表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

17 変えていくセラフィ

「ちょっとあなた、どこで寝るつもりなの?」


そんな大掃除とエレナ姫の世話で終わった一日の最後、セラフィは自分も寝なくてはと、使用人のための続き部屋に引っ込もうとした。

そこはもちろん掃除をしたが、使用されていた折り畳み式の寝台の方は、エレナ姫に渡してしまったので、戸棚を調べ回って見つけた、毛布などを床に敷いて寝る予定だった。

元々エレナ姫は一人で居たいと主張する少女だったので、寝る時は一人にした方が、落ち着いて眠れるかもしれないと思った為の行動だ。

エレナ姫にお休みの挨拶をして、さて引っ込もう、という時の事だったのだ。

エレナ姫が真顔で、セラフィを見つめてそう口に出したのは。


「えっ? そこの続き部屋だよ。エレナ姫様と同じ部屋では眠らないよ」


「いやよ」


「いや、とは……」


自分の事はどう考えても気にくわないはずでは、とセラフィは戸惑った。

何しろ今日一日、セラフィはエレナが気にくわない事をたくさん行ったのだ。

強引な掃除。強引な換気。強引な洗濯。強引な入浴。

これだけそろえば、穏やかな人だって不愉快に思うだろうあれこれを、全て実行したわけである。

これで嫌われなかったらまずおかしいだろう、と客観的に見ても言える事で、セラフィは自分よりいくつか年下の少女を、まじまじと見つめた。

エレナ姫は真顔だ。真剣に、セラフィが別の部屋で寝る事をいやだと言っている様子だった。


「あの、どうして?」


「……なんだっていいでしょ! あなた! 命令よ! 一緒に寝なさい!!」


「そんな無茶苦茶な……」


年下のお嬢さんのわがままだと思うと、そこまでひきつったりもしないわけだが、このお姫様は一人がよくて、離れに引きこもっていたのではなかったのか。

何で自分とは一緒に寝たがるのだろう、と思ったセラフィであるものの、よく見るとエレナ姫の体は震えていて、唇からは少し血の気が引いているように見えた。

……彼女は人攫いにさらわれてから、いわゆるそういうお店に売り飛ばされて、ひどい目にあって、未来がなくなったという経歴の持ち主だ。

春を売るお店で、何か恐ろしい目にあった事で、本当は一人が怖いのだろうか。

いろいろ推測は出来ても確信には至れず、ただ、年下の女の子がここまで必死な声で言ってくる言葉なので、セラフィは頷いた。

セラフィは、エレナ姫をわがままな子だと思っているが、嫌い、にくい、といった感情は全く持ち合わせていないのだから。


「わかったよ。でも、その折りたたみの寝台、二人寝られる広さかな」


「でもよ!」


使用人のための、簡略式の折りたたみの寝台で、二人寝られるかというと難しい問題かもしれないが、やってみてから納得してもらった方がいいだろう。

セラフィは、夜もお風呂に入った事で、かなりの匂いや垢などが落ちたエレナ姫が、眠たそうに目をこするので、よいしょと彼女を寝台に寝かせてあげて、自分も寝台に乗った。

二人分の体重は想定されていない、折りたたみの寝台は文句を言うようにきしんだが、壊れる事は今日はなさそうだった。さすが辺境伯の屋敷の品物である。頑丈きわまりない。作りがいいのだろう。

それにちょっとだけ感心しながら、セラフィはエレナ姫の添い寝のような形で横になり、きつく目を閉じて震えているエレナ姫に、こう言った。


「エレナ姫は、子守歌をご所望かな?」


「……赤ちゃん扱いしないでちょうだい」


「大人でも、時々子守歌がほしくなる夜はあるんだよ」


「……じゃあ、あなたが歌いたいなら歌えばいいわ」


エレナ姫はセラフィの服の裾をつかみながら、そう言ってきたので、本当は子守歌のような、優しい音がほしいのだろうとセラフィは気付いた。

そのため、エレナ姫に軽く腕を回して、ゆっくりと、いつかの昔に、聞いたような子守歌を歌い始めた。

本当に小さな頃、自分は母親にも祖父母にも子守歌を歌ってもらえなかったが、近所の小さな子供は歌ってもらっていた。

それがうらやましくて、何となく覚えたのだ。

そんな歌を、セラフィは優しい声で歌う。

エレナ姫はしばらくはこわばった顔で目を閉じていたのだが、二十分もすると顔が穏やかになり、落ち着いた寝息になり始めた。


「……大丈夫だよ」


この子は、もしかしたら、魔力量も魔力変換率も多くて、さらに適性が物を言うせいで、本当に求めていた助けを、呼べなかったのかもしれない。

震えていたエレナ姫は、まだ強くセラフィの服をつかんでいる。

それはそのままにして、セラフィは考えた。

誰かに何かをされるのは怖い。

でも、誰かに側にいてほしい。

それなのに、怖いと思った瞬間に、自分の力が暴走して、誰かを皆どこかに吹っ飛ばしてしまう。

自分はひとりぼっちになるしかないのだ。

……そんな風に一人で考えてしまった結果、エレナ姫は孤独にこの離れで、汚れて朽ちていこうとしたのかもしれないな、と何となく、セラフィは察してしまっていた。

そうでないと、他に考えつかなかったのだ。

一人が良いならば、眠る時は一人にさせろと主張する程度の、意志の主張は出来る子のようだし、こうしてセラフィに添い寝はさせないだろう。

そうやって消去法で、エレナ姫の行動をさらっていくと、こう言った可能性の方が遙かに高い。


「大丈夫。……頼りにならない側仕えだけどね」


助けてという事も、うまくできない不器用な女の子に、セラフィは冷たくなる事はどうにも出来ない。

これは仕事だし、顔を合わせてわかった事も多い。

うまくやっていけるかもしれないな、とセラフィは少女に腕を回した状態で、自分も目を閉じたのだった。







とりあえず三週間が経過した。セラフィは毎日それなりに忙しく生活していた。というのも、離れのぼろぼろの家具や調度品やらの交換のために、エレナ姫にあれこれ要望を聞いたりしたからだ。

エレナ姫がまともに会話が出来る相手、というのはセラフィだけのようで、家具の好みや調度品でほしいものなどを、全てセラフィ経由で彼女は注文したのである。

セラフィはエレナの事件の時系列をほとんど知らなかったが、エレナ姫がこの屋敷に戻ってきたのは半年前で、二ヶ月は本邸の方で治療を受けていたが、彼女がどうしても話したくない忌まわしい事件があって、エレナ姫はその衝撃で離れに自分を転送してしまったらしい。

四ヶ月程、エレナ姫は文化的生活を拒絶していたようだ。

そんなエレナ姫が、石鹸がほしい、あかすりがほしい、髪の毛の為の洗髪剤がほしい、鏡がほしい、そのほかそのほか……という事で、娘に光が差し込めた、と辺境伯は喜んでエレナ姫の要望を聞き、使用人達も、優しいエレナ姫が戻ってくるかも、と進んであれやこれやを手伝ってくれるようになった。

元々エレナ姫は、屋敷でもとても人気の明るい女の子だった様である。

家具なども、元々離れに置かれていた、経年劣化したものではなくて、エレナ姫の好みの物が置かれて、朽ち果てた感じはかなりなくなった。

それでも、エレナ姫はまだ家族と顔を合わせられないと言うので、セラフィは


「お手紙はどうかな、交換日記とかは?」


と提案し、エレナ姫は家族との交換日記をする事を決めて、毎日いろいろと書いて、セラフィを経由して使用人に渡し、父や兄や姉とやりとりをしている。

そのおかげか、顔色も明るくなり、少しずつ笑い声をあげるようになっていた。

エレナ姫は、母に何かいいたい事があるらしいが、それはちゃんと面とむかって言わなくちゃいけないと言う意識がある様子で、もっと感情が破裂しないようになってから、とセラフィに言うようになった。


「お母様に、たくさん、言わなくちゃいけないの。でも今お母様と会ったら私、また何か起こしてしまうかもしれないのよ」


というのがエレナ姫の言うことで、精神状態が安定してからの方が、話し合いもしやすかろうとセラフィはこの話を、辺境伯にも伝えている。

母親と話す事を決めたエレナ姫に対して、辺境伯は涙をにじませていた。

エレナ姫が全てを拒絶していたからだろう。

かなりの心境の変化に違いなかった。

エレナ姫はうまく眠れないからか、常に目の下にクマがあり、寝不足により顔中ニキビだらけで、動く事もしない事からかなり贅肉がついていたが、一つずつ改善していくと、見違えるほどかわいらしい姿に戻っていた。

まだ贅肉が全てなくなったわけではないが、かわいらしい程度の肉付きになったわけである。

ニキビの方も、ちゃんと眠って、暴食を改善して、過度の精神的負荷による油の多いものを好む傾向から、栄養条件の良いものに変えていった事で、すっかりつるつるの肌になった。

そうなってくると、鏡を見る勇気が出るようで、エレナ姫は誰とも会わない日でも、身なりを整える乙女らしさも取り戻したらしかった。

エレナ姫はおしゃれだった、と言ったのはビビアンである。

そんなエレナ姫のお気に入りの事は、セラフィのむくみ改善の足マッサージである。

足を動かせない事から、かなりむくんでぱつぱつだったので、これはつらかろうとセラフィが行いはじめ、エレナ姫のお気に入りになった事である。


「足がなんだか、気持ちがいいのよ」


というのがエレナ姫の感想である。

セラフィの方は、良くなれ、良くなれ、と思いながらの丁寧なマッサージで、こちらもアルヴァンの介助の時に、マリーナから指導された適切な物であった。

そして、そういった事を続けてさらに一ヶ月が経過したある日の事である。

セラフィはいつも通りに、エレナ姫が望むように、彼女を離れのベランダの方に連れて行き、エレナ姫のお茶の用意をしに、離れの簡易台所の方に行った。

エレナ姫はしばらく、外の庭園を楽しんでいるはずで、セラフィはお茶のお盆をもって、ベランダに戻る途中、エレナ姫の大声が響きわたったので、お盆をしっかり持ったまま、早足でベランダの方に向かったのだ。


「せ、セラフィ!!」


エレナ姫はひきつった声を出していた。そしてそんなエレナ姫を見たセラフィの方も、目が飛び出そうになっていた。


「エレナ姫、立ってる!!」


エレナ姫は少しだけ、大きな犬が苦手で、ベランダにはどこかからやってきた、毛並みのいい大きな犬が入ってきていた。

エレナ姫は、座っていたはずの車椅子を挟んで、その犬と向き合っていた。


「せ、せ、せせ、セラフィ! 犬をベランダの外にやってちょうだい!!」


「わ、わかった!!」


エレナ姫は怖さのあまり、自分が車椅子から立ち上がって、その後ろに回った事に気付いて居なさそうだった。

だが落ち着かせるためにも、とにかく犬を、セラフィはベランダの外の柵の方に追いやって……エレナ姫が、そこで自分の状態に気付いたからか、唖然とした顔で立ち続けているのを、見たわけだった。


「わたし……たってる?」


「立ってるよ」


「だって、二度と立ち上がれないようにされたのに……」


「すごいじゃない! 運良く直ったんだよ」


「う、うわあああああああああんんん!!!!」


二度と立てない足のはずで、その事を背負って生きていくしかなくて、それがつらくて、未来がなくて、たくさんの事に絶望して、薬は何一つ効果をもたらさなくて、とエレナ姫は自分の足で再び立つ事をあきらめていたのだ。

だというのに立ち上がれていて、感情がめちゃくちゃになり、頭の中もわけがわからなくなったのか、大声で小さな子供のように泣き始めたのだった。

セラフィも良かった、と涙ぐんで、とりあえずエレナ姫がふらつかないようにと、支えるために手を取って喜んだのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ