3.絶望
「ダニーもアリアも同い年くらいの女の子ですが、ダニーの方は騎士道物語に憧れがあるみたいで、ああしてよく木の棒を振るっているんです。将来は自警団に入りたいと息巻いています。成長したときに今の趣味が続いているかはまだわかりませんが、彼女のやりたいことは出来るだけ叶えてあげたいな、と」
「……そうか。この孤児院では子どもたちの自主性を重んじているのだな」
「は、はい」
アルジェントと子どもの話をするのは、そこで終わった。
表向きには、だが。
【ノエルは、様々な少女と日々向き合っている……。少女といってもその好みは千差万別、各自の要求を叶えるためにはノエルのことが後回しになってしまう時もあったことだろう。
やはり、ノエルを孤児院の世話からは引き離したい。
彼女には彼女自身を大事にしてほしい。
例えば俺と二人で暮らすようになれば、ノエルも我儘を俺に言ってくれるようになるだろうか?それなら、どんなにいいだろう……】
(幻聴の内容が、ちょっと変わった……)
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孤児院の案内を終えた私は、父親とオルビス侯爵が話している間にアルジェントを送り届けた。私が来る頃合いで二人の話し合いも終わったらしく、そこでリエット家とオルビス家は解散となった。
アルジェント及びオルビス侯爵と別れた私は、父親に今日は体調が悪いかもしれないからもう休みを取ると宣言した。
孤児院からリエットの家に戻り、部屋の体温計を取り出して、自らの体温を確認する。
体温計は、私の平熱の目盛りを指していた。
私に熱は無かった。
ベッドの中で体温計を見つめた私は、天井を仰ぎながら今日一日に起きたことを反芻した。
(ずっと見て見ぬふりをしていたけど……、あの身体の熱は、私のギフトが発動した現れだったんだ。あのアルジェントの声は、幻聴じゃなかったんだ……)
最初は、あのアルジェントの妄想は私自身が無意識に考えていることを投影したものなのかと思っていた。
でも、あれが私の考えを投影した幻聴だとすると、ダニーとアリアに遭遇したときの声は明らかにおかしい。
私はダニーとアリアがどちらも女性であることを最初からわかっている。
だが、アルジェントにそのことを教えてから、妄想の内容が変わったのだ。
あの妄想の声は、アルジェントの心の声がそのまま伝わっているものだと考えられる。
正確にいうと、アルジェントの心の声がそのまま聞こえる訳ではない。
アルジェントと一緒に歩いていても、妄想の声が途切れている時間がいくらかあった。
そして、私が聞くことの出来た心の声は、【アルジェントが恋愛関連の妄想をしていること】のみに限られたのだ。
この歳までギフトが発現しなかった私は、能力が発現したらどんな未来が待っているだろう――と色々と夢想していた。
美容に関する能力なら、その美貌が婚姻相手を探すのにプラスに働くかもしれない。
教育に関する能力なら、貴族の家に有用な能力だとアピール出来て、やはり婚姻関係で有利に立ち回ることが出来るだろう。
戦闘に使える能力なら、自分自身が騎士団に入って給金を稼ぐのもいい。
自分の身体に負担がかかってもいい。とにかく、お金に繋がるような能力が欲しい――そう思っていた。
いざ実際にギフトが発現してみると、私の能力は【アルジェントの恋愛妄想が聞こえる】というものだった。
私はベッドの中で頭を抱え、絶望のままにうずくまった。
「こんなんじゃ、家を建て直せないよ……」