6.ベタだわ
私は、王立学園へ入学することになった。
とはいえ、今は王立学園の入学時期からはひと月ほどずれている。私は家の事情で学園に入学することになったので、編入という形で学園に入ることになった。
私は、深く息を吸って校門に足を踏み入れる。
本来、学園に入学する際は緊張感と高揚感の両方あるものだろうと思う。でも、私にとっては緊張感の方が強かった。
私はオルビス侯爵家の命令で学園に入ることになった。私の家の借金返済の条件のひとつが「王立学園で学位を取得すること」だったのである。
だから、楽しい学校生活を送るためというよりは、仕事のために来ているという気持ちの方が強い。
初日は学園の施設紹介で終わるらしいが、二日目以降は授業が始まる。その上、自分はひと月分、他の生徒が受けていた授業の経験が無いのだ。
事前に学習資料は送られてきていたため、家でやれるだけの勉強はしたが、王立学園の求める水準に達しているのかはわからない。
明日からは特に気が抜けないだろう。
(……でも、初日に挨拶をする前の時間くらいは、気楽に散歩してもいいわよね……)
私は、ひとり早めの時間に学園に来ていた。王立学園の庭園は美しいという前評判を聞いていたので、心の赴くままに楽しみたかったのだ。
学園の地図を見ながら、庭園の方へと進む。
庭園へ向かう方角には並木道があり、朝の風が爽やかに吹き抜けていた。
(こんな風に自然を楽しめる場所もあるんだ。入学資格が無い子は無理なんだろうけど、出来れば孤児院の子どもたちも連れて来たかったな……)
私は朝の空気を堪能しながら歩き続ける。
歩いて、歩き続けて……
(うっ)
植え込みの陰で制服を着た男女がもつれ合っているのを見つけた。
私は、足音を立てないようにUターンして校門の方へと引き返すことにした。
(……学園内でカップルがいることは予想していたけど、綺麗な自然が楽しめる場所であんなことをするのは予想出来なかった……。男子生徒の方なんて制服がはだけてたみたいだったけど……よくやるわ。まあ、情熱的に求め合うのも……自然のままを体現しているといえなくも無いわね……)
そんなことを考えながら、学園内の綺麗な景色で何とか和もうとしたけど、無理だった。先程の光景がどうしても頭から離れない。
先程までの朝の涼やかな空気も何もかも吹っ飛んでしまった。
やっぱり、下手に学園内を回ろうとしたのが良くなかったのだろうか。
集合時間よりも大分前だが、大人しく先生との集合場所に行った方が……。
「……あれ?」
校門の方へ歩いて行くと、人影が見える。先程カップルらしき二人に遭遇しかけたのを除いて、初めて他の生徒と出会った。
【(……わっ!)
私はノエル。訳あって学園に通うことになった新入生だ。
学校に行きたくて走っていると、曲がり角ですれ違いざまに男の人にぶつかってしまった。
銀髪で背が高くて、今まで見たことが無いような男性……。
でも、今彼に見蕩れていると、学校に遅れてしまうかもしれない。
私は彼を振り切って学校へと向かった。
(ああ……)
学校についた私は、驚きの事実を知る。
学園内に、先程ぶつかった彼がいたのだ。
彼の印象は自分の心に焼き付いて、一度会っただけでも忘れられなかった。
私は一年だけど、彼は三年で最高学年らしい。
中々会う機会が無いだろうけど、たまに彼の姿を見つめられるなら、それだけで学校に通えて良かったと思えた。
「――きみ、名前は?」
そう考えて彼への想いを振り切ろうとしたのに、何故か彼に話し掛けられてしまった。
そして、私は知る由も無かった。
ここから、彼とは深い深い仲になるということを――ー。
】
そこにいたのは、アルジェントだった。
こちらの姿を認めて近づいてくるが、それに伴って彼の妄想が聞こえる。
(ベタだわ)
彼の妄想を聞いて、私は心の中でそう呟いた。
家の財政関連で頭を悩ますようになった今は遠ざかってしまったけれど、私も昔はよく恋愛に関する小説を読んでいた。その中にこういう導入の作品はよくあったのだ。
侯爵家でどんな教育が為されているかはわからないけれど、アルジェントもそういった作品を読む機会はあったのかもしれない。
(私との出会いを改変してまでこういう妄想をする理由はわからないけど、なんか……さっきの男女の絡みを見た後だと、アルジェント様の妄想がこんな感じで良かった、とすら思うわ。清涼感があって。……でも、人の心の声をこうして聞くのは良くないわよね、やっぱり)
私は頑張って、アルジェントの妄想を聞き流すようにした。
……最初から聞かないように出来ればいいんだけど、出会い頭の心の声はどうしても聞こえてしまうみたいだ。
それさえ聞かないように出来れば、人の心を覗いているという罪悪感も無くなって、過ごしやすくなるのに。
「ノエル、おはよう」
「アルジェント様、おはようございます」
「まだ集合時間には早いようだが、学園を回っていたのか」
「あ……はい!案内をいただいた時に素敵な学校だと思ったので、少し見学したいと思いまして。オルビス家のお陰でこの学園に来ることが出来ました。これから授業について行けるよう、励みます」
挨拶を返して深々と礼をする。
私は侯爵家のお金で学園に入っている。次期侯爵のアルジェントには無礼を働かないように気を付けなければいけなかった。
アルジェントはそう礼をしなくてもいい、と呟きつつ、私の発言に少し首を傾げる。
「素敵な学校……か。校舎が整備されているという面では正しいが、生徒の全てが素行がいいとは限らない。君には悪い影響を受けて欲しくないものだな」
「は……はい。気をつけるようにします」
「それはそれとして……」
アルジェントは、私の頭から足まで目線を動かした。
「送った制服は無事に届いていたのだな。よく……、よく、サイズが合っているな」
「は、はい。希望のものを送っていただき、ありがとうございます」
「ああ。二学期になったらまた新しいものを送るようにしよう」
「えっ……!?制服は三年間使うものだと思っていたのですが、一般的な貴族の方は違うのですか!?」
「常に体格にあった衣服を身につけるべしとは言われている。それに俺の身長は、入学してから変わったから……」
「そうなのですか。以前は今よりも低かったということですね」
「…………」
「アルジェント様?」
「ノエル。誤解のないように訂正しておくが、今よりも低くはあったが、一般的な同学年の身長よりは高く……」
「アルジェントくん!」
話す私達の後ろから、白衣を身に纏った男性が姿を現した。
アルジェントの知り合いのようで、彼は呼び掛けに反応して会釈をする。
「ヘルムート先生」
「おはよう。この後、ちょっといいかな?」
「ええ、少しなら」
「良かった良かった。この間のギフトの調査結果でちょっと相談したいことがあったんです。では、こちらへ」
「……ノエル、俺はここで失礼する。後は予定を確認するようにしてくれ」
先生に話し掛けられたアルジェントは、連れ立って去って行った。
(……制服って、そんなに買い変えるものなんだ。私なんて、学園の冬用コートは生地がいいから一生でも使えるとか思っていたのに)
先程アルジェントと話したことを反芻しながら、つくづく住む世界が違うんだな――と実感する。
彼はそんなに礼を言わなくてもいいと言っていたが、やはり世話になっている相手としての距離感は保たないといけないな、と思った。
(さて。私も集合場所に行こう。まだちょっと早いけど、またさっきみたいにカップルに会ったりしたら気まずいしね……)
私は地図を見ながら予定された場所へと向かった。
そんな私を遠くからじっと見ている生徒がいたことに、このときは気がつかなかった。