30.秘密
私は、アルジェントに必死で呼び掛けている。
だが、彼は目を覚まさない。
そうしている間も私のギフトの力なのか、頭の中に彼の声が流れ込んでくる。
(私は、過去に彼と会っていた……。そうだったんだ。あの子が……)
昔に男の子と会って、その子の書いた本を読ませてもらった。
それは私にとっていい思い出ではあったが、同時に気まずい思い出でもあったのだ。
人の書いたものを勝手に読んでしまうのは礼儀知らずだ――長じてからはそう思うようになったから。
だから、あの時のことは忘れよう、そして同じようなことは起こすまいと、そう思うようになったのだけど……。
「アルジェント様、私もなんです。私もあなたと同じ気持ちです。申し訳ないなんて言わないで下さい。だから、目を覚まして……!」
「…………」
瘴気はある程度取り除いたから、今までよりも声が届きやすくなっているはずだ。
だが、アルジェントは目を閉じたままだ。
このままだと、また瘴気が復活して、いよいよ災害が起きてしまうかもしれない。
……それ以前に。
(まだ伝えられていないことが沢山あるのに、このままアルジェント様とお別れなんていやだ……)
私はアルジェントの目を覚ましたくて必死だった。
――だから禁じ手の話題を出した。
「アルジェント様、私は……あなたのことがずっと気になっていました。ですが、言い出せませんでした」
「……」
「家の借金のこともありますが……実はもうひとつあるんです。私は、実はギフトを使うことが出来たんです」
「……」
「アルジェント様は……私に再会したときから、ずっと妄想をしていましたね。私の旦那になりたいとか、家に迎え入れたいとか――いろいろ」
「――は?」
++++
私が秘密を話したら、アルジェントの目が開いた。
彼の揺れる瞳が私を映す。
「……ノエル」
「!」
私はアルジェントに顔を近付けた。
彼が微かに声を出すのを聞いたからだ。
「ノエル……」
「は、はい」
「……やはり俺は眠っていたほうが良いのかもしれないな」
「えっ」
「というより……消えたい。
俺の考えが全て聞かれていたなんて……しかも、他ならぬ君に……
もう、終わりだ」
「あ、アルジェント様?」
アルジェントの周りの瘴気がぶわっと濃くなって、私は焦る。
(そんなに嫌なのかしら!?
……そりゃ、そうか。私だって自分の考えていることが伝わってしまうなんて辛いと思う。だけど……)
私は、アルジェントに向き直って言った。
「アルジェント様、聞いて下さい! ……わ、私は、確かに声を聞いたときは驚きました。アルジェント様の表向きの態度と心の中の感じが全然違うし、私はアルジェント様に初めて会ったと思っていたのに、いやに好感度が高いし……」
「……」
「……でも、嫌だと思ったことは無いです」
「……え?」
アルジェントが、私の言葉に驚いたように目を見開く。
「ギフトで勝手に人の心の中を覗いてしまえることは気まずかったです。ですけど、私は……アルジェント様の考える話は、そんなに嫌いではないです。むしろ、好きです。
家の事情で中々恋愛小説を読む機会も無くなってしまいましたが……もっと聞きたいです。アルジェント様のお話を」
「……」
「だ、だから……、また目を覚まして、そして……、わっ」
瘴気が集まっているアルジェントに手を伸ばそうとして――
一気に、光が私の目の前を満たす。
何があったのか理解する間もなく、私は気を失った。




