22 王都に戻るセラフィ
辺境伯の領地、その最も栄えている伯都は、王都まで馬車で数日の時間を有する距離にある。
そのため中継地点の町で数度、宿を取る事は珍しい話ではなかった。
そして、この度の英雄の叙勲式を見に行く貴族はとても多く、弱小貴族と言われている土地を持たない貴族から、大貴族と言われるような広大な土地を所有する貴族まで、この国の貴族の名前を持つものの関係者が、一気に王都に集まるというのは、人伝えにあっという間に広がった話だった。
「そんなに大掛かりな事になるんだ……」
「それはそうよ。セラフィさん。だって英雄的行為で叙勲される召喚士っていうのは、過去に三人しかいなかったんだもの」
「今回で、やっと四人目になるんですか?」
セラフィは叙勲されたりする人間の数を、そこまで知っているわけではない。
だが四人という人数が、普通の騎士が叙勲される回数よりも、ずっと少ないという事くらいは、流石にわかったのだ。
「そんなに少ないんですか」
「そうよ。だって召喚士っていうのはね……とにかく問題を起こさないではいられないっていう、問題怪獣集団なんだから」
辺境伯の長女の姫君は、かなりきつい言葉もさらりと口に出す女性のようだった。
実際にこの女性に言い負かされて、泣き出す同性は多そうだ。しかしセラフィは、いきなり聞かされたすごい単語を、繰り返す事しかできなかった。
「もんだい、かいじゅう、集団……」
それはなかなかの悪評ではないだろうか。問題があると言われる事はもちろんだが、怪獣と言われて、褒められていると思う人のほうが少ないだろう。
「どうして……そんな名前がついているのですか」
セラフィは気になりすぎて問いかけた。どう考えても、悪意というか皮肉になっている部分がありそうだったので。
そんな問題を抱えている怪獣の一人が、叙勲されて、貴族籍に入るというのは、流石に王族だっていい顔を思想にない。
「セラフィさんは、召喚士っていう生き方をしている人間が、どういう性格が多いか知っている?」
そうカリナが、問いかけてきた。
「いいえ、その、あまり知らないです。ただ、魔力変換率は五十後半から六十前半の、極めて高い数値を持っていて、召喚した異界のモノを操るための、縛鎖の術を使用する事くらいしか……」
「そうね、普通の貴族学校出身の女性なら、それくらいしか学ばないわね。でも、魔術専門学校に知り合いや兄妹が入学していたりなんかすると、召喚士になる人間の傾向っていうのがわかるのよ」
何故辺境伯の嫁に行ったカリナが、セラフィやエレナ姫と同じ馬車に乗っているのかというと、これから夫とともに王都に行くと、叙勲式に間に合わないから、一緒に乗せて、という言い分を押し通した結果である。
「夫は最初からこうなるってわかっているから、王都で落合ましょう、って事になっているのよ」
というのが、彼女の主張であり、これをわかっていたのだろう父親のバララッド辺境伯は、困ったように笑いながらも、馬車を三人と荷物が乗っていても不自由しない大きさのもので用意してくれていたわけだった。
さて、そんな長女姫は召喚士の傾向を、馬車に乗り王都を目指す中で教えてくれる様子である。
「召喚士っていうのはね、脳筋が多いのよ! 自分の力が強いってわかっているから、自分より強くなくっちゃ、いう事なんて耳を傾けないの。言う事を聞かせたかったら、まず力技でねじ伏せなくちゃいけないのよ、あの生き方をしている人間の大半は」
それで、とカリナは続ける。
「自分の持って生まれた力の結果、家族と縁がすごく薄かったりするの。だから召喚して、自分と一蓮托生になった異界のモノに対して、とても愛情深くなっていて、場合によっては縛鎖の術を使わないで、力を借り受けたりするわ。それが共鳴って言われている」
「共鳴ですか」
「そう。召喚された異界のモノと、召喚した召喚士は、何かしらの繋がる部分があるから、出会う事ができているっていうのが通説で、一度共鳴を起こしたら、縛鎖の術なんていらないのよ。お互いの力を自在に操れるってわけだからね」
「それでも、実際には縛鎖の術を使う召喚士の方が、多いですよね、お姉様」
「そう。共鳴には致命的な欠点があるから」
「致命的な欠点……共鳴というくらいだから、お互いのなにかに影響を及ぼしてしまうんですか?」
「その通りよ、セラフィさん。共鳴は、魂を同じ音で震わせるから、お互いの過去を共有するの。中には異界のモノの過去に引きずられて、人間的な倫理観がふっとぶ召喚士がいたりするわよ」
「召喚士って、それだけで命がけですね」
「割に合わないっていう人も多いわ。でも召喚士になりたがる人間は、毎年存在しているの。自分だけの呼びかけに応えてくれる、自分の味方になってくれる相手を欲しがってね」
セラフィには、そこまでしてまで、ほしいと思った相手がいないので、わからなかったのだが、きっと自分をわかってほしい、味方になってほしい、一人でいいから、と強く願う孤独な天才に、そういった人がいるのだろうとしか、思うことはできなかったのだった。
王都に来た後は、とてつもなく忙しかった。何しろ来るまでに数日を要しているので、叙勲式まで時間がなかったのだ。
その時間のない中で、エレナ姫はきちんとした礼装を準備して、髪型なども問題のないものを決めて、それから礼儀として、同年代の令嬢がいる貴族の家にお手紙を送り、親戚関係のある格下の貴族の令嬢の誕生日が近かったならば、贈り物の準備をして、とやる事は数多あったのだ。
これだけあると、目が回りそうだな、というのがセラフィの正直なところで、叙勲式のために、数多の貴族が勢揃いするほどというのは、こういった手間がかかるのだな、と知る事になったのだった。
そしていよいよ当日だ。セラフィはエレナ姫が、まだ杖をついて歩いているため、介助の人間の一人として、エレナ姫のそばに待機し、彼女よりずっと格下のドレスを着て、いかにも貴族ではない事を伺わせる見た目で、叙勲式をエレナ姫の脇で見ていたのだった。
叙勲式では、壇上の国王に名前を呼ばれる名誉を賜った人間が、歩いてきて、王の手により勲章を付けられて、一礼するという事が一般的な叙勲式のやり方なのだという。
今回もそうに違いない、と誰しもが思っていたわけだが、この叙勲式で呼ばれた男は、杖をついた男で、例外的に椅子に腰掛けて、王に呼ばれる事を待っていた。
「王子様を助けた事で、足が不自由になったらしい」
というのが、周りの貴族たちの言葉から聞こえていたが、セラフィはそれどころじゃなかったのだ。
呆気にとられて、目を疑って、言葉も失って、顔も取り繕えなくなって、ただ、その人をじっと見ていたのだ。
その人は王様に呼ばれて、ゆっくりと慎重に立ち上がり、杖を使って、一歩一歩確実に彼らのもとに歩み寄り、ぎこちないながらも一礼をして、王に彼の名誉を宣言され、勲章を与えられていた。
「アルヴァンよ。これよりそなたはアルヴァン・ヴォルケンとして、貴族の名に連ねられる。更に邸宅をあたえられ……」
王は英雄への褒美の話なども、これでいいのかと思うくらいたっぷりと話している。
王都の仕立て屋たちから、セラフィがエレナ姫とともに聞いたのは、王様が第二王子を溺愛しているという話だった。
王位継承権を破棄した息子に、王はならば愛情を、という事でかなり、かわいがっているのだとか。
どれだけかわいがっていても、王にはならないというあたりのさじ加減の結果か、第二王子は兄弟たちからは命を狙われていないのだとか。
その第二王子を身を挺して守ったのだから、褒美が豪華なのはそういうものなのだろう。
それを与えるに足りると、国が判断したという事なのだ。
さて ながながとこの男に対しての褒美の話が続いた後、この男は形式的に一礼をして、褒美をありがたく受け取る事になっていたのだが……その時だった。
「たあーいちょーう!!」
突如高らかな愉快極まりないと言った声が響き渡り、建物が大きく揺れ動き、豪華な建物の壁が、ものの見事に破壊されたのである。
あまりの事に誰もが言葉を失う中、そのなにかの言葉を放った誰かが、にっこにことした感情を隠しもしないという声で、高らかにこう宣言したのだった。
「王様がーぁ! 俺達の事を適当な隊長に任せようとしたってぇー! その隊長の実力がなかったら意味ねーよ! 連れ合い、吐息!」
その言葉とともに、炎が室内に飛び散った。
「また四番隊の召喚士か!? 衛兵、何をしていた!」
「すみません!! 竜種使いのミロルナに突破されました!!」
「ミロルナの問題行動は前からだろうが! 当面の隊長はどうした!」
「すみません! 当面いうことを聞くようにと、隊員に言い聞かせていたはずの隊長ジゴルド、あまりの激務に昨日退職届を!」
「何故その報告を私に言わなかったんだ!!」
国王と衛兵たちが騒いでいる。だが貴族の人々は逃げたりしない事に、セラフィは気づいた。
ちがう。
貴族たちのいる場所には、瓦礫一つ落ちていない。
つまり、あのミロルナという誰かの暴走は、貴族たちにとっては危機感を抱く理由もないものなのだ。
それゆえか、周囲は落ち着いている人のほうが多かった。あるいは好奇心を示している人か。
慌てているのは、瓦礫の落ちてきた側である、叙勲された男の近くにいた国王や衛兵だ。
そして、当事者の一人なのだろう、叙勲された男は、ゆっくりとミロルナの方を見やって、呆れたように息を吐き出してこういった。
「もう、俺は召喚士としては使い物にならないと、お前たちにも手紙を送っていただろう」
「だあってえ。隊長の実力がそう簡単に、なくなっちゃうわけないじゃないか! あの隊長が! 共鳴なしに悪魔種を召喚して、縛鎖の術で動かす、一番うちでおっかない男が! ねえ」
けらけらとわらうミロルナを、呆れた顔でみている男に、ミロルナはさらに続けた。
「そうでしょう? アルヴァン隊長!!」
……やっぱり見間違いでも何でもなく、あの人が。
セラフィは、自分の知っている男が、この度叙勲された事を、現実だと受け止めるしかなかったのだった。