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5.程々の距離感でよろしくお願いします

 

 今日は借金の件で侯爵家が話に来る手はずになっていた。


 侯爵家が来る予定の時間になるまで、私と父親は部屋で待機していた。


 紅茶を飲みながらも、時折そわそわと窓の外を眺めている父親を見て、私は静かに声をかける。


「お父様」

「なんだい?」

「ごめんなさい。私がいいギフトに目覚めていれば、こんなことは避けられたかもしれないのに……」



 今までなら、『将来自分がいい能力に目覚めて、ぱっと借金を返せるかも』と言えたかもしれない。


 だが、もう私のギフトは確定してしまったようだ。



 本で読んだところ、心の声をもたらすギフトがあるとわかったら、家族にも家以外の人間にも災いをもたらすものなのだという。

 正確にいえば私はアルジェントの恋愛に関する妄想が聞こえるだけなのだけど、それが明らかになっただけでも侯爵家の心証は悪くなるだろう。

 それが切っ掛けで私の家――リエット家の状況が悪くなる可能性もある。



 という訳で、私はまだギフトが目覚めたことを父親に言っていない。

 家族を騙すのは心苦しいけど、このギフトのことは墓まで持っていくつもりだ。



 それはそれとして、私にはずっと罪悪感があった。

 貴族の娘として、家の役に立たない能力を持って生まれてしまったこと。

 私はギフトが発現していない人間として生活を送る予定だが、それはそれで社交界で避けられるだろうということ……。

 諸々の気持ちを込めて、私は父親に向かって頭を下げた。



 父親は目を丸くして、俯いた私の肩に手を置いて、穏やかに話し掛ける。



「ノエルは、あれだな。お母さんに似たんだな。しっかり者なのも真面目なのもお母さん譲りだ」

「…………」

「ノエル。家の存続についてお前があれこれ悩む必要はないんだ。責任は当主にある。今こういう状況になったのは私の責任だ」

「……そうはいっても、家族としてやるべきことはやらないといけないでしょう。悩まざるをえないわ」

「む!それはまあ、確かに……すまない、不甲斐ない当主で。だが、私にはこのギフトがある。もし家を売るような事態になったとしても、食べ物には困らん。その時は二人でどこかの家を借りて暮らそう。父さん腕によりをかけて野菜料理を作るようにするからな!」

「……、そう……」



 私はため息をついて、紅茶を口にした。

 そして、母親が亡くなった頃のことを思い出した。



 私の母親は、私が子どもの頃に病気で亡くなっている。


 幼い私のことをとても心配しながら、私の母親は世を去った。

 貴族の子女は幼児の頃でもギフトが発現しているケースも多く見られる。何の能力の兆候も見せない私のことはとても気がかりだったのだろう。



 幼い私は、母親が亡くなったことだけでなく、病床の母親に殊更心配されたことにもショックを受けた。



 母親の葬儀が終わってしばらく経った後、私は父親にこう漏らした。

 ギフトが発現していないというのはそんなにダメなことなんだろうか。

 私はそんなに心配されなければいけないような、可哀想な子どもなのだろうか――と。



 その時の父親も、今と同じようなことを言った。



「……私はそう思ったことは一度も無いな!」

「そう、なの?」

「お母さんは、先のことまで色んな心配をしてくれる人でな。私のことも沢山助けてくれた。でも、その心配が全部当たっていた訳じゃない。ノエルにいつギフトが発現するかはわからないし、仮に発現しないとしても、幸せに暮らせるはずさ」

「……ほんとに?でも、ギフトが無いと社交界では厳しいって……」

「確かに、それはそうかもしれない。だが、私のギフトさえあれば絶対に食いっぱぐれることは無いんだからな。ノエルが野菜好きで良かった。私はノエルが好きな料理を沢山作ることが出来るんだ!」



 そんなことを言って、朗らかに笑っていたと思う。



 父親には当主として至らない点が沢山ある。

 私に対して掛けた言葉についても、父が亡くなってしまったら結局私が路頭に迷うことには違いないのだから、父親の楽天的な思考が出た言葉だともいえる。


 でも、私はそんな楽天的な父親だからこそ救われていた。




(だけど……それももうおしまいね)

 私は紅茶をじっと見つめながら、孤児院に思いを馳せる。



 本当は、私はもっと前に父親に強く意見を言うべきだった。

 リエット家だけでなく孤児院の子ども達にも影響が出るのだから、家の財政を立て直すように二人で頑張るべきだったのだろう。リエット家の家訓など捨て置けば良かったのだ。


 でも、今となっては遅い。


 私がやるべきことは、リエット家の借金を清算するためにオルビス侯爵の指示に従うこと。


 どんな指示が来るとしても、何とかこなしてみせるようにしよう。


 私はそう心の中で呟いた。



 +++


 オルビス侯爵は予定の時間にやってきた。

 今日来るのは侯爵だけかと思っていたが、息子であるアルジェントも来ていた。



【私、ノエル・リエットがアルジェント様とお会いしてから、数日経っていた。


 この数日間、アルジェント様のことが頭から離れず、寝ても覚めても忘れられなかった。


 そして、いよいよ今日。私はアルジェント様と再会した。


 ――いけない。

 彼の目を見ていると自然と体温が上がってしまう。


 この胸の高鳴りを誤魔化そうと、私は目を逸らしたが、勢いで足を滑らせてしまった。 そしたら、アルジェント様が私の肩を支えて―― 】



(アルジェント様の妄想が小説スタイルになっているわ……)

 私は心の中で呟く。



 もしかしたら、あの日にアルジェントの心の声が聞こえたのは何かの間違いで、自分のギフトは本当は別の能力なんじゃないかと考えたこともあった。

 だが、そんなことはなかった。



 今日もばっちりアルジェントの声で妄想が聞こえてくる。

 しかも、どうやら私視点の小説になっている。

 そして、少々私のキャラが違う気がする。

 妄想というのは日によってその内容が変わるものらしい。



 ――まあ、いい。



 ここ数日間あれこれ悩んで、決めたのだ。アルジェントの妄想に対しては『気にしない』一択だと。


 誰かに対して恋愛関連の妄想をしているとしても、その相手が好きとは限らない。

 アルジェントが私を好きということも無いし、政治的目的からアプローチしてくるということも絶対ない。



 だから、アルジェントの妄想が聞こえてきても、聞き流すようにする。

 それが私の結論だ。



(……そう意識すると、なんか、頑張れば妄想を聞かないようにする、ということも出来る気がしてきた。アルジェント様の妄想はまだ続いてるみたいだけど、今のところ聞き流せてるわ。私なりにギフトを使いこなせるようになってきたのかしら。よし……)


 私は心の中でガッツポーズをしつつ、侯爵家との会合に臨んだ。






 オルビス侯爵は文書を用意した上で、リエット家への沙汰を言い渡した。



 リエット家は以下を行い、それによって得た利益は順次借金の清算にあてること。


 ・ホワン・リエットはオルビス家に出向し、ギフト研究に協力すること。

 ・ノエル・リエットは王立学園に入学し、学位を得ること。


 なお、今までノエル・リエットが働いていた孤児院には、オルビス家から使用人を派遣することとする。


 侯爵家からの要求と注釈は、そのように書かれていた。



「我が侯爵家では、ギフトの研究も進めています。その観点において、リエット伯爵のギフトは興味深い。故に、我々に従って研究を進めて貰います。数年働いて貰えれば借金は完済される予定ですが、研究が進んで予想以上の利益が得られた場合はもっと早く清算されることになるでしょう」

「ふむ。わかりました。不承このホワン、精一杯美味しい野菜を栽培するように務めます……!」

「……あの、オルビス侯爵。この、私が王立学園に行くというのは……どういった目的なのですか?学園に通うだけでは借金返済のための財産は得られないと思うのですが。そもそも、うちは孤児院経営などを優先していたため、学費を払えるだけの余裕は無いのですが……」



 私は、文書を見てオルビス侯爵に質問した。

 彼は頷いて私の質問に答える。



「結論から言うと、貴女はリエット伯爵に何かあった時のための保険です。今のところ貴女にはギフトが発現していないということで、我々の研究に付き合ってもらうには難しいらしい。よって、貴女には政略結婚に協力してもらいます。それに従っていただければ、借金の話はおしまいで構いません」

「……わかりました。ですが、それと学園入学とは何の関係が……」

「貴族同士の婚姻だと、王立学園での学位がある方がよりスムーズにことを進められるのです。学位を取得するまでは三年かかりますが、とりあえず入学しているだけでもいくらか好意的に見られます。なので貴女には王立学園に入っていただきたい。学園の授業を受ければ、ギフトが開花する可能性も高まるかもしれませんからね。ああ、これはこちらからの要求なので、学費などの費用はこちら持ちで問題ないですよ」

「オルビス侯爵、恩に着ます。……とはいえ、ノエル、借金は私が何とかするからな。お前が心配する必要はない」



 父親が私を安心させるように笑っている。

 私は表向き頷くものの、内心では穏やかでなかった。



(オルビス侯爵はこう言っているけど、王立学園の安くない費用を侯爵家に負担してもらうということは、侯爵家から何か要求されたらこちらも応えないといけない、ということなのでしょうね。例えば縁談を勧められたら、私はその相手に嫁ぐしかないかもしれない。


 ……とはいえ、うちはこの条件を蹴れる立場ではない。私が孤児院の様子を暫く見れなくなるというのは気に掛かるけど……、私よりも侯爵家の使用人の方が優秀だろうから、その方が子どもたちにとってはいいのかも。そもそも侯爵家が孤児院の子どもに対して何か要求したりしないだけ、温情と考えるべきね)



 そして父親が条件に合意し、リエット家は侯爵家の命令に従うことになった。



 +++



 会合が終わり、侯爵家は帰り支度をしていた。

 オルビス侯爵と父親は帰り際に何か部屋で雑談をしているようだ。

 アルジェントと私は一足先に玄関へと出ていた。



「王立学園の学位は、ノエル自身の働きによって取得してもらう必要がある」


 アルジェントが不意に話し掛けてきた。



「我々としては学位を取得してもらった方が好都合だ。だが、その為に金を積んで学園を動かすということは出来ない。試験の結果は公平だ。家の為を思うならば、どう動くかはノエル自身で判断した方がいい。それは一人で背負い込むというだけではなく、他の者に助けを乞うということも含まれる」

「なるほど……。わかりました」

「……、それで。何か俺に言いたいことは無いか?」



 アルジェントが無表情で私に問いかけてくる。



 私は頭の中で少し考えた後、彼に答えた。



「私は、長年リエット家の財政をどう立て直すかで悩んでいました。ですが、私と家族だけでは状況を変えられませんでした。侯爵家に様々な指示をしていただいたのは、家にとっていい影響があると思っています。今日オルビス侯爵と締結した契約は、とても温情あるものでした。侯爵家の慈悲に深く感謝します」

「…………」

「また、アルジェント様がこうして言葉を掛けてくれることも、とても有り難いことです。私もアルジェント様の行いに応えられるよう、励みます」



 私は、アルジェントの目をじっと見つめて礼を言った。



 ――これは、侯爵家流の罠かもしれない。私がここで失言をしてしまったら、アルジェントからオルビス侯爵に後で話が伝わって、より悪い条件になるかもしれない――

 なんてことも、私の頭にはあったけど。

 侯爵家が温情を与えてくれたということも、わざわざ私に助言をくれたアルジェントの行いが優しいものであるということも、本心だった。




 少しの時間、アルジェントと私は見つめ合った。

 だが、少ししてアルジェントはふいと目を逸らし――、



 足を滑らせて、玄関の棚に身体をぶつけた。



「あ、アルジェント様!大丈夫ですか!?すみません、うちの棚が少々出っ張っているせいで……!」

「どうしたノエル!?あ、アルジェント様、大丈夫ですか!?すみません、うちの家の建て付けが少々悪くなっているせいで!」

「どうしたアルジェント、何か問題でも発生したのか」

「い、いえ。ただ体勢を崩しただけです。お気遣い無く」



 最後の最後で一悶着あったが、無事に侯爵家は帰って行ったのだった。



一章終わりです。二章からはノエルが学園に入る予定です。

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