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4 新居のセラフィ

目指すのは、大通りから一本細い道を通って、そこからさらに東。セラフィは大家のマルタに言われたとおりの道を進み、その家に到着した。

半日かけていらない物を処分したので、あたりはすっかり薄暗くなっている。それでも家を間違えなかったのは、その家が特徴的な物を持っていたからだ。

「セラフィ、あんたの新しい家は、玄関が二つあるんだ」

大家のおばさん、マルタはそういい、セラフィはその家を間違えなかった。

玄関が二つあるなんて不思議だな、と思っていたのだが、何か理由があるのかもしれない。間取りを見た限り、台所が独立型で、片方は勝手口と行われる場所のような気が、セラフィにはあった。

そこの鍵を開けると、室内はどこか埃っぽく、そこの住人が長らくの留守である事を告げてきていた。

まあ、もうここにその主は帰って来なくて、セラフィが新たな住人であり主になるわけだが。

「……本当に何でもある」

セラフィは小さな声でそういった。玄関を開けると空気が流れて、明かりも灯していないので、月の明かりに部屋が照らされる。

その中で見ている室内は、家主だった誰かが長期の外出のために、色々な物を片付けたのだろう、と推測できる空間だった。

物を入れるチェスト。二人分の物が広げられそうな、ちょっと大きめの机はきっと色々な事に使われていたのだろう。服を入れるタンスは、あまりい衣類に頓着しない住人だったのか、やや小さい。寝台の方は、大柄な人間だったのだろうか、やや大きめといっていいだろう。

セラフィは玄関で靴を脱いだ。というのも、玄関の上に上がりはだがあり、誰かの書いた文字のある紙に、

「土足厳禁、靴を脱いであがるように」

と書かれていたからだ。退去時に、床を張り替えたくない人が書く事のような気がして、セラフィは三年も主がいない事でやや黄ばみのある紙の、言うとおりにした。

玄関のところを少し探すと、来客のためのスリッパがあり、セラフィは遠慮なくそれをはいて、出入り口の鍵を閉めてから、室内に入っていった。

片付けられた室内は、床やその他の場所がかなり分厚い埃に覆われているので、すぐに窓を開けて換気をする。それから室内の棚に置かれていた掃除道具で、速やかに掃除を始める。物音をたてない掃除は、男爵家で音を立てると折檻を受けたセラフィが覚えた、得意な事の一つだ。

速やかに丁寧に音を立てずに。それをしなければ食事にありつけない日もあった過去と比べれば、折檻もうけないし食事も、自分にお金があれば食べられる今はずいぶんとましだ。

そう考えを切り替えてセラフィは作業を進め、とりあえず居住空間の掃除は済ませた。床は裸足で歩いてもべたべたとしないし、埃のざらついた感触もない。合格だ。

掃除をして、寝台の方を見る。何年も放置された寝台は、たぶんマットレスが劣化しているから、寝ころんだらぼろぼろになりそうと推測できるものがあり、少し押すとそれで、朽ちた音がかすかに聞こえてきた。


「ううん……」


セラフィは腕組みをして考えて、それから寝台に指を当てた。


「ええっと……”害虫駆除”? だったかなぁ」


彼女がぽつりとそういうと、寝台に当てた指を起点として、部屋中に光の筋が編み目のように走り、セラフィは家の中の害虫や害獣が、一斉に逃げるか消滅する事を感じ取った。

これは学校の図書館に通い詰めていた頃に覚えた魔法で、男爵家の物置はだにやらのみやらしらみやらが多く、虫刺されに悩まされ続けたセラフィの大好きな魔法である。

”害虫駆除”は魔力の波動で、そういった物を消滅させたり、外へ追いやったりする魔法だ。そして一度使うと、効果は一年続くとセラフィは経験から知っていた。魔力もそんなに使わないので、わりと気軽に使える魔法だが、覚えている生徒は少なかった。たぶん貴族の子女達はそんな物を自分で覚える必要が、なかったからだろう。

この一年、魔法を使う余裕なんてほとんどなかったセラフィが、ずいぶんと久しぶりに使った魔法だ。

少なくともこの魔法のおかげで、害獣や害虫に悩まされる夜ではなくなる。セラフィはふうっと息を吐き出して、明るくなったら家の中の物を色々見てみようと決め、とりあえず戸締まりをしてから、今日はとても疲れたので眠る事にした。




起きたセラフィはまず、台所で顔を洗う事になった。昨日は居住空間を掃除する事しか時間がなかったので、風呂などの身支度をすませる場所の掃除まで手が回らず、明るくなってから見たそこは、なんというかかびもすごくて、顔を洗うのをためらったからだ。

その点、扉を開けて出入りする独立型の台所は、比較的綺麗だったので、顔を洗う事は出来たのである。

この辺りは水道が引かれているが、家賃の高いところでなければ水道の水は直接は飲めない。お腹を壊すと言われているのだ。家賃の低いところの住人は、飲み水をどこかで購入するか、魔導式の浄水器を購入し、定期的に魔法使いに濾過する部分を”浄化”をし直してもらう必要がある。


「……ふあああ、学校で覚えた”浄化”がこう言う時にも役に立つなんて、人生ってどうなるかわからないな」


セラフィは学校では日常的に衣類を汚されたり、教科書を汚されたり、と何かを汚される事が多かった。嫌がらせのためだ。持って移動できない物は汚される前提が出来上がるほど繰り返されたため、セラフィは”浄化”を日常的に使う生活だった。

そのため”浄化”に関しては学校一の技術があっただろう。教科書の文字を消さないように行う事や、衣類の染色を落とさないように行う事が必要とされたセラフィは、かなり微細な調整を可能にしていた。

そのためはっきりというと、魔導式浄水器の濾過部分の”浄化”ならお茶の子さいさいというほかないほどに、寝ぼけていても出来る簡単な物だった。

これも貴族の子女達には以下略。

顔を洗って持ってきたタオルで顔を拭ってから、セラフィは台所を見回した。生活感があまりないそこは、持ち主が自炊に熱心ではなかった事を示している。

余談だが、水道という設備が出来上がったのは、今は亡き四世代前の、天才貴族令嬢が主導したもので、魔導式浄水器もその天才貴族令嬢の発明による物だ。他にも天才令嬢……功績を称えられ王子妃となり、国母となった彼女の発明によりもたらされたものは、いくつもある。すべて魔導式だが、魔力を充填すれば使えるとあって、魔力はあっても魔法を学ぶ事の出来ない庶民の仕事が増えて、貧民を減らしたという話も聞いた事がある。現在では法整備も進み、魔力を装置に充填する仕事は、国営のものとされていて、安定した収入源としてもてる要素の一つだ。皆安定がほしいのである。

他にも有名どころは魔導式コンロといわれる物だろう。見た目も仕組みも申し分ない完成度で、四世代たっても見た目がほぼ変わらない。

魔力を充填してつまみを回せば、簡単に火力調整できる炎が使えるようになる。

これにより料理をする事への敷居がかなり低くなり、天才令嬢だった国母も料理が趣味という美談があった事で、この国の食事は一気に美食の研究に進んだ。これによりこの国は美食の国と他の国に言われるようになり、一目置かれる国となった。旅行するなら美食の国が一番という評判が立つくらいだ、どれだけ他国と違いがあるかというと、かなりである。

他にも天才貴族令嬢は、貧民を減らす為の政策の核の部分を考えついたり、近隣諸国に働きかけ、西の地域では奴隷制度を撤廃したりと、すごい国母になった。西の地域で、この天才令嬢の存在を知らない貴族は存在しないといわれるくらいなのだった。

そんな天才のもたらしてくれた便利な発明で、セラフィはお湯を沸かした。それは癖の一つで、男爵家に引き取られる前のセラフィの朝一番の仕事は、誰よりも早く起きて、お湯を沸かして、家族のためにお茶を入れる事だった。

その癖は、お茶の葉がなくても染み着いていて、習慣というほかなかった。

お湯を沸かしてぼんやりと白湯をすする。そして今日の予定を頭の中で確認すると、二日連続でとても珍しい休みなのだ。日雇いは前日や早朝に仕事案内所で申し込んで、仕事場に行って働くという決まりがあり、酒場の仕事だけなら、週に二日の休みが雇い主の義務とされていた。

おまけに昨日は、酒場の店主の娘さんが出産するとなって、店主がいても立ってもいられないからと店を急に休みにしたし、今日は定休日だった。

ならば、台所を整えて、それからお風呂場とかを綺麗にしたりして、と出来る事はたくさんある。セラフィはそこで、とにかくご飯にしなくちゃと、市場に出かけたのだった。




市場で買ったのは、出来合いの物はおにぎりだけで、この辺りではお米の方がパンよりも安かった。辺境の土地は、お米の生産が盛んで、パンは元々高めの値段設定がされている。そしてローレンスはその中でも真っ白なパンしか口にしなかったから、最高級の白パンを買う事しかなかったが、セラフィの方は安くすむお米のご飯をこの一年常食していた。それでもお腹いっぱいになるほどは食べられない経済事情だった。皆ローレンスの食事の方に回ったからだ。だがそれも買えない時は雑穀に手を出し、ローレンスは時折

「セラフィは鳥になるつもりなのかい、君は十分にかわいらしい愛するべき小鳥だよ」

と言っていた。今思えば皮肉がたっぷり込められていただろう。

それを気にしないようにして、セラフィはおにぎりにかじり付いて、それから買ってきたお茶の葉でお茶を入れた。この界隈ではよほどの人でも茶器を一式は持っているので、台所を探したセラフィは、茶器を一式見つけていたので、それで淹れたわけである。

食べて、飲んで、さあ。

セラフィはローレンスの事を思い出さないためにも、頭の中を掃除や家を整える事でいっぱいにし、作業をとにかく進めたのだった。




「おわったあ……」


セラフィは達成感に包まれながら、夜にお風呂に入っていた。いつもだったらローレンスの残り湯を使っていたので、湯船につかるなんて言う事は出来なかったけれども、自分だけなので湯船につかって、体をもみほぐす事も出来たのだ。

新居のための色々なものを購入したのは間違いないし、今まで着ていたぼろぼろの服でなくて、古着でもそれなりに見られる物を値切って買えたので、明日からつぎはぎを気にしなくていい服が着られる。靴も靴底を直してもらえたから、穴のあいた靴底を気にして歩かなくていい。

それらの事がうれしくて、セラフィは鼻歌を歌っていた。故郷の歌で、やんちゃな子供だった頃に、友達だった男の子達と歌っていた歌だ。

セラフィは学校でもっと教養のある歌も習ったし歌えるのだが、こちらの方がなじみがあって好きなのだ。

それらを歌いながら、シャワーで最後に体を流して、さっぱりした服を着ようと立ち上がった時である。


「誰だ、泥棒にしては図々しくないか?」


と浴室の扉が迷い無く開かれて、反射的にセラフィは思いっきり叫んで、手元にあった手桶を、遠慮のなくなってしまった力加減で、力一杯投げつけたのだった。

それも叫びながら、だった。


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