいい子ねぇ~」

「どおも。由佳さんとお付き合いさせて頂いております、沢木智也です」

「ハァ?!」

「まぁまぁまぁ。末永く仲良くしてあげてね~。ささ、みんなこっちに。腕によりをかけて作ったから遠慮なく食べて頂戴ね」


ボルシチやバターライス、サラダを頂く。とても手が込んでいて美味しい。

デザートには由佳の作ったチョコレートケーキを出してくれた。

しっとりとして濃厚で、甘すぎずとても口当たりが良い。


「ちーちゃんは、お祖父ちゃんの家の近くの京都の大学も受かったんだよね? どっちに行くのぉ?」

「今迷ってるところなの。しばらくゆっくり考えてみる」

「こっちに残りなよ~。離れたら寂しいわ」

「こらこら由佳、それは千景が決めることだよ」


たしなめるように美穂が言う。

本当にどうしよう。

風見君のこと、兄のこと、由佳のこと、友達のこと。色んな事が頭の中をぐるぐる駆け巡ってまだ決められなかった。


「ケーキごちそうさま♪ 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』てことで、僕はお母様を攻略してくるねえ」

「アンタね…変なことするなら帰って! なんでこんな奴家に呼んだのぉ私…」


食べ終わった食器を片手に台所に向かう沢木君を、由佳が追いかけて行く。

楽しげな沢木君と由佳ママ、困り果てた由佳の声。キッチンから3人の喧騒が漏れてくる。


「ツンデレってやつか?」

「デレが見つからないわ」


美穂と彼氏さんが首をかしげて聞いていた。

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