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20 その後を聞くセラフィ

「そうだ、名前も言わずに失礼をしてしまったな、私はロレンツォ。ロレンツォ・ガディーニというんだ」


「……!!」


赤い髪の毛の青年の名乗りを聞いて、セラフィは第一にそれが偽名であるはずだと思った。

というのも、その名前はこの国の第二王子の別名だからである。

この国の王族の名前は特殊と言っても良く、王族は父方の姓での名前と母方の姓での名前を持っているのだ。

そして時と場合にあわせて、その名前を使い分けるのである。

第二王子がどういう事情で、この辺境伯の伯都で、知り合いの付き添いをすると言うのだろう。

まったくもって理由を想像できないために、セラフィはその名前が本名を名乗りたくないがための、いかにもな偽名だと判断したわけだ。

セラフィの顔にはっきりと、嘘くさい、と書かれていたのだろう。

彼女の顔を見たロレンツォが吹きだしてからくすくすと笑い、ある程度笑いが落ち着いてからこう言った。


「この名前を伝えてその反応をされるのは、これで二回目だ」


そんなセラフィの内心に気付いているのかいないのか、ロレンツォは懐からある物を取り出して見せてきた。


「もちろん、私の素性を君に信じてもらうには、こう言った物を見せることもやぶさかではないわけで」


取り出された物を見て、セラフィはまた目を丸くした。

懐から大事に出されたのは、懐中時計のような大きさのメダルであり、それには複製を作れば大罪とされる、王家の紋章に、第二王子の紋章、誕生石がはめ込まれていた。

そのメダルは突起を押すと二つに分かれ、そこに第二王子の生年月日が書かれている。

これは間違いなく、王家の人間の所持するもので、ロレンツォは疑いようもなく、第二王子本人なのだろう。

セラフィは第二王子が、どうして自分のような、いわゆる訳ありに話しかけてきたのだろうか、と気になった。

彼の異母弟をたぶらかした悪女、というのが、自分の噂のはずなのである。

そんな、警戒しなくてはならないだろう相手に、どうして。


「さて、君の名前は聞いている。アルヴァンを救ったセラフィだろう?」


「えっと、何かの大きな間違いだと思われますけれど」


アルヴァンを救った事など一度もない。彼は自力で立ち上がり、自力で訓練を受け続け、そして日常生活が送れるほどの回復を見せたのだ。

そこに自分の力の介入はない。確かに、生活を助けたり介助をしたりはしたが、それ以上の事は何一つしていないのだ。


「君は嘘をついていないようだ。なるほど。……君は見るからに、ローレンスや、君を辺境の土地に追いやった後の事を、誰からも聞いていない様子だな。まああまり大きな声で噂できない中身とあって、そこまで話は出回らないか」


「あの……?」


話題が変わり、セラフィは怪訝な声を出した。


「君は知る権利があるんだ。どうして君は、卒業式の後の記念パーティで、無実の罪をかぶせられて、遠くへ私財も持たされずに追いやられる事になったのか。そして追いやられた後の王都が、どうなったのか」


「知る権利があるという事は、知らなくても良いという事ですよね」


「そうとも言うけれども、聞いておいた方がいい。辺境伯の末娘のエレナ姫が、王都に入る際に、君も侍女としてついていくならば」


……何か面倒なことの気配がするな、とセラフィは察した。何か、ある。とても面倒な事が、ある。

セラフィは時計をみた。試験開始は数分前だ。これから二時間の試験が行われる。

聞く時間はある。もしかしたら、ロレンツォも、それを計算してここに来ているのかもしれない。

セラフィは第二王子を見て頷いた。


「はい、では、聞かせていただきます」


「ありがとう。……では、最初に。君にかぶせられたあらゆる物が、でたらめだった事が判明した。君の実家の男爵家の令嬢、君の義理の姉に当たる女性がそれを認めた。こんな大事になるとは思わなかったと」


「良く認めましたね……」


「下手をすれば家がとり潰されるという状況に陥ったからな。何故そんな素行の悪い娘を、数多の貴族令息がいる学校に入学させたのだと。あきらかな問題であると。噂通りの少女ならば、この騒ぎになるのは予測できたはずであり、怠慢であり、危機意識が薄すぎると。まあいろいろと上の者達から詰め寄られた結果、君の義理の姉が、義理の妹についてばらまいた噂は皆嘘でした、こんな事をしでかす妹ではないはずでした、と白状した」


「……」


今更否定されてもな、というのがセラフィの本音だった。

確かに、考えてみればその通りで、噂通りの人間性だったら、家に閉じこめて置くほかない令嬢のはずだったのだ。誰彼かまわず誘惑する令嬢など、危険すぎて外に出す事は出来ない。普通は。

外に出すという行動で、その噂は眉唾物だと、誰かは気付くべきだったのだ。

誰も気付かなかったし、人の悪い噂は誰しもひそひそと囁きたくなるもので、そういった人間の心理の結果、貴族学校の人間達は大きく判断を誤ったのだ。


「君は、飛び級で学校を卒業しただろう?」


「はい。四年のところを、二年で」


だからセラフィは学校を卒業したのが十六なのだ。貴族学校は飛び級を認めている。

そして一定以上の能力があると、教員全てに判断された場合、飛び級が許可されるのだ。


「その時点で、君が教員をたぶらかして……というのもあり得ないという話になり、芋蔓式に君のあれこれが、悪意を持って広められたものだともわかった」


「……」


「さらに生徒会の、君とねんごろな仲になっていたと言われて、婚約破棄を受けた男子生徒達が、自身と君の名誉挽回のために、徹底的に証言を集めた。結果、君が数多の生徒から危害を加えられていた事も証明され、友人であり同じ生徒会の仲間を守るために、男子生徒達がそれとなく近くにいただけで、下世話な事は何一つなかったと証明された」


「まだ、お話の途中のような言い方ですね」


「そうだ。まだ話には続きがある。生徒会の面々に個別に証言をとったところ、彼らは一貫して”セラフィさんは悪意をぶつけられすぎて、疲れ果てていたところに、執拗に言い寄ってきた第三王子に流されてしまった”という主張をし続けていた。男女関係なく」


「口裏を合わせたとは、考えられませんでしたか」


「そう思ってさらに詳しく話を聞くと、全員の話はぼろがでる気配もなかった。一貫して、生徒会の面々はセラフィに同情的で、”あれだけ攻撃されていたら自分でも参ってしまう””そんな時に王子様に言い寄られたら流れてしまう”という証言ばかりだった」


「……では、どうして、記念パーティの段階で、その証言その他をとり、他の人たちの冤罪なども証明できなかったのでしょうか」


「ここからが問題で、君とローレンスを辺境の土地に追いやり、生徒会の男子生徒達が軒並み婚約破棄や除籍扱いになった後に、誰もがまるで夢から覚めたように、あれはおかしかったんじゃないかという話になったんだ」


「……まるで、大規模な認識操作か、認識阻害がかけられていたかの様ですね」


「実際にかかっていた」


「えっ……」


セラフィは思いもしなかった事に目を丸くした。あの会場内にいた人数で言えば相当な数を、認識操作するなど、どれ位の魔力を持ち、魔力変換率が高い人間だったら行えるのだろうか。


「行ったのは、他国から流れてきた召還師の、呼び寄せた悪魔だ。召還師の方は召還した相手を縛るための縛鎖の術に失敗し、悪魔に殺されて、物言わぬ姿で発見された。そしてその悪魔が、面白そうだと言う事で、表面上は従っていたのが、ローレンスの婚約者の公爵家令嬢だった」


「……」


つまりは。公爵家令嬢の側に、何もかも有利に働くように、悪魔が動いていたというわけなのか。

そのために、自分は……

セラフィは言葉をなくしていた。


「悪魔は、セラフィさんとローレンスが表舞台から退場した後、とたんにつまらなくなって公爵家令嬢の元から去ろうとした。だが公爵家の方は、これほど自分達に有利に働く事が出来る悪魔を、手放そうとせず、結果王都の公爵家屋敷の半分が吹っ飛び、その事から、ここまでの事を調査するに至った」


第二王子は続ける。


「時系列的には、公爵家の屋敷が吹っ飛び、その調査を行った後に、もう一度あらゆる人間に証言をとったところ、君は何も悪くないという事がわかった、という流れだな。恐ろしい力を持った悪魔だと言う事に間違いはなさそうだ」


「……だから一年後に、ローレンス様を辺境の土地までお迎えに来られたのですね」


「その通りだ。ローレンスには、問題行動があったが、君にはなかった。迎えの騎士達への伝達がうまく行かなかったのか、君を迎えに行くはずが、君は残され、今に至っているわけだ」


そこまで言った後に、第二王子は頭を下げた。


「私的な場面で申し訳ないが、弟が君にとんでもない迷惑をかけてしまった事を、謝罪したい。本当に申し訳なかった。君は噂とは全く違う、努力家の少女だっただけだというのに」


「……全て終わった事ですから」


何かを言われても困るのだ。時間は巻き戻せないのだから。


「試験が終わった後、私は辺境伯の元に行き、君についても、今後の事を話し合わなくてはならない事になっているんだ。王家は君に大変な迷惑をかけたと、判断しているのだから」


ロレンツォはそういって、それから不意に問いかけてきた。


「君は、そうだ、何か特別な癒しの術の心得があったりするのかい」


「いいえ、ありません。魔力変換率五なんですよ。魔力量も普通くらいだって、測定してもらったんです」


「……そうか」


何か今の会話と関係があったのだろうか。

わからなかった物の、セラフィはそれ以上何も言わずに、エレナ姫の試験が終わるのを待っていたのだった。

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