11 疑われるセラフィ
毎日、治癒師のマリーナは往診に来てくれるので、セラフィは安心してアルヴァンの世話を続けられていた。料金の方は、こんな事をした相手に請求が回る事が決定しており、心配はしなくて良かった。
医療院の薬はさすが、といったところで、解毒剤の効果は覿面。アルヴァン曰く
「あれだけの激痛が体中を這い回るのは、本当に久し振りだった」
というほどの激痛を伴う毒も、数日で体から排出が出来るのだから、やはり医療院の調合する薬は、市販の魔法薬店などで取り扱うものとは違うのだと、セラフィは改めて思った訳である。
そう、医療院と一般的に、町などの通りに店を構える魔法薬店では、扱う薬や物が色々と異なっているのだ。
そして一概には言えないと言われる事もあるのだが、医療院の方が効果のある、強い薬を調合する許可が下りているのは、わりと誰でも知っている話である。
市販薬にも医療院の薬にも、基本的には使用できる薬草の量や種類、魔物などから抽出される濃縮液の濃度などの規定が存在し、手続きを踏まずに購入できる市販薬の方が、一段階から二段階は効果が低く設定されているのだ。
それは強力な魔法薬を乱用する事などを防ぐためである。
確かに、強力な魔法薬は便利なものだ。怪我があっという間に治り、病も一般的な魔法薬と違い、症状の緩和がとても早い。
だから何でも強力な物を使えばいい、という話ではなく、そういった強い薬は体の中身に負荷をかけたり、場合によっては重要な内臓に著しい損傷を与えてしまう事もあるのだ。
そのため、強い魔法薬の購入が出来るのは医療院などの公的機関と決まっており、購入の際にも一ヶ月、もしくは一週間あたりの購入制限がかかっている。
ぱかすかと強い薬を飲まれてはたまったものではないからだ。
そして、そういった薬の材料は貴重なものを使う事も多い事から、やたらに購入され、買い占められるとほかの本当に必要な患者に、薬を渡せなくなる可能性がある。そのためにこのような規定が存在するのだ。
そういった事情をセラフィも知っていたので、やっぱり、医療院の処方箋は効果が覿面なんだな、と感心していたのである。
セラフィ自身はそう言った機関のお世話になった事がなく、痛む手足を抱えながら夜を過ごしたり、傷を隠したりしながら生活していたので、医療院の薬がどの程度の物なのかという、体感をした事はない。
「毒はだいたい体から排出されたという見立てだから、もうじき解毒薬の方は使わなくてよくなりそうだ」
そう言ったのは、寝台に座って、セラフィにはよく分からない本を読んでいるアルヴァンだ。アルヴァンは暇があると本を読むらしい。
まあ、足の動きがまだ緩慢すぎるので、外に散歩に行くのが難しいから、セラフィに頼んで貸本屋でそう言った物を、借りて時間を過ごすしかないのだ。
散歩に出かけて、体力がつきた場合。家から少し遠い場所で倒れてしまったら、さすがに危ないという判断からで、往診にくるマリーナからも
「まだ無理に外に出かけようとしないでくださいね」
と強く念押しされている事も理由だ。
「でもセラフィ、毎日寝具の洗濯は大変じゃないのか」
「毎日大きな分厚いカーテンを洗うのよりは、楽だよ! それにマリーナさんも、寝汗の中に毒が残っているかもしれないから、洗った方がいいって言っていたし。それでも、アルヴァンさんの受けた毒が、ただの水で洗えば無毒化出来るものでよかった! そうじゃなかったら、洗濯できなくなっちゃうもの」
「体内に入った場合のみ、強力な効果を発揮する毒は、意外と多いんだぞ、セラフィ」
「うん。そう言う事も分かってよかった」
セラフィはそう言いながら、今日も寝具類を洗濯し、アルヴァンの昼食を用意してから、大家のマルタの所に仕事に出かけようとした時である。
こつこつと扉がたたかれて、今日の往診かな、と思ったセラフィが扉を開けると、マリーナもいたのだが、ほかにも物々しい出で立ちの人々がいた。装備品からして警邏の人であると推測できる。そんな人達が立っていたのだ。
アルヴァンさんの怪我の、事情聴取だろうか。セラフィが問いかけようとしたその時の事である。
「いきなりで申し訳ないと言わざるを得ないのだが、この家を調べ回らせてもらおう」
「え?」
何がなんだかセラフィにはさっぱり分からなかった。家の中をどういう理由で調べるのだろう。
悪い事など何もしていないセラフィが、怪訝な顔になった時だ。
マリーナがこう言ったのだ。
「セラフィ、あなたに、違法薬物の使用の疑いがかけられているの」
「……は?」
わけが分からなさすぎた。この家にある薬といえば、簡単な痛み止めのほかは、医療院で処方されたアルヴァンの薬である。
それに違法薬物と言われて、該当する物を思い浮かべられるわけもない。
だが、ここで拒否の姿勢を見せたら、その分疑われる事くらいは簡単に想像ができたセラフィは、とりあえず彼等を家の中に入れた。
「アルヴァンさん! なんか、私、違法薬物の使用の疑いが、かかってるんだって! だから、家の中を調べるんだって!」
セラフィは慌てながら、アルヴァンにそう言ったのだが、彼の方も怪訝な顔をした。こちらも身に覚えがないようだ。二人そろって身に覚えがない。
二人して理由が分からない、と顔を見合わせた後に、素直にその家宅捜査に従ったのであった。
数時間にも及ぶ家宅捜査で、あらゆる引き出しがあけられ、あらゆる個人的な空間を調べ回られたわけだが、セラフィにもアルヴァンにも、身に覚えのある事は何一つない。
そのため、違法薬物の押収が出来るはずもなく、それらを購入した履歴や証拠なども見つからず、警邏達も困惑した空気が流れていた。
そこでアルヴァンが問いかけた。
「まず、どうしてセラフィにそんな疑いが? 彼女がそんな真似をするはずがないだろう」
「……これは、医療院からの通報だったんだ」
「え? マリーナさん、説明してもらえますか?」
何も見つからない事で、自分達がただ、何も罪のない人間の家を家捜ししたという罪悪感もあったのか、警邏達が答える。
それを聞き、アルヴァンが、そこで居心地悪そうにあたりを見ていたマリーナに聞くと、彼女が難しい顔をした後に答えた。
「……アルヴァンさんの回復の早さが、異常すぎるんです」
「異常?」
思いもしない事を聞き、セラフィは不思議に思って問い返していた。
それにマリーナが頷く。
「アルヴァンさんに処方されていたのは、内臓に負荷をかけない程度の濃さと強さに調合された、解毒薬で、確かにこれも魔法薬だけれども、……こんなに早く、意識が正常なところまで戻るわけがないの」
「え」
「は」
セラフィもアルヴァンも戸惑う声しか出せなかった。医療院に用意された薬の効果が何日で、どれくらいの強さで、どういった過程を経て回復するかというのは、処方される側にとって詳しい説明のない物なのだ。個人差というものがある。
処方箋に記載のある物以上の事はわからない。
その薬を以前も処方されて、勝手が分かっているならともかく、だ。
「それに、……アルヴァンさん、起きあがれるでしょう?」
「はい、解毒薬と相性がいいのだとばかり」
「……ありえないの」
「ありえない、とは」
「あのですね、アルヴァンさん。……あなたの状態は最悪で、一生寝たきりという診断が下されていたの。上司の先生達にも何度も、間違いじゃないかって確認して、カルテを見てもらったのだけれど、全員、あなたが一生寝たきりっていう診断を下すほどの、状態だったの」
「……」
アルヴァンは呆気にとられているし、セラフィにいたっては大混乱していた。
じゃあどうして、アルヴァンは起きあがって、本の頁をめくったり出来るのだ。寝たきりならば、それは不可能な動作だろう。
歩くのだって、補助があって、短い距離なら出来るのだ。
それもあり得ない状態と言う事になる。
「……この一週間と少しの間、医療院の側で色々な考察がされたのだけれども、これだけ短期間のうちに、これだけ、普通ではあり得ないほどの回復が起きる可能性は、ただ一つとされたの」
それが、違法な配合や調合によって作り出されたのだろう、違法薬物の使用と言う事だったのだ。
この国で、違法薬物の使用はかなりの重罪であり、医療院という所に判断される程の、問題のある薬物ならば、あっという間に家宅捜索位は行われてしまう。
つまりそう言う事情があったのだ。
しかし、現実としてこの家にはそう言ったものは何一つないし、購入履歴も何もない。使用後のごみとしてあるだろう、ガラスの瓶すらない。
セラフィ達もわけが分からないが、警邏も医療院の関係者も、わけが分からなさすぎる状況になっていたのだった。
「ごめんなさい。疑ってしまって本当にごめんなさい」
「申し訳ありませんでした……」
疑ってきた側はそう言って謝罪し、しかしマリーナはますます謎が深まったという状態になり、頭を抱えていた。
それはそうだろう。違法薬物の使用でなければ考えられない回復が、そんな物なしに起きているのが現実なのだ。
「では、間違いだったときちんと記録に残してください。下手に疑われたままでは、いられない」
事情が事情という事で、アルヴァンの方は不愉快そうに彼等を睨んだ。
「セラフィのような女の子に、これ以上不名誉な言いがかりをつけないでいただきたい」
言外に、場合によってはただですまさなくなる、と匂わせたアルヴァンに、彼等はセラフィの方を見て平謝りをして去っていった。
「……一体、何が起きて、どういう作用があって」
アルヴァンはそう言って考え込み始めたが、セラフィの方は外を見て、少し慌てた。
「雨が降り出しちゃった!! シーツ濡れちゃう!」
もちろんセラフィも不思議でたまらない話だったが、今は濡れては困る洗濯物を取り込む方が優先だ。
セラフィは慌てて外にでて、それらを回収したのだった。