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21 噂を聞くセラフィ

「ねえセラフィ!! 私合格しているわ!!」


その知らせを受け取ったエレナ姫はそう言って大喜びしていた。

まだはしゃぎまわって飛び跳ねられないだけで、気持ちとしては飛び跳ねる気持ちでいるのだろう。

それを見たセラフィは笑顔で頷いた。


「よかったね! あんなに頑張っていたんだもの、エレナ姫は絶対に合格するって、私は信じてたよ!」


「ありがとう! これで私の人生の大きな第一歩よ!」


そんなやり取りをしたのは、試験会場でセラフィが、第二王子に謝罪をされてから一週間後の事だった。

試験の結果がわかるのが最短で一週間なので、エレナ姫は早く結果がわかったほうである。


「これで王都に行けるわ。ねえセラフィ、王都では、一体どんな物が流行しているのかしら。確かに私は勉強をしに行くのだけれども、ただ知識を求めるだけじゃなくて、楽しい事だって体験したいわ」


「それは誰もが思う事だよ。王都は娯楽が多いから、誘惑に負けすぎないでね?」


「セラフィは負けた事があるの?」


「負けられるほど、お金に余裕があったわけじゃないから、負けた事はないかな」


「負けた事がないと言うよりも、体験した事がないだけじゃない」


「そうともいう」


「そういうものなのね ……もしも私が一緒に遊んでほしいって行ったら、セラフィは怒ったりする?」


「課題の締切が近いのに、遊び呆けたりしていたら、そりゃ怒ったりはするよ。困るのはエレナ姫だもの」


「そのあたりは普通の感覚なのね」


「そのあたりはって、まるで私が、普通の感覚を持っていないみたいじゃない」


「持ってないわよ。持ってたら、私と出会ったばかりで、離れの大掃除なんてことしないもの」


「あれは絶対に不衛生だったからね? 掃除をしたらエレナ姫のニキビ、改善したでしょ。ニキビは不衛生だと増えるんだよ」


「それは反省しているわ」


にこにこと嬉しそうなエレナ姫を見て、セラフィは喜ばしい事であると心底思った。

あの未来を失っているような目をしていた少女が、ここまで回復したんだから、喜ぶべき事で、彼女は未来を見つめて自分の足で動き出そうとしているのだ。

それは一人の少女の成長として、素晴らしい話である。


エレナ姫は結婚が望めないと周りに言われているのは事実なので、彼女なりに独り立ちするための物を、王都で身につけるつもりなのだろう。

それに協力できてよかった。

そう思うと、貴族学校であんなにひどい目にあっていたのに、学業だけはおろそかにしなかった自分を、褒めてやりたいくらいだった。

あそこでそういった物をおろそかにしていたら、エレナ姫を手助けすることもなかっただろう。


「さて、エレナ、大はしゃぎする声が、部屋の外まで響いていたよ」


そう言って現れたのは、バララッド辺境伯である。

その後ろを、車椅子に乗った見目の麗しい……だが顔に傷のある女性がついてくる。

その女性を見たエレナ姫が、一瞬だけためらった顔をした後に、意を決した、勇気を振り絞った顔をして、その女性に話しかけた。


「お久しぶりです、お母様」


「エレナ……あなたがこうして笑ってくれるだけで、お母様はとても嬉しいわ。あなたがひどい目にあったのは、私のせいだとずっと後悔していたの」


「いいえ!」


エレナ姫は大声を上げてそれを否定した。


「私が、私がいけなかったんです。お母様たちのお気持ちを理解できずに、魔法を暴走させて……お母様に大怪我を負わせてしまって。それにその……元気になっても、お母様の顔を見に行く事ができなくて、ごめんなさい。お母様を見られなくて、えっと、えっと」


「……エレナ、あなたは何も悪くなかったんです。私達があなたを助けられなかった事が、そして義両親たちの暴走を読み取れなかった事が、全ての問題だったのです」


エレナ姫の母、バララッド辺境伯夫人が、落ち着いた声でそういう。

そして、何を思ったのか、にっこりと笑ってから車椅子から立ち上がったのである。


「エレナが反省もできなかったら、とおもって、こうして あなたを試すような真似をしましたが、あなたの起こした魔力暴走は、私が寝たきりになるような重大な怪我を負わせなかったんですよ。ちょっとあざができる程度でした。でもあなたは自分の力に怯えてしまって……私もあなたに合わせる顔がなくて、あなたのもとにいけなくて。それがあなたの心を落ち込ませる、余計な要因でしたね」


「お母様……」


「あなたは悪いことをしたと思ったら、ちゃんと謝れる正しい道を選べる子です。だから、あなたが奇跡的に立ち上がってくれて、こうして自分のやりたい事を見つけてくれて、お母様はとても嬉しいわ」


「お母様!」


そこでエレナ姫の涙はこぼれて止まらなくなり、彼女は母親に抱きついた。

そして泣きじゃくり始めたので、セラフィはよかった、としか思えなかった。

そんな母子を、バララッド辺境伯は優しい瞳で見つめている。


「エレナ!! 合格通知書が来たんでしょう!! お姉様にもお祝いをさせて頂戴!」


そんな時だった。彼女達がいる部屋に、旅の身なりをした貴族女性が入ってきて、エレナ姫に抱きついたのは。


「お姉様!」


抱きついてきた女性を見て、エレナ姫が目を丸くする。


「お姉様、旦那様の領地にいらっしゃるとばかり」


「だってエレナ! あなたが歩いたって! 聞いたらいてもたってもいられなくなって、旦那様にお願いしてこっちに戻ってきたのよ! ああ神様! 私達のエレナに奇跡を与えてくださってありがとう!!」


エレナ姫を抱きすくめて、うれしいうれしいと全身で表現しているのは、貴族学校でも優秀な成績を修めていた、バララッド辺境伯の長女カリナであろう。

セラフィは家系図を思い出して、なるほど、この美人がエレナ姫の姉なのか、と見守っていた。

バララッド辺境伯の兄妹達は、とても兄弟仲がいいと言われていたし、羨ましがられている兄妹だったが、これだけ仲がいいのならば、皆羨ましがるだろう。

兄妹でも、後継者争いなどで、トゲをまとった付き合いの兄弟たちも多いのだ。



「……で? どちらにいるのが、エレナに奇跡を起こした人?」


抱きついて喜んでいたカリナが、周囲を見回した後に、セラフィ以外該当する人間が、この場にいない事からそう判断したらしい。

セラフィに近寄り、両手を握ってきて、こう言ってきた。


「私達の大事な妹を助けてくれて、歩かせてくれてありがとう。あなたは奇跡を起こす魔法使いなのね」


「いえ、それはありえません」


「え? だって巷じゃ、奇跡を起こす聖女って有名よ、あなた」


「私は魔力量も魔力変換率も、そんなにいい数字じゃないんです。というか……庶民の方でも下の方になるくらい低いんです」


「でもエレナを助けられたんでしょう? だったらすごい力を持っているんじゃないの?」


「測定してもらって、それがはっきりしているんですよ」


「ふうん。変な話ね。でもどっちでもいいわ、大事なのは私達のエレナを助けてくれたって事よ。手段はどうだっていいわ、結果として、エレナがこんなに明るく笑うようになったってのが大事なのよ!」



きっぱり言い切った彼女が、そうだ、と思い出した調子でこういった。


「お父様、お父様は英雄の叙勲式を、王都まで見に行くかしら」


「ああ、第二王子を命がけでかばった召喚士の事だろう。もちろん、国を守るに至った英雄の顔をひと目見に行くに決まっているだろう? 私も、どんな男なのか楽しみなんだ」


「英雄……?」


エレナ姫が初めて聞いたという顔をしたので、バララッド辺境伯が教える。


「第二王子の部隊が孤立させられ、敵国に捕まった時に、第二王子のフリをして、第二王子を逃がし、自分は捕虜になった勇気のある召喚士がいるんだ。その男がいなければ、第二王子は捕虜として捕らえられ、我が国は敵国に譲歩しなければならなかっただろう。その男は敵国の将軍の怒りを買い、死んだものと思われていたが、なんと生きていて、この国まで徒歩で戻ってきているんだ。それを知った王室が、彼を叙勲し、貴族籍を与えると決定してね」


「勇気のある人ね。捕虜の扱いは国によるけれど、敵国の捕虜の扱いは最悪だって、聞いているわ」


「そう。その男は王子ではないと気付かれた途端に、暴行の限りを尽くされたという噂もあるが……それでも生き延びた男でもある。気力も体力も精神力も、まさに召喚士というだけあって並ではなかったのだろうな」


召喚士が並ではない。セラフィはその意味がよくわからなかったのだが、エレナ姫が頷く。


「召喚士は、召喚した異界のモノに支配されないように、心が強くなければならない。異界のモノの力に溺れないように、意思が固くなければならない。異界のモノに殺されないように、体が頑丈でなければならない。というのが三大条件だものね」



そんな話をどこかで聞いた気もするが、召喚士は貴族学校で学ぶ事ではなく、魔術専門学校で学ぶ事なので、エレナ姫のほうが詳しかったのは仕方のない事かもしれなかった。


「その英雄の叙勲式の翌日は、貴族の若い女性が人生で初めて、公式の場面でワルツを踊るデビュタントだ。エレナはまだ十四才だから、二つほど早いが、ここ十年ほどは兄妹の晴れ姿を見たいという貴族の子女たちのために、見学の席が用意されている。エレナも見に行くかい」


「もちろん! 私、華やかなドレスを見るのは、数年ぶりだわ!」


エレナ姫は数年のあいださらわれていたので、ドレスなどを見る機会が少なかったのだろう。

大喜びでその話に頷いた彼女は、きれいなドレスが好きな、普通の令嬢と何も変わらなかったのだった。

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