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9.友人の恋愛妄想はダルい

 

 休日を挟んで、学園が開く日になった。

 私が教室に行ったとき、サラはいなかった。

 帰りのホームルームで、「サラは魔法実習で不正をしたため、転校する運びになった」と説明された。



 クラスの生徒たちは、好奇の目で私の席へ近づいてくる。



「ノエル、最近サラのバディになったのは君だったんだろう?何があったんだ?」

「……そういえば、先輩が魔弾の扱いがうまい一年がいたって言ってた。あれって、ノエルさんのことなの!?」

「何があったの?あっ、その前に、あんまりノエルさんと喋ったことなかったよね。色々教えて!」

「今度魔法見せてくれよ!」



 席に集まったクラスメイトの対応に私は追われることになった。

 アルジェントとサラの関係については伏せたが、私の魔法実習で何があったかは概ねクラスに知れ渡ったのだった。



 +++



「はあ……」



 授業が終わった放課後、私はまっすぐに女子寮へと向かった。

 いつもは図書館など学園の施設を使うことが多かったけど、今日は放課後にクラスメイトがかわるがわる席に来たから、何だか疲れたのだ。



 それに加え、サラが転校することになったというのも、心が重くなっている原因のひとつだった。

 サラと仲良くしていた子はショックを受けていたみたいだし、私自身彼女ともう顔を合わせなくなったというのに心が沈んでいた。

 サラと再度会うことになったとしても、気まずいは気まずいだろうけど……。


 一人でこのことについて考え続けると心が重くなりそうなので、一旦休憩するようにした。



 この学園の寮には、寝室以外に寮生が使える談話室がある。

 そこには暖かい飲み物も置かれている。私は茶葉を取り出してお茶の準備をした。




「……あ、ノエル。もう帰ってたんだ。お疲れ」

「フィーナ!」

「今日は色々大変だったね。良かったら私にもお茶貰える?」

「うん、大丈夫だよ」

「ありがとう。ふう、やっぱりノエルのお茶は疲れた身体に沁みるわ……」




 談話室に通りがかったフィーナは、私から茶を受け取るとしみじみと味わっているようだった。

 そんな彼女の様子を見ていると、私の心もじわりと温かくなってくる。




 フィーナと知り合ってから、ここ数日間の休日で沢山彼女と話した。



 彼女は辺境伯の家の出身で、二歳上の兄がいること。

 北の地方に家があるから、都市部に住んでいて既に交流関係が出来上がっている者が多い王立学園の人間関係からは一歩引いているらしいこと。



 フィーナは背が高くて身のこなしが軽やかだと思っていたけど、彼女の出自について聞いて納得がいった。家が代々辺境の防衛を担っているため、子どもは武道を嗜むことになっているらしい。

 家の後継者は兄だけど、自分も何かあったときの為に魔法や体術を鍛えるようにしている――フィーナはそう言っていた。



 彼女の話す地元の話も、王立学園に来てからの話も興味深かった。


 今後の学園生活に役に立つから――というだけじゃない。

 私は、ただただフィーナと話す時間が心地よかった。



 学園に入った当初は、同級生であっても家の話をするのは遠慮したいと思っていたけど、フィーナの実家の話を聞いているうち、自然と自分の家についても話すことが出来た。フィーナは私の家の事情を聞いても茶化したりせず、かといって憐憫を向けてくることもなく、今までのように接してくれた。

 私は所謂、馬が合う相手、に巡り会えたのだろう。


 フィーナは、最初のうちは「ノエルさん」とこちらをさん付けで呼んできたけど、いつの間にか「ノエル」と敬称が無くなった。より仲良くなれた気がして、私にとってそれは嬉しいことだった。





 しばらく一服していたフィーナは、思い出したように私に質問する。

「そういえば、ノエル。あれ書いてくれた?」

「ああ。一応ね……はい、どうぞ」

「ありがと」



 私が取り出したのは、ノエルが最初会ったときに渡してきたプロフィールシートだ。名前や出身の他、好きな食べ物や得意なスポーツなどの欄があり、回答者が書くようになっているもの。

 孤児院の子どもの性格を把握するために私も配ったことがあるけど、この歳になって自分が書く側になるとは思わなかった。




 フィーナによると、学園を卒業したら遠い地元に戻ることになり、都市部の人間とは会う機会が少なくなるから、記念に同学年のプロフィールを集めているのだという。

 王立学園は通常の貴族社会よりも交流の壁が緩いせいか意外にも書いてくれる人もいる――という話だ。



 フィーナは、頷きながらプロフィールに目を通している。



「へえ……。そもそもこの紙をほとんど埋めないような人もいるけど、ノエルはちゃんと埋めてる。真面目だね」

「え、そうなんだ。テストに答える感覚で頑張っちゃった」

「うーん……。でも、もしこれがテストで私が先生だったら、再試にしてるかも。ちょっと気になるところがあるんだよね」

「えっ、ほんと? どこ?」

「ここ」




 私が首を傾げると、フィーナが【将来の夢】の欄を長い指で指した。

『家の借金を返すこと』と書いたその欄を見て、私は瞬きをする。



「……ちゃんと書けてると思うけど。何が駄目なの?」

「ノエル。これは『夢』じゃないよ。『現実』だよ」

「はい?」

「家のことを何とかするのは大事なのはわかる。けど、マイナスからゼロに戻すだけのことを夢って言われると、ちょっと違うかな。例えば私の夢は『唐突に私の家の敷地内から稀少な宝石がザクザク掘れて、一生遊んで暮らせるようになること』よ」

「ははあ……」



 ここ数日彼女と話していて分かったことだが、フィーナは綺麗な容姿で勉強も運動も出来るのに、家業や社交に精を出すのはしんどいらしい。要求される点数だけ取ったら後は都市部で遊んで暮らしたいと真顔で言っていた。学園に通うようになってから都市の繁華街に触れて、カルチャーショックを受けたようだ。

 その話を聞いた私は、出来るタイプの人間は家からも期待されて大変なんだろうな――と思ったものだ。



「ね。そんな感じの他愛の無いことでいいの。ここに書いてないだけで、ノエルには他に夢があるんじゃない? あったら教えて欲しいな。そういうプロフィール帳の方が集めて面白いもんだし」

「ユ……メ?」

「ノエル、初めての単語を聞いたみたいに言わないでよ」

「夢……ね。じゃあ私の夢は『世界平和』かな。うん。これなら間違いなくプラスのことでしょう」

「ノエル、適当に答えてるでしょ?」



 フィーナの言葉に、私は目を泳がす。



 ――正直なところ、私はフィーナの言うような他愛ない夢、とやらも思いつかないのだ。

 そういうことを考えようとしても、『私はそんなことに目を向けている場合じゃない』という気持ちが常に頭にある。

 そして、フィーナは私の家の事情をある程度わかってくれているとはいえ、そこまで赤裸々に話しても迷惑かも――と思った。

 だから微妙な笑みで流すことにした。




 フィーナはため息をつき、プロフィールシートを持ち直した。

「まあいいか。私が個人的に知りたかっただけで、回答自体は必須でも何でもないしね。それよりも私が気になったのは、ここかな」

「なに?」

「ここが空欄なんだけど、書き忘れじゃないの?」



 フィーナが示したのは、【好きな相手】の欄だった。

 私は瞬きした後、彼女に答える。




「書き忘れじゃないよ」

「ノエル。一応言っておくけど、私が集めたプロフィールは秘密厳守で管理するようにしてるから。私から好きな相手が漏れることは無いからね」

「あのねフィーナ、もう一度言うけど書き忘れじゃないのよ」

「ノエル。ノエルが希望するなら私が読んだ後プロフィール帳を燃やしても構わないよ」

「好きな相手をバラされるのを警戒してるとかじゃなくて、いないのよ、今は」

「そっか。……今は理由があって想いを告げられない相手がいる、という解釈も出来るわね。なるほどなるほど……」

「…………」




 最初にフィーナに会ったとき、背が高くて綺麗で、クールな子なんだろうなと思った。でも、交流を深めた結果、それ以外の面もあるということがわかってきた。



 具体的にいうと、フィーナは恋愛面の話に興味津々で、そうなった時の彼女は結構ダルかった。



 最近になって都市部でロマンス小説に触れたせいか、この手の話には目が無いらしい。

 彼女自身は既に婚約者が決まっているため、自由恋愛の風を他の生徒から感じたい、と言っていた。

 その趣味の是非は置いておいて、私にそれを求められても困るのだが――と思ったし、彼女にもそれを伝えることにした。




「フィーナ。私はやっぱり、今は家のことでいっぱいっぱいでそれどころじゃないというか……。他を当たった方がいいと想うよ。王立学園には素敵な生徒が沢山いるんだろうけど、私にはそれを考えられるような余裕が無いから。他の生徒だって、私には用が無いだろうし」

「え、そう? そんなこと無いでしょ。だって、アルジェント先輩がいるじゃない」

「はい?」

「サラに嫌がらせをされた時、アルジェント先輩が割って入ってたよね。彼を好きになってもおかしくないようなシチュエーションだと思ったけど」

「…………」



 フィーナの言葉に、私は遠い目になる。

 そうか。フィーナはあの場を見ていたから、アルジェントが私を助けてくれたことも把握しているのか。



 私は首を振ってフィーナに答える。



「確かに、アルジェント様にはお世話になった。すごく感謝してる。でも、そういう感じではないかな。大体、そんな風に思うのはアルジェント様に悪いよ」

「そうなの?」

「彼は多分、知ってる後輩が困ってたから助けてくれただけだよ。私を助けてくれたのは、先輩としての、優しさ……? そう、そんな感じ。それに浮き足立つのも申し訳ないかな」

「……ノエル」



 真顔になったフィーナが、私にずいっと顔を近づけてきた。




「ノエルは私達より入学が遅れたから、知らないことも色々あるんだよね。折角だから、教えてあげる」

「な、なに」

「アルジェント先輩って、あんな風に他の生徒の世話を焼くところって今まで無かったらしいよ」

「……え?」



 私が戸惑っていると、フィーナが続ける。



「魔法の実習をしていたあの時、私の兄もいたの。兄はアルジェント先輩と同学年だから、何年も先輩の様子を見ていたんだけど、特定の誰かを世話したり、構ってるところを見たことが無かったんだって。だから、アルジェント先輩はノエルのこと、それなりに特別に思ってるんじゃ無いか――って、そう推測してた」

「…………」

「私はこの学園に入ってから一月くらいだけど、確かにアルジェント先輩は誰に話し掛けられても仲を深めようとはしてなかった。先輩が自分から話しかけに行ったのは、ノエルが初めてだよ」

「…………」

「だから、これは何かあるんじゃないかなって思ったんだけど。それを聞いた上で、どう?」

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