(10)
昼休み、学校の廊下で思わぬ人に声をかけられた。
「やぁ、河村さんのイトコさん」
「………」
沢木智也だ。
廊下の窓にもたれながら、今日もゆらゆらととびきりの笑顔を浮かべている。
「まさか声をかけられるなんて。びっくり」
「イトコさんはそりゃあ、将来の僕のご親戚かもしれませんから」
「でも私の名前覚えてないんでしょ」
「……ミヤムラさん?」
おのれ…。
やっぱりこいつは好きになれない!
「深い山と書いて、ミヤマです」
「これは失礼。興味の無いことは覚えが悪くて」
悪びれる様子も無く、スラリと長い腕でお手上げのジェスチャーをしてくる。
む…むきぃ!
「由佳のことは諦めたの? そうしてくれると嬉しいんだけど」
「どして? 諦めて無いよ。さすがに僕も受験前だからねぇ。今は自重して勉強第一さあ。あのクソ真面目な風見だと急ぐことも無いし」
「そうかしら?」
「いやぁ、負けないね。付き合ってても奪い取る自信あるね」
自信たっぷりに、余裕の笑みを見せる。
どこから来るんだ、この自信は。
私だったら一万回口説かれてもなびかぬぅ。
「沢木君みたいな遊び人に、風見君が負けるわけないわ」
「遊び人? 僕は高校入ってからは二人しか付き合ったことないよ。遊び人は心外だなあ」
フリーの時はそれなりに遊ぶけどね。と続けて笑う。
その遊ぶというのは、どういうことか具体的に聞きたい気もしたけど、とりあえず飲み込んだ。
「河村さんだってそれくらいのお付き合いはあるでしょう。イトコさんだってあるんじゃあ?」
由佳は確かにある。
私は全く無いけど。恥ずかしやら悔しいやらで言わないでおく。
「とにかく、風見君は真面目ですごく優しい人なのよ、沢木君には絶対負けない!」
「何でそんなにムキになるわけ?」
白い手を口元に当てて、訝しげにじろじろ見てくる。
「んー。今の言葉、すごい気持ち入ってたような?」
琥珀の瞳が、心を見透かすように見下ろしてくる。
やばい…逃げないと。
───直感でそう思った時。
「好きなんだ?」
「────!」
……う…逃げ遅れた…。
「そうなんでしょう」
「…………ち、違うわ」
「えーっと。風見を好きだけど、風見が河村さんとくっつくのを応援してるってことか」
「…………」
私の腕を取って、どこかへ連れて行こうとする。
「何だか面白そう♪ ねぇ、ちょっと屋上で話そうか」
「えっ、やめてよ。離して!」
「河村さんに伝えようか? 大事なイトコの為に風見は候補から外れるかもね。ライバル減って僕はラッキー?」
「うっ……」
屋上に行く途中で何人もの生徒にじろじろ見られた。
特に女生徒の視線が痛い。
そりゃそうだ。超絶イケメンが私なんかの手を引いてたら、何事だと思うだろう。
うぅ…、変な誤解はされませんように。
「ちーちゃん? 沢木? 何やってんの?」
風見君だ。助けておくれ…
「風見君、たす…」
「風見に言っちゃってもいいのかなぁ?」
「うぐ……」
「この子、ちょっと借りるねぇ」
ひらひらと沢木君が風見君に手を振った。