(12)
由佳が、まるで守ってくれるかのように私と沢木君の間に割り込んできた。
「もぅ! ちーちゃんが沢木君に拉致されたって聞いたから、探したら案の定こんなことになってるじゃないの! ちーちゃんに何したの!?」
「拉致って…大げさだなあ」
「何したのって聞いてるでしょ!」
「ちょっとアドバイスしてただけさぁ」
「アドバイスで何故泣くのよッ!」
そうだった…。
由佳は可愛らしい容姿と裏腹に、昔から一旦怒ると手がつけられない。
「ちーちゃんはね、一見しっかりしてるけど、アンタと違って繊細で傷つきやすいの! デリカシーに欠けることぺらぺら言ったんでしょ! 謝んなさい!」
「ごめん?」
「全然気持ちがこもってないー!」
150㎝の小柄な由佳が、長身の沢木君を見上げて、すごい剣幕で圧倒している。
胸倉をつかむ…までは身長差で出来ないけれど、小さな手で沢木君のブレザーの襟をぎゅーっと引っ張っていた。
風見君は、目の前の光景が信じられないという顔で茫然としている。
「由佳……あはは…」
「ちーちゃん?」由佳が振り返る。
「ご…ごめん。沢木君が由佳に叱られてるのがおかしくて……ふふふ……お腹痛い………あははは」
「ほんとおかしいね、僕も我ながら笑っちゃう」
不謹慎とは思いつつも、笑いが止まらなくてお腹を押さえてその場にうずくまってしまった。
沢木君もケラケラと弾けるように笑い出す。
「アンタは笑わなくていいの!」
「由佳、違うの。沢木君は何も悪くないよ。心配してくれてありがとうね。風見君もありがとう」
「あ、あぁ…」
「それならいいんだけど。こんな男かばっても何もいいことないよ?」
本気で心配してくれているのが伝わってくる。
由佳は、他人からすると守ってあげたいと思われるタイプだけど、本人は決してそうじゃない。
強い子で、周りを守りたい、と自ら思うようなタイプだ。
親のことで悩んだいた時も、兄と同じようにずっと心配して気遣ってくれていた。
「ありがと」と、もう一度由佳にお礼を言って軽く抱きしめた。
それで安心したのか、由佳も落ち着いたようだ。
「はぁ~ 本性見せちゃった。これが原因で前彼に振られたんだよね。幻滅したでしょぉ~」
「いやぁ、いいと思うよ。僕的に最高。気の強い女を屈服させるの大好き」
「全力でお断りします~」
「どうかな。人の気持ちなんて変るもんさぁ。変えてみせる」
「ハァ? このサイテ―男は放っておいて校舎に戻ろ~」
由佳が、私と風見君を引っ張って行く。
「ちーちゃんの受験が終わったら、遊びに行こうね。美穂ちゃんも誘ってさ~」
「いいね。俺も行きたい」
「僕も僕も」
「沢木君は誘ってませんから~」
風見君と私はぷっと吹き出してしまった。
「あーあ。お姫様を怒らせちゃったよ」
肩をすめて愚痴りながらも、相変わらず楽しそうだ。
教室に帰り際、沢木君が小声で私に何やらささやく。
「Ich liebe dich」
「何?」
「Ich liebe dich(イッヒ リーベ ディッヒ). ドイツ語のおまじない。風見に言ってみ?」
「へぇ。何のおまじない?」
彼はその問いには答えずに、手を振って自分の教室に向かって行った。